第18話 二人で歩く未来

 梶原が敗北を認めた後、外に待機していた警察がやってきて、梶原たちを連れていった。


 校内に取り残された生徒の親や友達もやってきて、体育館は一気に騒然となった。


 雫は、乃愛に何か言いたげの様子だったが、仕事を無視してやってきた烏丸連に抱きしめられていたため、聞けずじまいに。


 すごい溺愛っぷりだな。雫のほうは少し鬱陶しそうにしてるが。


 俺と乃愛のもとには、叶と美琴さん、それに海斗がやってきた。


 叶が鬼の形相で叱りつつ、海斗が「まあまあ」となだめている。


 叱りつつも、俺が無事であったことには本気で安堵してくれる。本当、いい友人すぎるよ。


 美琴さんからはすぐに病院に行くように言われ、さすがに自分でももう限界だと思っていたので、それに従うことにした。


 学校を後にする前、もう一度乃愛と雫を見る。


 乃愛は梶原たちを前にしても、決して折れずに自分を貫き通した。


 雫はそれまでの自分の過ちを認め、心変わりを決意した。


 だったら俺も、いつまでも逃げたままではいられない。



 乃愛に言っていない秘密があった。


 


 2年前、乃愛が『エラー』を発現したように、俺も『エラー』を発現していた。


 だけど、この『エラー』を自分の意思で使うことはできない。


 あくまで、勝手に聞こえてくるだけの受動的な力。そのため、予期せぬタイミングで他人の心の声が聞こえてくることになる。


 このことに気づいた時、真っ先に思ったのが、秘密にすることだった。


 心を読むなんて、読まれる側からしたら気持ち悪いだろう。その上、自分で制御できない力だ。やめてくれと言われても、自分の意思ではどうしようもできない。


 それなら、最初から秘密にしておいた方がいい。


 このことは誰にも言っていない。もし知られでもしたら、その時の相手の反応が怖かったから。


 だけど、『エラー』を隠した俺に対して、乃愛は隠さなかった。周りが敵になることを恐れなかった。


 あるがままでいることが、俺にはできなかった。


 だからか、乃愛にはなってほしくなかったのかもしれない。偽物の自分のように。


 俺は自分を押し隠したまま、乃愛の味方として支えられればいいと思った。


 でも、今回の事件を通して、乃愛は折れなかった。その姿がとても眩しく見えた。


 それに、雫も変わった。自分が周りから嫌われる恐れがあるのにも関わらず。


 なら、自分がどうすべきかは、もうわかっている。



 夜も9時を回ったところで、タクシーに乗って家に帰ってきた。


 病院での検査結果、体全体で見ても傷がひどく、最低でも一週間は入院して治療に専念した方がいいと言われた。


 確かに、歩いている今もあちこちが痛い。本気、よく生きてたな俺。 


 どこか自分の体に感謝しつつ、家に入る。


 今日病院から抜けてきたのは、乃愛に秘密を打ち明けたかったからだ。


 リビングに乃愛はいた。


 まだ風呂には入っていないのか、例のゴスロリシックな服を着ている。


「戻ったか、兄者よ。しかし、我のことなど気にせず、治癒に専念してよかったのだぞ?」


 乃愛が不安げな顔で見てくる。


「できればベッドの上で休んでたかったが、それはいつでもできるよ。それより、乃愛に伝えたいことがあるんだ」


「伝えたいこと? 要件ならば魔道具越しでもよかったのではないか?」


 乃愛は携帯を見せながら言ってくる。


「いや。電話じゃダメなんだ……直接、乃愛に言わなきゃダメなことで」


 電話越しで秘密を告白するなんて、ただの逃げでしかない。ちゃんと真正面から向き合わないといけないことだ。


「直接…………!? ま、まさか!? 兄者?!」


 何を思ったのか、乃愛は突然顔を赤らめた。


 ……ん? 何でここで顔が赤くなるんだ?


「乃愛。落ち着いて聞いてくれ。本当に大事な話なんだ」


 意味はわからないが、とりあえず落ち着かせないと。


「う、うむ! 我はお、おおお落ち着いているぞ! どんと来るのだ!」


 落ち着くどころか、さらに慌てている。顔もどんどん赤みを増していく。だから何を想像しているんだ?


 しかし、このままだと埒が明かない。


 よし、深呼吸して――――言おう。



「乃愛……俺は他人の心を読む『エラー』が使える」



 言葉にした瞬間、体が強張るのを感じる。


 怖い。乃愛に嫌われるんじゃないか。


 だけど、逃げるな。向き合え、奥原京介。


「…………え?」


 乃愛の目が揺れている。そこには動揺の色が窺えた。


「兄者が、『エラー』保有者……? 我と同じ?」


「ああ。ずっと隠してきたんだが、俺も2年前に『エラー』を発現していたんだ。心を読むといっても、俺の意思でこれは使えなくて、勝手に聞こえてくるものなんだ。……心を読むなんて、気持ち悪いと思うが、これが俺の『エラー』なんだ」


 乃愛はずっと俯き黙っていた。やがて、


「乃愛!?」


 突然乃愛は振り返り、家を飛び出してしまった。


 こうなる、か……!


 乃愛に嫌われる覚悟はしていたが、実際にこうして逃げられると辛かった。


 だけど、追わないわけにはいかない。まだ傷が癒えない体で、乃愛の後を追った。



「はぁっ……はぁ……!」


 気づけば、息が上がるほどに走り回っていた。


 自宅近くを探し回ったが、乃愛を見つけることができない。


 携帯は壊れてしまっているため使えない。


(やっぱり、心を読まれているなんて知ったら、そりゃ気持ち悪いよな……)


 どこか自嘲気味な笑みを浮かべてしまう。


 乃愛に嫌われれたくないあまり、ずっと隠していた。けど、その結果乃愛を傷つけてしまった。


 罪悪感が胸が痛い。だけど、乃愛のほうがもっと痛いはずだ。


 許してくれなくてもいい。だけどせめて、隠していたこと、傷つけてしまったことは謝りたい。


 疲れと痛みで重くなった体を無理矢理叱咤して動かす。


 しかし、公園を通り過ぎようとしたところで、ようやく見つけた。


 公園の中央、乃愛が背を向けて立っていた。


「乃愛っ!?」


 ようやく見つけた乃愛に安堵する。


 乃愛は振り返らずに、黙ったままだ。


「乃愛……ごめん。あんなこと、今までずっと隠していて。気持ち悪いよな、心を読まれていたなんて……謝って許してもらえることじゃないのはわかっている。けど――」


「勝手に決めつけるでない」


 俺が言葉を遮って乃愛が言った。振り向き、その複雑そうな表情を俺に見せる。


「我は別に、兄者が心を読む力を持っていたことを怒っていないし、軽蔑もしていない」


 ……嫌われていない? 


 俺が乃愛の言葉に呆然としていると、


「確かに、驚きもしたし、我の心を知られていたという恥ずかしさもある。だが、我と兄者は運命で繋がれた兄妹である。例え、血の繋がりがなかろうと、。ならば、我の心を兄者に知られようが、何ら問題ないのだ!」


 その言葉に、嘘を感じる余地はなかった。


 乃愛は俺の秘密を知ってもなお、変わらず俺を受け入れてくれた。


 すごく簡単なことだったんだ。俺がもっと早く乃愛を信じていれば。


 乃愛に嫌われることを恐れるあまり、心のどこかで乃愛を信じてきることができなかった。


 俺は大バカだ。


 乃愛はこうも俺を信じてくれていたのに、俺のほうが乃愛を信じなくてどうする。


「しかし、兄者が我に隠し事をしていたことには少しばかり傷ついたぞ。兄者はもっと我を信用すべきだ」


 乃愛がムスッとした顔を見せる。


 本当その通りだよ。


「それは本当に悪い。どうしても、嫌われるんじゃないかと思って怖かったんだ」


「我が兄者を嫌うわけなかろう。まあこうして話してくれたから、今回は特別に許すとしよう」


 本当にありがとうな、乃愛。こんなダメな兄を受け入れてくれて。


 そう思っていると、突然乃愛は、何かを思い出したのか怪しい笑みを浮かべる。


「しかし、罰は必要であるな。兄者よ、以前交わした契約は覚えているな?」


 契約? …………あっ!?


 記憶の糸を手繰り、思い出した。一昨日の風呂事件で、俺は乃愛のお願いを一つ聞く約束をしている。


「あ、ああ。覚えてるぞ」


 一体何を要求されるのか。というか、あの時の約束を今持ち出すのか。


 乃愛は「フフフッ」と笑いながら俺を見ているが、なぜだか、その顔にはどこか余裕がないようにも見えた。


「では、我のデザイアを伝えよう……」


 乃愛の様子を見て、俺も思わず固唾を飲んでしまう。



「兄者よ。これからの未来、我とずっと一緒にいるのだ!」



 一瞬、比喩でも何でもないように時間が止まった気がした。


 ずっと一緒に――。徐々にその言葉の意味を理解していく。


 だけど、意味を理解してもなお、戸惑ってしまう。


 乃愛の言葉を、どう受け止めるべきだ?


 ずっと一緒に、というのは兄妹として一緒になのか、それとも――。


 乃愛のお願いの真意がどちらにあるのかわからないが、それをこの場で問い返すのは愚か者のすることだ。


 それに、どっちということに、今はまだ明確に答えを出さなくていいと思った。


 だって、この先もずっと一緒にいたいと思っているのは、俺も同じなんだから。


「ああ。ずっと一緒にいるよ、乃愛」


 俺の言葉も、乃愛がどう受け取ったのかわからない。乃愛の心の声は聞こえてこない。


 でも、今はそれでいいじゃないか。だって、こんなにも乃愛は嬉しそうに顔を綻ばせているんだから。


 この時の顔は、生涯忘れないだろうな。


 俺と乃愛を取り囲む世界は、俺たちにやさしくない。理不尽な出来事なんかたくさんある。


 これから進んでいく未来に、世界が変わる保障なんてどこにもない。


 それでも、少しずつ、やさしい世界に変わるのを願う。


 例え変わらなくても、乃愛とこれから先の未来を一緒に歩んでいく。


 こんな世界でも、小さな幸せは確かに存在しているのだから。


 一人では生きづらいこの世界も、二人でなら前へ進んでいける。

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