第28話 氷の塔

 鳴上さんから話を聞いた日からいくばくか時間は進み、やがてハロウィンイベントまで一週間を切った。


 学校中はハロウィンに向けて盛り上がりを見せている。本来であれば、今年は俺も乃愛たちとハロウィンイベントを楽しめると思っていたが、とても楽しめる気分ではなかった。


 結局、あれ以来金剛とまともに会話をすることは叶わなかった。乃愛たちも何度か会話を試みるも、金剛の態度は変わらなかった。


 俺の『エラー』も、あれから一向にコントロールできる兆しがない。


 手詰まり、かよ……。


 鳴上さんにお願いされたのに、何もできない自分がもどかしい。



 放課後、乃愛たちと空き教室でハロウィンに向けての準備をしていた。


「うむ! ようやく納得のいく錬成に成功したぞ!」


 乃愛は赤と黒を基調としたマントをなびかせて言った。着ている服も黒を基調とした禍々しさを醸し出しつつも、肌を少し露出することで妖艶さも醸し出している。


 あれから乃愛も金剛のことを考えているようだが、決して気落ちした様子は見せないな。


「似合っているわよ、乃愛」


 乃愛を褒める雫の姿も、普段とは違った。乃愛よりも肩や胸元など、肌の露出が多い真っ白なドレスを着ている。この前試着して気に入ったものを、乃愛にアレンジしてもらったものだ。


「そうであろう! 雫も似合っているぞ。やはり雫には白が似合うな! しかしそうなると、漆黒の魔女という二つ名は変えなくてはならぬな」


「別に変えなくてもいいわよ。黒も好きだもの」


 二人で盛り上がっているが、雫のほうは少し無理をしているのが窺える。


 雫は多分俺や乃愛たち以上に、一番に金剛を気にかけている。


 無理をしなければいいが……。


「雫、大丈夫かしら……」


 叶が俺にだけ聞こえるようにつぶやいた。


「無理だけはしすぎないように、見とかないとな。叶は大丈夫か?」


 雫もだが、叶も叶で金剛を気にかけている。


「大丈夫……胸の中のつっかえは全然取れないけど」


 叶が自虐するように笑みを浮かべる。


「何とかして、彼女を助けられないかしら……」


「…………」


 金剛は家族と故郷の人たちを全員殺され、一人になった。


 俺たちが金剛の傍にいることはできる。だけどそれだけだ。俺たちは死んだ人たちの代わりになんてなれない。死んだ人たちはどうやっても生き返らないんだ。


「ごめん。京介もわからなくて悩んでいるわよね」


 叶が申し訳なさそうに見てくる。


 何もできない自分がひどく無力に感じ、情けなかった。



 暗くなる前に、俺たちは学校を出る。時刻はすっかり夕刻時だ。


 駅へ向かっていると、近くを通り過ぎた男二人の会話が聞こえてきた。


「おいおい、これマジかよ!?」


「テレビ塔が氷漬けになってる……」


 男たちは携帯を見ているようで、その顔は驚愕の表情を浮かべていた。


 ……テレビ塔が氷漬け?


 無視できない言葉が聞こえた気がした。


「え? テレビ塔が氷漬けって、どういうことかしら?」


 雫が男性たちを見て訝しむ。どうやら雫にもそう聞こえたようだ。


 男性たちが言ったテレビ塔は、大通りにあるテレビ塔のことだろう。だが、高さが147.2メートルもあるそれが氷漬けとはどういうことだ?


「嘘!? 何よこれ!?」


 叶は携帯を見て驚いている。ついでその画面を俺たちに見せてきた。そこには、文字通り氷漬けになっているテレビ塔が映っていた。


 つい数分前の出来事らしく、ニュースとなっているらしかった。


 一部とかだけじゃなく、丸ごとかよ……! こんなことができるのは――。


「……『エラー』、であるか」


 さすがの乃愛も、異常な光景を前に固唾を飲んでいた。


 乃愛の言う通り、こんなことができるのは『エラー』しかない。だけど、


(規模が大きすぎる!?)


 一体どれだけ強大な『エラー』なんだ。


 だけど、これをやったやつの目的は何だ?


 あまりにも目立ちすぎる犯行に、理由はわからないが、テレビ塔とは何か別の目的があるように思えるぞ。


「おい! 何突っ立ってんだよ、邪魔だ!」


 背後から、語気を強めたさっきの男の声が聞こえた。


 見れば、男は苛立った様子で歩き去っていく。そこに残されていたのは金剛だった。


 金剛? いつの間に?


 だが、それよりも金剛の様子がおかしい。その顔は携帯を見て真っ青になっている。


「金剛さん!? どうしたの!?」


 金剛のただならぬ様子に気づいた雫がそう呼びかけるが、金剛は画面を見つめたままだ。


「……氷!?」


 手を震わせつぶやいたと思ったら、金剛は突然走り出した。俺たちのことなど視界にも入っていない様子だ。


 金剛はそのままタクシーを拾い、すぐに走り去ってしまう。


「え? 何、一体どうしたの!?」


 叶は状況を掴めていないようだ。


 俺もわからない。ただ、何か嫌な予感がする!


 氷とつぶやいていたことから、金剛が見ていたのは氷漬けにされたテレビ塔だろう。だけど、何でそれに金剛は過剰に反応した?


 …………まさか!?


 金剛は以前、彗星高校に転校してきた理由を、復讐相手の女の手掛かりを掴むためと言っていた。


 海斗の情報から、金剛の故郷は同じ道内にあるということも知った。


 そして、テレビで放映された彗星高校立てこもり事件。


「嘘……だろ!?」


 可能性なんて限りなく低く、ありえないと思っていた。だけど、まさに今目の前で予期していた最悪の事態が起ころうとしているんじゃないか!?


「兄者よ。何か気づいたのか?」


 乃愛の言葉に、皆の視線が俺に集まる。


「確証があるわけじゃないが、今起きようとしていることはわかる。でも今はそれを説明している暇はない、すぐに金剛を追うんだ!」


 俺の雰囲気を察したのか、皆が頷いた。


 くそっ、悪い冗談であってくれよ!



 金剛から全てを奪った女。そいつがテレビ塔を氷漬けにした犯人じゃないか?


 その結論に辿り着いてしまった。


 金剛の予想通り、女は彗星高校立てこもり事件を通して乃愛を知り、接触を試みた。その手段が、テレビ塔の氷漬けだ。


 テレビ塔が氷漬けになるという異常事態が起きれば、メディアに大々的に流される。それを見た乃愛がテレビ塔に向かう……というのはさすがに考えにくい。


 だけど、誘い込む対象が別だったら?


 女が誘い込んだのは乃愛ではなく、金剛のほうだったら?


 金剛は女の『エラー』が氷を扱うものだと知っていたら、今回の氷漬けを見たら真っ先に女のことを疑うだろう。


 そうして誘い込まれた金剛を追いかけるようにして、乃愛がテレビ塔に向かうとは考えられないか?


 ……だけどこの場合、女は現在の金剛の近況をある程度は掴んでいることになる。金剛と乃愛に接点があることも。


 どこで知った? 乃愛と金剛の接点を……。


 何か見落としている気がする。



 タクシーに乗って大通りに着き、氷漬けになったテレビ塔に向かう。


 それが目の前に見えてくると、その異常さがよくわかる。それに、その巨大な氷塊から発せられる冷気で、この辺り一帯が冬の様相となっていた。


 これを、あの女が本当に一人でやったってのか? 


 近くには警察に救急隊がいた。野次馬も多く、皆一様に物珍しさから携帯で写真を取っている。


 そいつらを無視し金剛を探すが、人が多すぎる。いや、もしかしてすでにテレビ塔の中に入った可能性もある。


「あの中に金剛さんが!?」


 雫は焦燥感を浮かべた顔でテレビ塔へと向かおうとする。


 俺が推測したことを、さっきの移動中に皆にも話した。それから雫の焦りようは目に見えてひどくなっている。


「待つのだ、雫よ。正面から行っても、止められてしまう。別のルートを探さなくては」


 雫を手で制し、乃愛は冷静に状況を見て言った。


「そもそもこれ、中に入れるのかしら……」


 叶が氷塊を見て困惑する。たしかに、氷漬けになったテレビ塔に入り口らしきものは見当たらない。だが、


「おい、さっき金髪の子があそこから中に入っていったぞ」


「まじか……俺たちも入ってみる?」


「やだよ。ここでもこんなに寒いのに」


 そんな会話が聞こえてきた。


 男性たちが指差した場所を見ると、確かに入り口らしきものがあった。しかも、警察は野次馬たちを制することに手を掛けているため、その入り口にまで目がいっていない。


「あそこね!」


 雫がもう引き返さんばかりにと、そこへと走っていった。


「ちょっと待って! 一人じゃ危険よ!」


 叶が雫を追いかける。


 すぐに二人を追いかけなければと思うが、頭の中で警鐘が鳴る。


 本当にこのまま入ってもいいのか?


 そう考えてしまうのは、目の前の威圧感を放つ氷塊のせいだ。


 これほどの現象を引き起こせる『エラー』保有者がこの中にいる。それを相手に、俺たちは勝てるのか?


 ――いや。例え危険でも、このまま行かないというのは、金剛を見捨てるのと同義だ。


 金剛を救うって決めた。なら迷うな。


「乃愛。俺も警戒して当たるが、特に雫と叶には目を離さないでくれ」


 雫も叶も『エラー』を持っていない。細心の注意を払わないといけない。


「うむ。兄者も気をつけるのだぞ。兄者の力は戦闘向きではないからな」


 乃愛の言葉に頷き、俺は乃愛とともに二人を追うため氷の塔に入っていった。

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