第22話 拒絶

『奥原乃愛は、何のために『エラー』を使っている?』


 金剛が俺にした問い。それが放課後になっても引っかかっていた。


 それと、昨日偶然出会った時に聞こえた金剛の心の声も気になった。


 しかし、声を掛けるよりも先に金剛は教室を出てしまったため、すぐに追いかける。


 金剛にはすぐに追いつけたものの、偶然にも目の前から乃愛と雫がやってきていた。このタイミングでか……。


 金剛は乃愛をじっと見つめている。


「む? 我に何か用か?」


 自分が見られていることに気づいたのだろう、乃愛は目の前の金剛に気がついた。


「あら? こんな子うちの学年にいたかしら?」


 雫は見覚えのない金剛に戸惑いの表情を浮かべている。


 俺は遅れて乃愛たちの元にいき、金剛のことを説明した。


「二人とも。この子は今日俺のクラスに転校してきた金剛舞花だ」


「おお、兄者よ。なるほど、煉獄の館に来た新たなる者だったか。我は奥原乃愛、魔王である!」


 初対面の相手にいきなり魔王と自己紹介するのはやめたほうがいいいぞ。まあ、そこが乃愛らしいが。


「はじめまして。烏丸雫です。そういえば、転生が来たという話は噂に聞きましたわね……」


 ……噂が広まる早さは、相変わらずだな。


 雫は噂の内容は他にも知っているのか、その顔は困惑している。噂を聞いているとはいえ、噂だけで金剛がどういった人物かは判断したくないのだろう。


 過去に自分がそうしてきたから、なおさらなんだろう。


「......金剛舞花、以後よろしく」


 言葉は素っ気ないが、至って普通に金剛は挨拶を返した。


 よかった。いきなり突っぱねるみたいなことにならなくて。


「しかし、その眼帯よいであるな! カッコイイぞ!」


 乃愛が金剛の左眼にしている眼帯を見て、目をキラキラさせている。


「ちょっと乃愛、失礼よ! けがかもしれないじゃない」


 雫が申し訳なさそうに、金剛の様子を窺うようにして見る。


 すると、金剛は笑いながら、


「……あなたも眼帯をつけてみる?」


 乃愛に向けて、どこか意地悪いように言ってみせた。


 ……いや、一瞬だったが、わずかに語気が暗くなった気がする。それに、どこか皮肉めいても聞こえたぞ。


 やっぱり、その眼帯はけがのためにつけているものかもしれない。


「眼帯は我も考えたが、この瞳が隠れてしまうのでな……」


 乃愛は金剛の口調の変化には気づかず、オッドアイ(カラコン)を指しながら言う。


「そう。残念」


 金剛は「フフッ」と笑って見せる。


「ねぇあなた、大丈夫かしら? あまりよくない噂も流れているようだけれど……」


 雫が言いづらそうなことを告げるように言った。


「噂?」


 乃愛は噂を知らないのか、疑問符を頭に浮かべている。


 そんな乃愛に、雫は言ってもいいものだろうか言葉に詰まっている。


「噂……私がクラスの連中を突き放したこと?」


 雫を見かねて、金剛自身の口から言い、雫は「え、ええ……」と、気まずそうに首肯する。


「噂も何も事実。それに、そんな噂が流れようがどうでもいい」


 雫は意に介した様子もなく、ぶっきらぼうに言った。


「どうでもって……そのままでいいの? ……周りから避けられ続けるのは、辛いわよ」


 雫の言葉には葛藤が見て取れた。おそらく、過去に自分が避ける側にいたからこそ、その言葉を言う資格があるのかと悩んでいるのだろう。


 雫が彗星高校での事件を通して、周りから避けられる辛さを、梶原たちを通して理解した。理解したからこそ、金剛にはその思いをしてほしくないんだ。


 だがその瞬間、金剛の雫を見る目が変わった。


「あなたが避けられてきたわけじゃないのに? むしろ、?」


 雫の過去を見透かしたように、雫を糾弾する言葉だった。


 金剛は雫を汚らわしいものを見るような目で見ている。


「おい! そんな言い方はないだろ!」


 見れば、雫の体は強張っており、その顔には汗が伝っている。


 さすがにこのまま黙って聞いていられないぞ。


 確かに、雫は今まで『エラー』保有者を否定してきた。それでも、変わろうとしたんだ。それで過去の行いが消えるわけではないが、過去を反省し、変わろうとすることは間違っていないはずだ。


「私は事実を言っただけよ。それに」


 金剛はどこか寂しげな目をした。


「避けられても別に構わない。……


 ずっと一人? どういうことだ?


 しかしそんな疑問を聞くこともできず、金剛はその場から去ってしまった。



 雫のことは乃愛に任せて、俺は金剛を追った。


 校門前に金剛を見つける。


「待ってくれ、金剛!」


 金剛は立ち止まり、こっちに振り向いた。


「何? わざわざ文句を言いに来たの?」


 金剛は煩わしそうに俺を見てくる。


「いや、誤解をしないでほしいんだ。雫は確かに『エラー』保有者を否定してきた。でも、今は違う。過去の行いを反省し、『エラー』保有者のことを理解しようとしている」


「例え心を入れ替えようが、過去にした罪は消えない。それとも」


 金剛はまるで値踏みするように俺を見た。


「奥原乃愛は、彼女のことを本当に許したの? それまで自分を傷つけてきた彼女のことを」


 確かに、これまで雫は何度も乃愛を傷つけるような発言をしてきた。だけど、雫はそのことを心から悔いて謝ったし、乃愛もそんな雫を許した。そうじゃなかったら、


「ああ。乃愛は雫のことを恨んでいない」


 二人であんな笑顔はできない。もう友達なんだ。


「……異常」


 しかし、金剛は理解できないものを見る目をしている。


 話はそこまでというように、金剛は今度こそ踵を返して去ってしまう。


 歩き去っていく金剛の後ろ姿を見ながら、思ってしまう。


 過去の罪を反省し、それを許すことは、そんなに悪いことなのか?


 誰だって過ちは犯すし、それで他の誰かを傷つけてしまうことはある。そんな人間に、許される余地は、果たしてないのだろうか?

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