2章 救いと決意

第19話 友達

 彗星高校立てこもり事件からおよそ1か月が過ぎた。


 この事件は、北海道知事である烏丸連の娘、烏丸雫が巻き込まれたこともあって、道外でもメディアによって大々的に取り上げられた。


 梶原たち『エラー』保有者が起こしたこの事件は、論者やネットの間で様々な言葉が飛び交ったが、その多くは、『エラー・コード』はやはり危険な存在、というものだった。


 あの事件で雫は心を入れ替え、『エラー』保有者を否定することをやめた。


 雫はそのことを父親に伝え、溺愛する娘に言われたこともあり、烏丸連の言動も変わりつつある。


 しかし、だからといって何かが大きく変わったわけじゃない。たった数人が動いただけで世界が変わるなら、苦労はしないだろう。


 それでも、確かに変わったものはあるんだ。


「な、この攻撃を避けるだと!?」


「ふっ、甘いわよ、乃愛! そして……お返しよ!」


「ぬわあ!? 我がやられただと!?」


 俺の目の前で、乃愛と雫がテレビゲームに夢中になっている。


 ここは俺と乃愛の家で、今日は雫が遊びにきていた。


「ぐぬぬ……もう一度だ、雫よ!」


「いいわよ。けど、何度やっても勝つのは私よ!」


 コントローラーを手に、二人は再度ゲームの世界に。


 本当に、仲良くなったものだ。


 少し前までなら、こんな光景が見られるなんて信じられなかった。


『ごめんなさい! 私はあなたたちに対して、到底許されないことをしてきましたわ……」


 あの事件後、雫は俺と乃愛に謝った。雫は許されようとは思っていなかったらしく、必要以上には俺たちに近づかないつもりだったらしい。


 だけど、俺も乃愛も雫を許した。雫の思いを理解したからこそ、許さないという選択肢なんてなかった。


 それからは、乃愛と雫は互いに歩み寄り、友達となった。


 叶と海斗以外敵しかいなかった学校で、雫は乃愛と友達になってくれた。


 たった一人でも、そういう人が現れてくれたことは心強い。



 夕方になり、雫は家に帰った。


 簡単な夕食を作りテーブルに並べる。


「兄者よ。雫のやつ、ゲームの腕前が我よりも優れておるぞ」


 乃愛は夕食を食べつつ、さっきの雫とのことを話す。


「雫ってあんまりゲームやるイメージないけどな」


 確かに、さっきのゲーム対決はほぼ雫の圧勝だったな。


 雫は家で本を読んでいるようなイメージが強いため、少し意外だ。


「うむ。しかし、このままだとまずいのだ。雫にどんどん先を往かれてしまう」


 乃愛はムスッとしているが、その顔は楽しそうだ。


 今まで同年代でこうして遊んだのは叶くらいだったもんな。海斗とはネット経由だし。


「そうだ、兄者よ。明日は雫の家に遊びに往くことになっているから、帰りが遅くなってしまう。我への供物は用意しなくて大丈夫だ」


「お、そうなのか。了解だ」


 そんなことなら、全然歓迎だ。



「へぇ、乃愛ちゃんと雫ちゃんがね」


 翌日の昼休み、叶と学食で昼食を食べながら、昨日乃愛と雫が遊んだことを話した。


「ああ。二人ともすっかり仲良くなったもんだ」


 二人の様子を思い出す。


 うんうん。仲良きことはいいことだな。


「まあ二人が仲良くなるのはいいけど……なんか京介、お父さんみたいね。いや、おじいちゃんかしら?」


 叶がどこか呆れた目で俺を見てくる。


 おじいちゃんって……まあ確かに、親の心境に近いかもしれないが。


 ま、それほど嬉しいってことだ。


「別にお父さんでもおじいちゃんでもいいよ。それより、今日は乃愛が雫の家に行くつもりらしい」


「あら、じゃあ今日の夜は一人なのね。……涙で枕を濡らさないようにね」


 叶が悲しそうな、心配そうな目で見てくる。


 え? 一人寂しく泣くとでも思われているの、俺?


「何で枕を濡らすんだよ……別に寂しくなんかないぞ」


 うん。大丈夫。寂しくなんかないぞ…………多分。


「何かツンデレみたいね」


 お前が言うか。


 思わず声に出してツッコミするところだったぞ。


 しかし、今日の夕食はどうするかな。乃愛が家にきてからは、ほぼずっと乃愛と夕食を食べていたため、何気に乃愛がいないのは初めてかもしれない。


 まあ、適当に済ますかな。


 そう思っていると、叶にじっと見られていた。


「どうした?」


「…………読んではいないようね」


 叶が何かを探るように見てくる。だけどどこか、落胆もしているような?


 何に落胆しているかはわからないが、叶が何を気にしているのかはわかったぞ。


「前にも言ったけど、俺の『エラー』は自分の意思では使えないぞ」


 以前にも伝えたことを、再度叶に伝える。


 俺は自分の心を読む『エラー』のことを、乃愛以外にも叶と海斗、それに雫にも告白した。


 それぞれどういった反応をするのか怖かった。だけど、秘密にしておくのはもうやめたんだ。


 海斗は、「まじか、すごいけど微妙に不便な力だな」と苦笑し、雫は、「コントロールできないなら仕方ないけど、あまり女性の心は読まないように努力してください。男性の方に女性の心内を読まれるのは恥ずかしいですわ」と言ってくれた。


 二人とも俺を軽蔑しないで受け入れてくれた。


 叶はというと、


「それはわかっているわよ。けどせめて、今は読めているんだとか、他から見てもわかるようにしてほしいわね」


 不満を持ちつつも、呆れながら受け入れてくれた。


 本当、いい友人を持った。

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