第23話 魔王と特訓

「ふむ。隻眼せきがんの娘も、心に何かを抱えているのかもしれぬな」


 リビングで夕食を食べつつ、乃愛が考え込むようにして言った。


 俺は今日一日の金剛の様子を思い返す。


 金剛の態度は、完全に他人を拒絶するものだ。誰も信用しないんじゃないかとさえ思えてくる。


「本人は気にしないと言っても、あのままじゃ学校に居づらくなるぞ」


 俺と乃愛も学校中から除け者扱いされているが、叶と海斗、それに今は雫がいてくれるおかげで居続けられているようなものだ。しかし、雫のように味方を一切作らず孤立してしまっていると、そういうわけにもいかなくなる。


「そうならないためにも、我らが盟友となるべく動くのだ!」


 乃愛は金剛の態度に嫌味を言うのでもなく、友達になろうとしている。


 あのままだとまずいのは俺も感じているため、乃愛に賛成する。例え、金剛にとっては余計なお節介だったとしても。


 しかし、どうするべきか。金剛が何を考え、あんな態度を取っているのかわからない。ダメだとわかっていても、つい金剛の心を読めればと思ってしまう。


「兄者が隻眼の娘の心を読めばいいのでは?」


 乃愛が名案とばかりに言ってきた。


 ちょうど同じことを考えていたが、それは却下だ。


「勝手に心を読むのは極力したくないんだ。それに、俺の『エラー』は受動的だって言っただろ?」


 いくら金剛と仲良くなるためとはいえ、勝手に心を読むのは嫌だ。金剛だって、友達になろうとしている相手に心を読まれたくはないだろう。むしろ警戒してしまうのがオチだ。


「心を全て読む必要はない。あくまで隻眼の娘と盟友になるきっかけさえ掴めればよいのだ。それと、兄者は自身の『エラー』を受動的なものと思っているようだが、それはではないか?」


 その言葉に、思わず虚をつかれてしまう。


「思い込み?」


「うむ。兄者はその『エラー』を使いたくないばかりに、自ら使ってこなかったのであろう? ならば、自ら使おうとすれば、それはもしや可能なのではないか?」


 ……確かに。


 乃愛の言う通り、今まで『エラー』を使いたくないばかりに、無意識のうちにコントロールすることを諦めていた。


 でも、本来はコントロールすれば、自分から心を読むことができるかもしれない。それにもしコントロールできたなら、今みたいに受動的な状態を止められるのでは?


 今まで探してもいなかった解決策が、ようやく見つかった気がするぞ。


 ……だけどそのためには、


「コントロールのためとは言え、勝手に相手の心を読むのもな……」


 問題はそこだ。いくら練習とはいえ、相手の心を勝手に読むことには変わりないんだ。


 しかし、乃愛はまるで心外だと言わんばかりの顔をする。


「……兄者よ、忘れたのか? 我と兄者は。兄者になら、我の心をいくら読まれようが構わないということを」


 乃愛は頬をわずかに染めた。彗星高校での事件が解決した日の夜、乃愛が俺に言ってくれた言葉だ。


 一心同体、か……。


「……そうだったな。だけど、本当にいいのか?」


 俺の方も若干赤くなってしまう。ダメだな、意識すると途端に乃愛の顔を見ずらくなる。


「何度も言わせるでない。さ、さぁ! どんとくるのだ!」


 乃愛が恥ずかしさを紛らわせるかのように、自分の胸を叩いて言った。


 ここまで言われてやらないのも乃愛に失礼だ。


 よし! 覚悟を決めよう。


 とはいえ、具体的に何をどうすればいいかわからないな。とりあえず集中できるように目を閉じて念じてみるか。


(乃愛の心が知りたい……乃愛の心が知りたい……)


 ……何度も唱えるうちに段々と恥ずかしくなってくるな、これ。


「…………何も聞こえない」


 ただ恥ずかしくなってくるだけで、結局何も聞こえてこないときたぞ。


 まあ、簡単にコントロールできたら今頃苦労はしていないだろうが。


「まあすぐにマスターできたら苦労はしないだろう……うむ! 『継続は力なり』、である! 兄者よ、これからこの時間は、兄者の特訓時間としようではないか!」


 乃愛がもう決まりだと言わんばかりに宣言した。


 これからほぽ毎日、こんな気恥ずかしい思いをするのかとも思ったが、乃愛の方が恥ずかしいだろう。


 そんな乃愛が練習に付き合ってくれるというのだから、俺も付き合おう――――、


『――――はぁ……聞こえてなくてよかった。心の準備ができていない状態で、我の好意が兄者に知られでもしたらと思うと』


 ――っ!?


「む? 兄者よ、どうしたのだ?」


 突如立ち上がった俺に、乃愛が疑問を投げかけてくる。


「何って、風呂の準備をしてくるんだよ」


 そう言って、俺はそそくさと風呂場に向かった。


(あ、あぶねぇ……!?)


 脱衣所の戸を後ろ手で閉め、思わず背を預けてため息を吐いた。


 いくらなんでもあれは不意打ちだろう!? 危うく乃愛の前で変な声が出るところだったぞ!?


 何でよりにもよって、あのタイミングで心の声が聞こえてくるんだか……。


(早くコントロールできるようにならないと……)


 今でも心臓の激しい鼓動が止まない。


 このままじゃいくら心臓があっても足りないっての……。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る