第26話 復讐者

 それぞれ会計を済ませた後、俺たちはショッピングモールを出た。


「なあ、どうせならこのままどっかで食べてこうぜー」


 海斗がそんな提案をしてくる。確かに、時間ももう遅いため、どこかで食べてくほうが楽でいいかもな。


「それがいいな。皆もいいか?」


 皆の意見を聞こうとすると、隣でげっそりとした叶がつぶやいた。


「もう何でもいいわよ……」


 ……お疲れだな。ただ、少しゾンビみたいで怖いぞ。


 二人の着せ替え人形にさせられていたため、叶はすっかり意気消沈といった様子だ。


「む? 何か向こうが騒がしくないか?」


 乃愛が大通りの方を見て言った。


 言われた通り大通りの方を見てみると、確かに人が集まっているな。今日は別にこの辺りでイベントをやる予定はなかったはずだが。


「……何かあったのかしら?」


 雫が不安げな声でつぶやく。


「気になるし、行ってみようぜ」


 海斗はそう言って、騒ぎの方に歩いていったため、俺たちもついていく。


 そうして、騒ぎの中から言葉が聞こえてくる。


「おいおい、早くあいつ何とかしろよ!」


「あの子大丈夫……?」


 口々から聞こえてくる言葉から、誰かが問題を起こしているように思えるな。でも、一体何が?


「早くあの暴れてる化け物どうにかしてくれよ」


 その一言で、騒ぎの中心で何が起こっているのか、おおよそ見当がついてしまった。


『化け物』、その言葉から連想されるものなんて一つしかない。


 急いで人混みを縫っていき、騒ぎの中心を見た。そこには、血を流して倒れている女性と、腕が刃物に変化している男性がいた。『エラー』保有者だ。


『エラー』保有者による事件。特別珍しいことでもなかったが、驚いてしまった。だって、


「金剛……!?」


 保有者の男と対峙するように、金髪をなびかせた金剛がそこにいた。


 何で金剛がここに!?


「え!? 金剛さん!?」


 雫も金剛を見て驚いている。


 金剛は俺たちには気づいていない様子で、目の前の保有者の男を睨んでいる。


「何見てやがる、お前!?」


「…………こいつもあの女と同じ」


「あ!?」


 男が、イラついた様子で刃物に変化した腕を金剛に向けた。その瞬間、周りから悲鳴が上がる。


「ちょっと!? まずいんじゃないの?」


 叶が焦ったように言う。理由はわからないが、男は興奮しているため、いつ金剛にその腕をぶつけてきても不思議じゃない。


「我が助けに行く。兄者たちは動くでない」


 乃愛が前に出てくる。


 まっすぐ金剛たちを見つけ、気を窺っている。


 だが、金剛が肩にかけていた細長い筒のようなものを下ろした。その中から、剣道で使う竹刀を取り出した。


「竹刀?」


 海斗が怪訝な表情をする。


 まさかあれであの男と戦うつもりか? いくらなんでも無茶だ。


 金剛は剣道の型を無視した構えをとる。片手で竹刀を持ち、目の前の男に突き付ける。


「そんなんで俺にたてつこうってか!?」


 それを見た男は、狂ったように腕を振るった。まずい!?


 この場にいる誰もが、金剛が腕に殴られる光景を想像しただろう。


 だが、金剛に向けられた刃物の腕は、竹刀によっていとも簡単に受け流された。その際、普通の竹刀ではならないような甲高い音が聞こえた。


 金剛は男の攻撃を受け流すと、素早い動きで背後に回り込み、無防備な背中に竹刀を叩き込んだ。


「ぐぁっ!?」


 背中を叩き付けられた男は苦痛の声を上げ、前のめりに倒れていく。


 男は震えながら、金剛を睨み振り返ろうとした。しかし、振り返った瞬間、竹刀が男の顔面を思い切り叩いた。


「ばっ……!?」


 叩き付けられた衝撃で、男の歯が何本か抜け、その体が二転三転する。


 嘘、だろ……。


 相手は『エラー』保有者だ。それなのに、あまりにも一方的な展開すぎる。


 この場にいる全員が、目の前の異様な展開に固唾を飲んでいるのがうかがえた。


 男は顔を苦しそうに押さえていて、そこに金剛が近づいていく。


「ひ、ひぃ……」


 男は座り込んだまま、後退りしていく。明らかに戦意喪失している男に、金剛は追撃を加えるべく、竹刀を振りかぶった。


 呆然としていた意識から一瞬で戻り、まずいと思うも遅かった。


 竹刀が男目掛け振り下ろされた。


「……!?」


 金剛が驚きの表情を浮かべる。


 金剛の竹刀を、乃愛の『エラー』である魔剣グラムで受け止めていた。


「それ以上はやりすぎであるぞ、隻眼の娘よ」


 金剛は下がった。その目には警戒の色を宿しつつ、乃愛を睨んでいる。


「何で邪魔するの?」


「これ以上やると、この男の命が危ういぞ」


 乃愛の言う通り、あのままいけば男の命が危なかった。しかし、


「だから? そいつは『エラー』を使って人を傷つけた。そんなやつには制裁を与えて当然」


 金剛の目は本気だ。本気で、目の前の男を憎んでいる。


「確かに、この男は過ちを犯した。しかし、過ちを犯したからそれで終わりではない。やり直す道は残っているのだ」


「やり直しなんかない。『エラー』で人を傷つけた時点で、そいつはあの女と一緒」


「あの女?」


 金剛は乃愛の疑問を無視して、竹刀を突きつけた。まさか、乃愛と戦うつもりか!? 


 だがそこで、パトカーのサイレンが聞こえてきた。


「…………」


 その音を聞いた金剛は竹刀を下ろし、筒の中に戻した。そのまま踵を返す。


「待つのだ!?」


 乃愛は金剛を呼び止めるが、無視して走りだしてしまう。乃愛はそんな金剛を追いかけようとする。


 ……このまま乃愛と金剛が二人になるのはまずい!


 どこか確信めいたものを感じつつ、二人を追いかけるため走り出す。だが、


『――――けた』


 ……っ!?


 今、誰かの心の声が? だけど、聞いたことない声だ。


 この大勢の人の中から、たまたま誰かの声が聞こえてしまったのだろうか。


 とりあえず、このことは後だ。今はそれより!


「乃愛! 待て、行くな!」


「兄者!? しかし、このまま放っておくわけには……」


 乃愛が心配そうに走り去っていく金剛を見つめている。


「わかってる。だけど、ここは俺に任せてくれ。乃愛はここで皆と待っててくれ」


「あ、兄者!?」


 この群衆の中、乃愛を残すのは心配だが、叶たちもいる。皆に任せよう。


 今は、金剛を追いかけなくては。


 さっきの金剛の様子には、梶原に似たものを感じた。


 梶原が『エラー』保有者を否定する人たちを憎んでいたように、金剛は『エラー』保有者を憎んでいるかもしれない。もしそうなら、乃愛が行くと話がこじれる危険がある。


 だけど、何だ? 何か、それだけでは済まないような気がしてならない。



 あの場から数キロ離れた路地裏に、金剛が入っていくのが見えた。それを追って路地裏に入ると、金剛が壁に背を預けていた。


 俺が追いかけてきたのは気づいてたのか。


「何で追いかけてきたの?」


 男の俺でも息が多少切れる距離走ったのに、金剛は息が切れていない。


「いや……あれは追いかけるだろ……」


 息を整えつつ、改めて金剛を見た。金剛は俺を見ずに地面を見ている。


「何であそこまでやった?」


「あの男は『エラー』を使って人を傷つけた。だからよ」


 それだけ、というのも違うが、それにしてもあれはやりすぎだろう。だけど、金剛は当然のことと言わんばかりだ。


「……『エラー』保有者を憎んでいるのか?」


 いちいち周りくどい聞き方はしないぞ。率直に聞いてやる。


「勘違いしないで。私は『エラー』保有者を憎んでいるわけじゃない。『エラー』保有者だもの」


 ……なっ!?


「金剛、お前『エラー』保有者だったのか!?」


 勝手に思っていたことだが、てっきり『エラー』保有者ではないと思っていた。そういえば、ちゃんと聞いたこともなかったもんな。


 だけど、『エラー』保有者を憎んでいるわけではないなら、一体何が金剛を動かしているんだ?


 金剛のさっきの行動は、明らかに『エラー』保有者を憎んでいるようなものだったはず。


 だが次の瞬間、金剛の目が鋭くなった。


「私が憎んでいるのは、たった一人だけ。私から全てを奪った、あの女……!」


 何だ? 明らかに金剛の雰囲気が変わった? ――いや、それだけじゃない。


「……あの女?」


 途端、金剛の雰囲気に気圧されつつも思い出した。


 最初に金剛と出会ったときに聞いた、『どこにいる?』という心の声。あの女とは、そいつのことを指しているのか?


「あの女は、私の住んでいた村を、『エラー』を使って襲い、村人全員を殺した! 私の家族もだ!」


 決定的な一言だった。


 間違いない。金剛が探していたのは、。 


 金剛は自分から全てを奪った復讐相手に、その内に抱える憎しみの感情をあふれさせた。


「私だけが生かされ、私以外の全てが奪われた! あの女が全て奪ったんだ!! あの女は言った! 『力を試したかった』って、笑いながら! 私の村はあの女の実験台にされたんだ!」


 次々吐き出される憎悪の感情に飲み込まれる。何も言えず、ただただその感情の奔流を受けることしかできない。


「だからあの女を見つけ出し、私が殺す! あいつが私の全てを奪ったように、今度は私があいつの全てを奪う! ……あの女のように、『エラー』を使って人をおもちゃのように傷つける輩も許さない……!」


 金剛の目は、俺を見ていなかった。ずっと、俺ではない復讐相手を見ていた。


 それなのに、俺は瞬きをすることも、指先を動かすことも許されなかった。


 金剛はそれ以上は何も言わず、この場から去っていった。だけど、俺はしばらくその場を動くことができなかった。


 ……何だよ、これ。俺たちに、何ができるんだよ。



 あの後乃愛たちの元に戻り、金剛とのことを話した。


 金剛の過去を聞いた皆は一様に黙り込んでしまった。乃愛でさえも、どんな言葉を掛ければいいのかわからず、黙り込んでいた。


 結局、楽しかった気持ちは消え去り、暗い空気のまま解散となった。


 家に帰ってからも、夕食を作る気は起きず適当に済ませる。


 以前金剛が言っていた、『ずっと一人だから』という言葉の意味がようやくわかった。


 故郷の人たち、それに家族さえも殺された。そんな中、たった一人金剛だけが生かされた。


 生き地獄だろ、そんなもの。


 村を襲った女というのは、それを狙って金剛だけを生かしたのか。そう考えると、顔も知らない相手だろうが、怒りが沸いてくる。


 俺がそう感じるなら、金剛がずっと感じているものは想像すら許さないものだろう。


 ……もう一つ、気づいたことがある。


 金剛が左眼に付けている眼帯、あれは多分、その女から受けたじゃないのか?


 そう考えると、あの眼帯が金剛にとっての呪いのようなものに見えてきてしまう。


「……兄者よ、特訓の時間であるぞ」


 乃愛の言葉に、顔を上げる。


 時計を見ると確かに時間だったが、正直あの後だとやる気が起きない。しかし、乃愛は、


「こんな時だからこそだ、兄者よ。兄者の力は、もしかしたら隻眼の娘を救える力になるかもしれないのだぞ」


 乃愛がわずかな期待を込めて言った。


 金剛の心を読んだところで、どうにかなるなんて思えない。


 だけど、乃愛はまだ金剛を諦めていない。なら、兄である俺も諦めるわけにはいかない。


 なにより、今も苦しんでいる金剛を助けたい気持ちは、俺だってあるんだ。

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