第30話 フィア

『――――フフッ、哀れな子』


 ……っ!? この声は!?


 今俺の目の前では、金剛が自分の刀を首筋にあてがっている。


 そんな最中、聞いたこともない誰かの心の声が聞こえたが、その正体はすぐにわかった。


 殺されたはずの女の右手を動き、氷の破片を手にした。


「金剛、後ろだ!!」


 俺はそう叫んだが、間に合わない。女は鋭利な氷の破片を、金剛の背中目掛け振るう。


 だが、ギリギリのところで乃愛が二人の間に割り込み、氷の破片を叩き斬った。乃愛はそのままグラムを振り、女を後退させる。


 一瞬の交錯後、静寂がこの場を支配した。


 金剛が信じられないものを見る目で女を見る。


「残念だわ……あと少しで舞花ちゃんの絶望した顔が見れたのに」


 女は落胆したように言う。目元までかかる黒髪から覗いた青い瞳は、相手を射殺すかのように冷ややかなものだった。


 血で赤く染まった黒のドレスを整え、女は俺たちを見る。


「はじめまして、皆さん。あたしの名前はフィア。以後、お見知り置きを」


 ご丁寧なまでに頭を下げ、フィアはそう名乗った。


 俺はフィアの声が、さっき聞こえた心の声と同じであることとは別に、あることに気づく。


 この声に微かだが聞き覚えがある……大通りで金剛の後を追おうとした時に聞こえた声と同じだ。


 あの時すでに、フィアはいたんだ。そして金剛と乃愛を見つけた。


「何で……!? 何で死んでいない!?」


 理解できない目の前の現実に、金剛が肩を震わせている。そんな金剛の様子を楽しむように、フィアは言った。


「死なないわよ。だってあたしはだもの」


 フィアはとんでもない事実を告げた。


 俺はその事実に困惑する。フィアの『エラー』は氷を扱うものじゃないのか?


「ふざけるな!? お前の『エラー』はこの氷結なはずだ!?」


 同じことを思ったのは、金剛が激昂する。


 確かにおかしな話だ。氷結と不死身に関連性なんてない。


「フフッ、そうよね、おかしいと思っちゃうわよね? 『エラー』が


 思い込む、だって? 


「貴様は何を言っている。『エラー』を二つも有する人間など聞いたことないぞ!」


 口をはさんだ乃愛に、フィアは舐めるように乃愛を見た。


「フフッ、あなたが乃愛ちゃんね? 『エラー』を二つ持つ人間。確かにそんな人間はいなかったわ。だけど、それは世に知られていないだけよ」


 確かに、『エラー』が一人一つしか持たないと明言されたことはない。フィアの言う通り、中には、『エラー』を二つ持っている人でもいるというのか?


「ねえ? あなたたちは『エラー』と呼ばれる力が何なのか知っているかしら?」


 突然の問いに、俺たちは黙ってしまった。その様子に、女は満足したようで、


「フフッ、『エラー』はね、もとはたった一つの小さな結晶なのよ。『エラー』という力を封じ込めた結晶。それが人間の中に組み込まれることで、人間は『エラー』を使えるようになったのよ」


 まるで自分だけが知っていることを他人に話して、悦を感じる様子をフィアは見せる。


『エラー』の正体は未だ解明されていないはず。なぜフィアはそんなことを知っている?


「信じられないわよね? でもこれは、あたしの実体験に基づいた確かな情報よ」


「……実体験?」


 雫はそう言葉を漏らした。


「ええ、そうよ。……あたしは今まで、氷結の『エラー』しか使えなかったの。だけど、ある時不死身の『エラー』を持った人間と出会ったの。あたしはそいつを何度も殺した。だけどね、殺しても殺しても死ななかったのよ」


 ……殺した。その不死身の人を何度も。だけど、そう語るフィアの顔には後悔も何もなく、ただただ楽しそうだった。


「だからあたしは、そいつをばらしたわ。再生できないほどにね」


 異常だ。この女は、危険だ!


「そうしたらね、その体から、小さな虹色の水晶が出てきたの! それを手にした瞬間、水晶は私の体に取り込まれていった。そいつの中にあった不死身の『エラー』が、あたしのものとなったのよ!」


 フィアはまるで感動を覚えた表情を浮かべる。


 何なんだ、こいつは? 人を殺すことを何とも思っていないどころか、人を殺すことに酔いしれている……!


 雫も叶もフィアに対し嫌悪感を抱く顔をしている。


「貴様、人間を殺すことに何も感じないのか?」


 乃愛が糾弾するようにフィアに問いかける。


「感じているわよ……愉悦をね。人の苦しむ顔。死に際に見せる顔。絶望している顔。どれも言い表しようのないほどあたしを感じさせてくれるわ!」


「黙れ!!」


 フィアの声をねじ伏せるように、金剛が飛び出した。


「お前のせいで、皆死んだんだ!! 皆がどんな苦しい思いをして死んだか、お前にわかるか!!」


「あの時の皆の表情は今でも忘れないわ! でも、一番あたしを感じさせてくれたのは、あなたよ、舞花ちゃん! あの時の絶望した顔、あれが忘れられない!!」


 金剛が憎しみを込めて刀を振るう。だが、フィアはその場を動こうとしない。


 フィアは右手を上げ、金剛に突き出している。その先から、キラキラと氷のつぶがあらわれ始めた。


 次の瞬間、この場の気温が一気に下がった。


 金剛は怯むことなくフィアに向かっていくが、その足元から突如、巨大な氷柱が二本がせり上がった。


「金剛!?」


 その氷柱に金剛が巻き込まれたと思った。――だが、金剛はその氷柱を読んでいたのか余裕を持って避けていた。


「あら?」


 こんなあっさり避けられるとは思っていなかったのか、虚をつかれた様子を見せるフィア。


 そんなフィアに金剛が肉薄し刀を振るおうとした瞬間、金剛に影が落ちた。


 金剛の頭上、その上から氷柱が今まさに落下しようとしていた。それは、金剛が刀を振るうよりも速い!


 しかし、またもフィアの予想を裏切るであろう行動を金剛はとった。 


 刀を振るうと見せかけて、金剛はその場で左足を軸にして、フィアの背後に回り込んだ。


 そして氷柱が落下したと同時に、金剛の刀がフィアの心臓を貫いた。


「あがっ……!?」


 フィアは血を噴き出し、目の前に落ちた氷柱が赤く染まった。


「ひっ……!」


 貫かれたフィアを見て、雫が小さく悲鳴を漏らす。


「死なないんだったら、何度だって殺してやる! 生き返るたびに、終わらない苦しみを味わせてやる!」


 金剛の目は血走っていた。フィアが死ぬまで、何度だって殺し続けるつもりだろう。


「……金剛よ……!?」


 乃愛が金剛の名前を苦しげにつぶやいた。


「フフッ、ダメよ、舞花ちゃん。あたしを殺したいなら、ちゃんとあたしをばらさないと」


「……っ」


 金剛は何かを察したのか、刀を手放しその場から離れた。その瞬間、、金剛がいた場所を氷柱が襲った。


「ごふっ……。あらあら、これも避けられちゃうなんて、舞花ちゃんの『エラー』は予知系統の力かしら? フフッ……」


 自身の体を貫いてもなお、フィアの笑みは崩れなかった。


 不死身の体とはいえ、何て戦い方をしやがる!


 だが、余裕の笑みを浮かべているフィアに、乃愛がグラムを手に近づいた。


「貴様の相手は金剛だけではないぞ!」


 フィアは今自身の氷で体を貫かせているため、身動きがとれないはず。


 乃愛は今がチャンスだと思い、フィアを無力化するために接近した。


「フフッ。そういえば、当初の目的には乃愛ちゃんも含まれていたわね。でも――」


「っ!?」


 突如フィアを起点にして、冬の息吹のような風が吹き荒れた。


「あなたは見込み違いだったわ」


 瞬間、この場一帯を覆うほどの氷柱の波が押し寄せ、俺たちはそれに飲み込まれていった。

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