第14話 連続する悪夢

 どんよりとした暗闇の中、微かに話し声が聞こえる。


 泥沼から目覚めるように瞼を開ける。


 目の前には見覚えのある薄汚い天井があった。


 目覚めた場所は、俺がさっきまでいた時計塔の奥にある小部屋だった。


(生きてる……!?)


 思わず自分の生死を確かめてしまう。


 スタンガンで意識を奪われ、そのまま殺されたはずじゃ?


「お、目覚めたか?」


 突如掛けられた声に心臓が跳ねた。


 ふと横を見ると、臙脂色のパーカーをかぶっている男が座っていた。


 パーカーから覗く髪は金色で、その目は他者を射殺すかのように鋭い。


「……あなたは?」


 わずかに警戒しつつ聞く。


 体を起き上がらせようとするが、腕と脇腹が痛んだ。


「まだ起き上がらないほうがいいんじゃねぇか。ボロボロだぜ、お前の体」


 言われて自分の体を見る。痛んだ腕と脇腹には包帯が巻かれていた。


 この人が手当てしてくれたのか?


「俺は梶原かじわらだ。応急処置程度のものならやっといたぜ」


 梶原と名乗る男の目は相変わらず鋭いが、根は言い人なのかもしれない。


「傷の手当ありがとうございます。……梶原さん、あなたが俺を助けてくれたんですか?」


 感謝を述べ、疑問に思ったことを聞いた。


 傷の手当てをしてくれたことから、梶原さんが助けてくれたことは間違いないだろう。


「ん? ああ。やつらなら、外で転がってるぜ」


 そう言うと、梶原さんは胸ポケットからタバコを取り出した。


 しかし、梶原さんは一人で熊谷たちを倒したのだろうか?


 そう思ったが、目覚める前、微かに話し声が聞こえたことを思い出す。


 そうか。もしかしたら、部屋の外に梶原さんの仲間がいるのかもしれない。


 熊谷たちがどうなったのかも気になり、痛む体を引きずり、ドアに近づく。


 傷の痛みで、生きていることを実感できる。


 本当に、あのピンチから助かるとは思えなかった。


 後でもう一度梶原さんにお礼を伝えようと考えつつ、部屋を出た。


 瞬間、鼻を突く腐敗臭に吐き気が催された。


「うっ!?」


 何だ、何だよこれ……!? 


 そこに広がっている光景が、あまりにも現実離れしていて、凄惨すぎて、脳が必死に否定する。


 目の前に広がっているのは、姿


 腐敗臭だけでなく、肉が焼けた嫌な臭いも混ざり、気持ち悪い。


 辺り一面におびただしく広がる血だまりが、熊谷たちがもう生きていないことを知らしめていた。


 俺は我慢できずにひざまずき、胃の中に溜まっていたものを全て吐き出した。


「ガキにはちと刺激が強かったか」


 後ろから梶原さんの声が聞こえる。


 なぜか、その声を聞いた瞬間、感謝の気持ちは一瞬で消し飛んだ。代わりに畏怖の感情に支配される。


(何だよ、これ……梶原さんがやったのか?)


 梶原さん、梶原の顔を見上げる。その顔にはどこか怪しい笑みが浮かんでいた。


「…………殺したん、ですか?」


 恐怖に震えつつ、思わず口をついて出た。何を聞いているんだ、俺は。


「ああ。こいつらは勝手に自己陶酔し、『エラー』保有者を否定しては殺し回っていた。……当然の報いだろ?」


 反論を許さないような口調に、今度は口を開けなかった。


「こいつらは勝手な正義をかざし、自分たちのやることは間違っていないと好き放題やっている連中だ。何で俺らはこんなやつらのいいようにされなくちゃならないんだ?」


 梶原は近くに倒れている人だった体を蹴る。その目はひどく凍てついて見える。


「……梶原、さんは、『エラー』保有者なんですか?」


「ああ」


 梶原は肯定すると、その右手から何の抵抗もなく炎を出した。


 偽物でないことは、わざわざ確かめなくてもさすがにわかる。


 そうか、だから肉が焼ける臭いがしたんだ。その炎で熊谷たちを焼き殺したから。


 炎で焼かれる熊谷たちの姿を想像してしまい、またも吐き気が催される。しかし、もう胃の中は空っぽだ。


「お前はどうだ? こんな『エラー』保有者をウイルス・化け物扱いする世界はおかしいと思わないか? ……それとも、お前も『エラー』はやっぱり怖いか?」


 梶原は脅すような、それでいてどこか寂しそうな顔をのぞかせた。


 その言葉に、梶原の真意を探ってしまう。


 梶原は熊谷たちのような反対派を、『エラー』を排斥する世界を憎んでいる。


『エラー』保有者は、何か悪いことをしたわけでもないのに、望まずに発現した力によって、世界から化け物扱いされた。人間としてすら扱わない。


 その気持ちには、同情する部分がある。乃愛も梶原と同じく、『エラー』を発現したことによって学校から化け物扱いされ、周囲が敵と化した。


 そんな『エラー』を持つ自分たちを認めずに否定する世界に、恨みをもつことは何ら不思議なことではないだろう。


 だけど、そのやり方は間違っているよ、梶原。


 こんなやり方では何も変わらないし、梶原の立場がさらに悪くなるだけだ。なにより、これではウイルス排斥団体とやっていることが一緒だ。


 だけど、この場で下手なことを言うと梶原を刺激しかねない。


 どう言葉を掛ければいい?


 言葉に詰まっていると、ふとこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。見ると、女性のような長い髪を後ろに流している長身の男がやってきた。


「梶原さん、情報を得ました。準備完了です」


 男が梶原に耳打ちした言葉は、俺の耳にも聞こえた。


 情報? それに準備完了?


 その言葉が意味することはわからないが、何か不穏なものを感じた。


 梶原は頷くと、俺に向き直った。


「悪いな。これからやることができた。お前も気をつけて帰れよ」


 梶原はそう言うと、もう俺には興味を失ったように携帯を取り出している。


 そんな梶原の態度に戸惑いを覚える。


 梶原はこの惨状について俺に口外するな、などと釘を刺さなかった。普通なら、黙って見逃すのはおかしい。


 どう判断すべきか迷っている俺の耳に、梶原の話し声が聞こえる。その内容は聞こえな――。


 ……え!?


 思わずその場で硬直してしまう。


 


 同時に、危機感と焦燥感にかられる。


 梶原たちは、どこまで本気なんだ?


 しかし、その場に留まっていたのは失敗だと気づいた。長身の男がじっと俺を見ている。


「梶原さん、


 あまりに確信を突く言葉に、心臓が跳ねた。心臓がバクバクと鳴ってうるさい。


 梶原は電話を切り、再度俺に向きなおった。


「聞こえたわけじゃないはず……お前、何に気づいた?」


 内面を見透かすように、梶原は睨む。同時に、その言葉には確信が込められていた。


(何でばれた……!?)


 確かに俺はあることに気づいたが、表情だけでここまで気づかれるものなのか。


「隠しても無駄だ。久原ひさはらは他人の心の機微を感じ取れる『エラー』を使える」


 この場においては絶望的に作用する『エラー』に、完全に逃げ道を防がれてしまった。これではどんなことを言っても、もう無意味である。


 もう賭けに出るしかない。俺はすぐに行動に移した。


 質問には答えず、足元に転がっていたバットを思い切り蹴とばす。それと同時に、振り返らず出口に向かって走った。


 この場においては、逃げるしか助かる道はない!


 傷口が痛み、全速力では走れなかったが、何とか時計塔を出ることに成功する。


 外に広がっている夕焼け空に安堵しかけたが、そんな気持ちは一瞬で消し飛んだ。


 ふと影がかかり、横合いから現れた仮面を被った体格のでかい男が現れた。


 男は俺に向かって右拳を突き出す。


 反射的に腕をクロスしてガードの体制をとるが、無意味だった。


「がはっ!?」


 男の右拳が当たった瞬間、タンクローラーにでもぶつかったかのような衝撃に襲われた。


 一瞬の浮遊感の後、俺の体は後方にある森の木々を次々に突き破っていく。


 薄れゆく意識の中、思った。


(ダメだ……! まだ、死ぬ……な……!)

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