第15話 その手を振りほどいて
目の前に靄が広がっている。自分が今どこにいるのかわからない。
体の自由が利かず、体は軽いのに、重しでもついてるかのように沈んでいく。
記憶すらも曖昧だ。
突如、靄の先に一筋の光が差し込んだ。
その光に手を伸ばそうとすると、光の中から、俺の大事な人が現れた。
『兄者よ。こんなところで何をしているのだ』
光の中から現れた乃愛は、機嫌が悪い時のムスッとした表情をしている。
『悪い、乃愛。ここはどこなんだ?』
自分がどこにいて、どんな状況にあるのかわからず、乃愛に問いかける。
『そんなの、我が聞きたいぞ。……兄者は、いつになったら帰ってきてくれるのだ?』
乃愛にもこの状況はわからないらしく、寂しそうな表情を見せる。
それを見て、今すぐにここから抜け出さなければならないような使命感に襲われた。
乃愛を一人にさせてしまっている。
乃愛の味方でいると誓ったのに、傍にいてやれていない。
歯を食いしばり、必死に自分の体を前に動かそうとした。
(乃愛の、もとに……!)
少しでも早く、乃愛がいる場所に帰るために。
開けた瞼に光が差し込み、思わず目を細めてしまう。
辺りを見回すと、木々に囲まれていて、ここが森の中だと気づいた。
固い地面から起き上がろうとするが、体の節々から激痛が走った。
それでも手をついて何とか起き上がる。手を見ると、血がべっとりと付着していて気持ち悪い。
さらには、倒れていた地面一帯が血の赤で埋め尽くされていた。
重たい頭で、意識を失う直前の記憶を掘り起こす。
梶原とその仲間に心の動揺を見破られ、時計塔を逃げ出そうとしたところを、もう一人の仲間に襲われ、ここまで飛ばされた。
昨日最後に見た空模様は夕焼けだったため、朝まで意識を失っていたことになる。
まずい……助かったのは奇跡だが、意識を失いすぎた!
俺は梶原たちのある計画を知ってしまった。
梶原たちは今日、彗星高校を襲うつもりだ。
目的は、そこに在籍する雫だ。
梶原たちは、烏丸知事の娘を人質に取り、上層部と交渉を行う腹積もりなんだ。
計画は以前より綿密に立てられていたようで、烏丸知事が北海道に戻ってきたこのタイミングを狙っていたらしい。
詳細な計画はわからないが、学校には乃愛と叶、海斗もいる。このままだと、乃愛たちが計画に巻き込まれてしまう。
計画の実行日は今日の9時だ。
時間を確認しようとしたが、取り出した携帯は無惨にも壊れていた。
正確な時間がわからず、今すぐ誰かに連絡をとることもできなくなった。
くそっ! もう計画は実行されているかもしれない!
そう考えると、居ても立っても居られない。
ボロボロの体を引きずって、学校に向かう。
森を抜けたところで、膝をついてしまった。
ボロボロの体はもう前に進んでくれず、悲鳴を上げている。
(くそっ! ……頼むっ、動いて、くれよ……!)
そう思っても体は悲鳴を上げるだけで、動くことを拒絶する。
だがそこで、見覚えのある車が俺の前で急停車した。
ドアが開き、予想通りの人が出てくる。
「京介君!? どうしたのその体!?」
そう話しかけてきたのは、叶の母親である
「み、美琴さん!? どうして、ここに!? ……いや、それより今何時ですか!?」
突然現れた美琴さんに、藁にも縋る思いで聞いた。
「ちょ、ちょっと落ち着いて、京介君! まず、何があったの?」
そう言われるものの、ゆっくり話している余裕はないんだ。
「学校があぶないんです! 梶原たちは9時に学校を襲うつもりなんです!」
話の流れを無視して事実を伝えるが、美琴さんは困惑するばかりだった。
だけど、俺の焦った様子に気押された美琴さんはしだいに押される。
「学校を襲う!? そ、それは本当なの!?」
美琴さんは車に備え付けられている時計を見て、呟いた。
「9時4分……!」
9時だって!? じゃあ、すでに計画は実行されている!?
「美琴さん! 俺を乗せて今すぐ学校に向かってください!」
今頼れるのは美琴さんしかいない。
「だ、だけど京介君はまず病院に行ったほうがいいわよ!」
「これくらい大丈夫です! 美琴さん、お願いします! 乃愛たちが心配なんです!」
強く言うと、美琴さんは苦しげに納得し、「わかったわ」と頷いてくれた。
助手席に座り、車が急発進する。
(頼む! 無事でいてくれ……!)
祈るようにして、学校に着くのをただ待った。
大通りに出たところで、灰色の煙が視界に映った。ちょうど学校の辺りだ。
隣で、美琴さんの息を飲む音が聞こえた。見れば、その顔は焦燥感が見て取れた。
「叶……!」
美琴さんが心配するように自分の娘の名前を呟いた。
その瞬間、車の速度がわずかに上がった。一刻も早く、娘の安否を確かめるために。
そうして通学路を抜け、学校に到着する。
校門前の近くで車を止めて、俺と美琴さんは学校に走った。
車に乗っている間に、わずかな時間とはいえ体を休めることができたため少しは楽になった、はずだ。
校門付近には生徒が集合しており、騒然としていた。皆一様に学校を見て色とりどりの顔を浮かべている。
そこにいたのは生徒だけでなく警察の姿もあり、騒動の大きさが窺えた。
美琴さんはが叶を探すが見つけられない。
焦りつつも思い出したように、美琴さんは携帯で電話を掛けた。数回コール音が鳴り、その電話が繋がるよりも先に、
「お母さん!? ……って、京介!?」
人混みの中から、叶が姿を現した。
「叶!? よかった……無事だったのね!」
叶の無事を確認し、安心からか美琴さんはその場に倒れそうになる。叶はそんな美琴さんを支えつつ、俺の体を見た。
「ちょっと京介、何があったの、その怪我!?」
叶は本気で心配してくるが、その声音はどこか厳しかった。
「俺のことは大丈夫だ。それより、乃愛はどこにいる!?」
すると、叶は一瞬口を噤みつつ、次いで何かを言いづらそうに顔をわずかに俯けた。
何でそんな顔するんだ、叶……。
叶の様子に、不安の色が濃くなった。
「私もこの人混みの中を探し回ったんだけど、乃愛ちゃん見当たらないの……たぶん、まだ校内にいるんだと思う」
「な!?」
その事実に愕然としてしまう。
乃愛は逃げ遅れまだ校内にいる。校内が今どんな状況になっているかはわからないが、間違いなく梶原たちもいるはずだ。
待ってろ、乃愛! すぐに助けに行く。
すぐさま校内に入ろうとしたが、そこで叶に腕を掴まれてしまった。
「待って。まさかあなた、校内に入るつもり?」
「ああ」
すると叶は、キッと顔を険しくして言った。
「その体で何ができるの? 乃愛ちゃんのことが心配なのはわかるけど、今校内には、学校を襲った集団がいるのよ!? ……お願いだから、もう無茶はしないで!」
叶の悲痛な思いが突き刺さる。
俺がここにくるまでに無茶をしたことを、叶は察しているのだ。
叶の言うことはもっともで、俺が助けに行ったところでできることはないかもしれない。警察に任せるべきだ。
叶の心配を無碍にするのも心苦しい。…………だけど。
「……悪い、叶。せっかく忠告してくれていたのに、結局俺は無茶をした。でも、無茶だとわかっていても、俺はここで黙って乃愛を待つことはできないんだ!」
梶原たちは『エラー』保有者で、平気で人を殺せるようなやつらだ。そんなやつらと乃愛が一緒にいると思うと、ただ待つだけなんてできない。
叶の腕を振り払い、学校へと走る。
「ちょっと!? 京介!」
叶の手を振りほどいてしまったことに、罪悪感が募る。
本当にごめん、叶……!
だけど、これだけは約束する。
絶対、生きて戻ってくる!
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