第13話 叶わなくなった願い
目の前に古びた時計塔がそびえ立っている。
俺は昨日発見した、ウイルス排斥団体の根城と思われる時計塔に足を運んでいた。
危険なのはわかっている。叶と海斗からも注意を受けた。
だけど、もし田本健司を殺害した犯人が、熊谷率いるウイルス排斥団体なら、ここに証拠があるかもしれない。証拠が仮に見つかりさえすれば、後は警察に任せられる。
そう思い、周囲を警戒しながら時計塔に入る。
時計塔内部は薄暗く、綻びた隙間から入り込む僅かな光だけが頼りだった。
誰もいないことを確認し、広場を見て回る。
しかし、一通り見て気づいたことがある。あまり人がいた形跡が見当たらない。昨日は確かに熊谷たちがここに入っていく姿を見たはずなのにだ。
証拠になりそうなものも当然見つからない。
当てが外れたか。そう思ったが、広場の奥に小部屋を見つけた。
慎重にドアへと近づき、中の様子を窺う。
……ここだったか。
中に入ると、そこにはタバコの吸い殻や新聞、空のペットボトルなんかが乱雑に転がっていた。
その中から証拠になりそうなものを探していく。しかし、
……見つからないな。
証拠になりそうなものは依然として見つからなかった。
あまり長居するのも危険だと思い、諦めて小部屋を出ることにする。
しかし、小部屋を抜けた瞬間、空気が張り裂ける音が鳴り響いた。
音の正体に気づく前に、、さっきまで何もなかった場に、多くの人影があることに気づいた。
「っ!?」
人影は八つだ。その内の一人が、鈍く光る拳銃を俺に向けている。
その隣にいる人物が視線で俺を射抜いてくる。
「勝手に入り込んじゃダメだろ。兄ちゃん」
野太く響くその声に、そこにいるやつらが誰だかわかってしまった。
「熊谷幹也!?」
熊谷は少し驚いたような顔をする。
「俺のことを知っているのか。さすが、俺たちの後をつけていただけはあるな」
後をつけていた――ばれていたのか!? だけど、どうしてばれた?
「その顔、気づかれてないとでも思っていたようだな。残念だが、うちの息子が教えてくれたんだ。俺たちをつけている生徒がいるってな」
その事実に、歯ぎしりする。そういうことか……!
尾行をしていたあの時、偶然にも熊谷翔太が居合わせていたのだ。まるで気づかなかった。
このことから、昼に感じた視線も納得できた。あれはおそらく、熊谷翔太のものだろう。
まんまと罠にはめられた。
「で? お前は何だ、探偵ごっこでもやっているのか?」
バカにしたような、それでいて値踏みするような言葉。
瞬間、どうにかして誤魔化せないかと淡い考えが頭をよぎったが、すぐにその考えは捨てる。
多分もう無理だ。
わざわざ銃で牽制してきたことから、嘘はもう通じない。
なら、もう思い切って聞いてやる。
「……お前たちか? 田本健司を殺害したのは」
さあ、どう転ぶ?
「……なるほどな。『やっていない』……と言ったらお前は信じるか?」
熊谷は笑っていた。その様子からもうやつらが黒なのはもう間違いない。
最初から隠す気もなかったのだろう。この場で、目撃者の俺を口封じのために殺すつもりだ。
「何で彼を殺した?」
少しずつ、自分の中の熱が冷めていくのを感じる。
「『エラー』なんていう力をひけらかしているからだよ。『エラー・コード』は全員、この世界の害だ」
そう断言する熊谷に、静かに怒りを覚える。
こいつは、ただそれだけの理由で彼を殺したのか。
「お前もそう思わないか? 『エラー』なんて兵器みたいなもんだ。そんな危険物を持ったやつを、日本は野放しにしているんだ。頭がおかしいとしか思えないぜ」
熊谷は大仰な態度で嫌悪感を示す。
だけど、何か違和感を覚える。もしかしてこいつは――。
「だから殺すのか? 同じ人間なのに?」
「おいおい、まじかよ。『エラー・コード』を俺たちと同じ人間扱いするなよ。あいつらはウイルスで、化け物だよ。化け物退治をして何が悪い? 国が何もしないから俺たちが動いてるんだよ」
やっぱりだ。こいつらは自分たちのやっていることが正しいと微塵も疑っていない。
それどころか、どこか酔いしれている。
こいつらの行いに、正義なんていうものは存在していない。ただ楽しむだけに、『エラー』保有者を傷つけている。
「……ふざけるな! 『エラー』保有者も同じ人間だ! 化け物扱いするな!!」
さすがに我慢の限界だ。これ以上、やつらの話を黙って聞いていることなんでできない。
「……そういえば、お前の妹も『エラー・コード』なんだってな。化け物でも、妹は守りたいか?」
挑発だ。それはわかっている。頭では理解できても、感情は止められなかった。
熊谷の言葉が、完全に引き金となった。
俺の中のスイッチが切り替わる。
「乃愛を化け物呼ばわりするな……!!」
その場から駆け出す。今すぐにでも、熊谷の口を聞けないようにするために。
「はあ……やれ。ただし、銃弾は貴重だから使うな」
熊谷が命令すると、周りにいたやつらが、各々バットなどの鈍器を持ち上げた。
普段の俺だったら間違いなく、一瞬でやられていただろう。
「ぐああああっ!?」
バッドを振りかぶった男の手首を掴み、折れ曲がる勢いで捻った。
男はバッドを手放し、落ちる寸前に俺が手に取る。そのまま、横から殴りかかろうとしていた別の男目掛け、思い切り腹に打ち付けた。
「ぼごぁっ!?」
悲鳴ともつかない声を上げ、そいつは腹を抱えてその場に倒れる。
「この野郎!?」
今度は後ろか。
俺は振り返らずに、逆立ちする要領で靴のかかとを、後ろにいた男の顎に打ち上げた。
「ばがっ……!?」
蹴られた男は後ろに倒れ、顎を押さえている。遠慮なく蹴り上げたため、その顎は外れているかもな。
あとは三人……。しかし、
さっき聞いた空気が張り裂ける音が鳴り、俺の腕から鮮血が飛び散った。
「ぐっ!?」
咄嗟に腕を押さえるが、続けざまに脇腹を穿たれた。
「ったく……手間取らせやがって」
見れば、熊谷は拳銃を握っていた。銃口からは硝煙が上がっている。
「ちっ……!」
その場に膝をついてしまう。
傷口を押さえ、熊谷を睨む。
正直、こうなることは予想できていた。
俺自身は元から運動神経がいいわけでもないし、喧嘩なんてしたこともない。
スイッチが切り替わった俺は、あくまで冷徹な思考から、頭の回転が常人よりも早くなるだけにすぎない。
銃を持った複数人相手に、適わないのは明白だった。
「殺すにはちと惜しい気もするが、もういい。おい。こいつの意識を飛ばせ。最後に喚かれてもめんどくせぇ」
熊谷がそう言うと、二人のうち片方が、懐から手のひらサイズの黒い物体を取り出した。
スタンガンかよっ……!
スタンガンの調子を確かめてから、そいつは俺に近づいてくる。
あれをくらったら、確実に意識が飛ぶ。そして、目覚めることは二度となくなる。
必死に突破口を探すが、だめだ。見つからない。
銃弾によるダメージが大きすぎた。こうしている今も血は止めどなく体から失われている。
(ごめん、乃愛。お前を一人にさせて……ずっと傍にいるって誓ったのに……)
結局、乃愛に悲しい思いをさせることになってしまった。
自分の軽率な行動に、後悔の念が押し寄せる。
せめて、昨日約束した乃愛の願いくらいは叶えたかった…………。
そんな思いを打ち消すように、スタンガンの音ともに俺の意識は消し飛ばされた。
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