第29話 終着点
氷の塔と化したテレビ塔の中は薄暗く、外よりも空気は凍てついていた。
「うぅ……寒い」
叶が腕を抱いて白い息を吐く。見れば雫も、腕をさすりながら白い息を吐いている。
「…………」
だけど、雫は弱音を吐くことはなく、真っ直ぐに階段を見上げている。
雫の様子には不安になるものがある。無茶をしなければいいが。
それと乃愛だが、
「乃愛は寒くないのか?」
この場で唯一寒さを感じていない様子の乃愛。そんな薄着だと寒いと思うんだが。
「この程度の冷気、魔王である我にとっては恐れるに足らぬ。むしろ心地よいまであるぞ」
…………いや、嘘だろ。よく見ると震えてるぞ。
こんな時でも虚勢を張るのは乃愛らしいが、このままでは対決する前に風邪をひいてしまう。
「む? 何の真似だ、兄者よ」
俺は制服の上着を掛けてやる。
「やせ我慢もほどほどにしろよ」
そもそも乃愛は寒さに弱いほうだ。冬はリビングで炬燵を占拠しているし。
「……が、我慢などしておらぬが、兄者がどうしてもというのなら、仕方ないな」
そう言いつつ、上着を自分に寄せている。やれやれ。
「ちょっと京介。乃愛ちゃんばかり贔屓し過ぎよ。……私にも上着を貸してよ」
叶が少し涙ぐんで見てくる。
……さすがに勘弁してくれ。ワイシャツまで脱ぐと、後はただのシャツ一枚だけになってしまう。
叶の視線を申し訳ないと思いつつも避けつつ、階段を上っていく。
3階まで来た辺りで、それを見てしまった。
「ひっ!?」
それを見た雫が悲鳴を上げた。雫の視線を追うと、そこには氷漬けにされている人の姿があった。
「そんな……!?」
叶も口を押さえ悲鳴を上げた。
丸ごと氷漬けにされていたことから、内部がどうなっているかある程度の想像はできていた。
夕方のこの時間、テレビ塔を訪れる人はそれなりに多い。そんな時間帯に氷漬けにされたら、当然中にいた多くもの人が犠牲になっただろう。
だけど、実際にこうして見ると惨たらしく、憤りを感じた。
氷漬けにされた人たちは、皆一様に苦悶の表情を浮かべていた。一気に氷漬けにされたのではなく、徐々に氷漬けにされただろうことが想像できてしまう。
「こんなの、絶対に許せないわ……!」
雫が声音を低くし、その光景を通り過ぎて階段を上がっていく。
俺たちはそんな雫を後ろから追っていった。
……どれだけ上ったんだ?
途方もない階層に、階段を上るたびに今何階まで上がったのかが、途中から分からなくなってしまった。
それでも、かなり最上階に近づいた気はする。
ここまで金剛は見つけられなかったし、生存者にも出会えなかった。
やっぱりここにいた人たちは皆、氷の犠牲になったのだろうか。
雫のうしろを歩いていると、突如雫が立ち止まった。
「どうした?」
「しっ。……話し声が聞こえるわ」
その言葉に、思わず息を呑んでしまう。確かに、耳を澄ませば何か言いあう声が聞こえてくる。
この先にいるのは、金剛とあの女だろうか? ここからでは、声が誰のもので、会話の内容も聞こえてこない。
「我が先行する。雫よ、感情に任せて動くでないぞ」
乃愛が雫の前に出てきて、注意を促した。
空気が張り詰める。緊張で寒さが吹き飛び、喉がカラカラになる。
乃愛は慎重に階段を上り、そして声がした場へと足を踏み入れた。
「なっ!?」
声を潜めることもなく、乃愛が驚きの声を上げる。
「っ! 金剛さん!?」
乃愛の様子からただならぬ気配を感じた雫が、乃愛を追い越して足を踏み入れてしまった。
乃愛の様子から、俺も焦燥感が募るのを感じる。何か、取り返しのつかないことが起きてしまったのでは。
そんな思いを振り払うように、俺はその場へと足を踏み入れた。
そこに広がっていたのは、氷によって円形に囲まれた空間だった。
その空間に、いた――女の心臓を貫いている金剛が。
「そんな…………」
あまりにあっけない結末に、叶が呆然とした言葉を漏らす。
今回の犯人が、金剛の探していた女であると考えていた。だけど、すでに事が終わっているなんて誰が想像できただろう。
しかも、結局こんな終わり方になってしまった……!
金剛が刀を引き抜き、女がその場で力なく倒れた。引き抜かれた刀からは血が滴っている。
「こ、金剛さん……」
雫が複雑な気持ちを抱いているように、顔を歪ます。雫は金剛に殺人を犯してほしくなかったのだろう。
だけど、それももう遅かった。
そこでようやく、金剛は雫に振り返った。
「あなたたちも着ていたのね……」
復讐を遂げた金剛の顔は、しかし何の感情も抱いていないように無表情だった。
「金剛さん、その女は……」
聞いたところで答えはわかりきっている。それでも、雫は目の前の現実を信じたくないんだ。
「私の全てを奪った女。…………やっと、殺すことができた」
やはり、金剛の言葉にも何の感情も籠っていない。ただ、復讐を遂げた事実を事実としてしか受け止めていない。
しかし、金剛は突如予想外の行動をとり始めた。
その血にまみれた刀を、自分の首に押し当てる。
「金剛さん、一体何を!?」
雫が焦る。金剛のやつ、まさか!?
「見ればわかるでしょ。この女が死んだことで、もう私が生きる意味はなくなった。……ようやく、皆の元に行ける」
そういうことか。金剛にとって復讐は、人生の終着点でもあったんだ。
だから、復讐を果たした自分にはもう生きている意味がない、この先もずっと一人だから。
ならもう自分を殺して、皆に会いに行こう。それが、金剛の根底にずっとあったんだ!
「ダメっ、金剛さん!? あなたは一人なんかじゃないわ! 私があなたの友達になる! 一人になんかさせない!」
雫が自分の思いをぶつける。その目には涙が浮かんでいる。
「雫の言う通りである! 我らは盟友である! 裏切ることなどしないぞ!」
「そうよ! 私だって金剛さんの友達になりたい!」
乃愛と叶が雫に続いて必死に思いをぶつける。
「俺もだ! それに金剛、お前は一人じゃない。孤児院で世話をしてくれた鳴上さん、ずっと金剛のことを気に掛けていたんだ!」
金剛が家族や村の人たちを失ってからも、鳴上さんは金剛の味方でいた。一人じゃなかったんだ!
俺たちは精一杯の思いを金剛にぶつける。だが――。
「……そんな言葉、信じられない。それに、あなたたちは皆じゃない」
俺たちの思いは、届かなかった。
金剛が刀を握る手に力を込める。
「お願い……! やめて……!」
雫が悲痛な声を押し出す。
くそっ! どうすればいい? どうすれば、金剛を救えるんだ!?
『――――フフッ、哀れな子』
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