第11話 デザイア
熊谷たちの拠点を発見した日の夜、リビングに電話の音が鳴り響いた。
『もしもし、京介か?』
その懐かしい声を聞き、思わず安堵した。
「父さん! 久しぶりだな」
電話の相手は父さんだった。父さんの声を聞くのは、約1ヶ月ぶりだった。
『悪い。仕事が忙しくてなかなかそっちにかけれなかった』
「いや、大丈夫だよ。仕事は順調なのか?」
父さんは『ああ、問題ない』と返してくる。よかった。順調なら何よりだ。
『京介こそ、そっちは大丈夫か?』
電話越しから、俺の様子を窺うように父さんが聞いてくる。
「……問題ないよ。乃愛もいつも通りだ。むしろ中二病が激しくなったかもな」
また、嘘を吐いてしまった。
だけど、あやふやなでまだ不透明な危険を、父さんたちに伝えて心配をかけたくない。
『それなら構わないが、何かあったらすぐに連絡するんだぞ? お前のことは信頼してるが、無茶をするところもあるから少し心配だ』
父さんのその言葉に、一瞬ドキッとしてしまう。
嘘がばれたわけではないようだが、さすが親だ。子である俺のことは誰よりもよくわかっている。
電話越しじゃなかったら、顔色からなどですぐにばれていただろう。
父さんに聞こえないように息を吐き、動揺を隠す。
「本当に大丈夫だよ。でも、心配してくれてありがとな」
『何言ってるんだ。親が子を心配するのは当然だろ。乃愛は今そこにいないのか?』
チラッと風呂場を見る。そこからはシャワーの音が聞こえてくる。
「乃愛は今風呂に入ってるよ。もう少ししたら出てくると思うが、掛け直すか?」
『そうしてもらいたいところだが、これから仕事なんだ。すまない』
電話越しから残念そうな声が聞こえてきた。
どうやら向こうはまだ朝らしい。
「了解。仕事頑張ってくれ」
『ああ、京介もな。それじゃ、乃愛にもよろしく頼む』
電話が切れ、受話器を置いた。
父さんは時間を見つけては、こうして俺たちを心配してよく電話を掛けてくれる。
遠くにいても、心配してくれているのは本当に嬉しかった。
そう思っていると、突如、ふっと音もなしに視界が闇に覆われた。
な、何だ!? 停電?
とりあえず、落ち着いて状況を――。
「ぬわああああ!?」
乃愛の悲鳴に、落ち着くどころか、一気に焦燥感に駆られた。
すぐに風呂場に走る。真っ暗で足元がおぼつかず、足の指を何度もぶつけ、痛い、痛い!
それでも何とか脱衣所まで辿り着くことができた。しかし、脱衣所も真っ暗なため、中で何が起きているのかわからない。
乃愛は無事か!?
そう思い、声を出そうとした瞬間、勢いよくドアが開く音がした。それに混じって、シャワーの音も聞こえてくる。
音を頼りに、乃愛を探そうと右手を伸ばす。どこだ?
すると、何か柔らかいものに触れた。
「ひゃっ!」
暗闇から、乃愛の可愛いらしい悲鳴が聞こえた。
その悲鳴に困惑しつつも、俺は触れたものの正体が気になっていた。
何だ、これ? 小さいけど、温かくて柔らかいような……
触れたもの正体を確かめようと、右手を動かしてみる。
「……んあっ! ま、待つのだ兄者よ! そ、それはダメだ!? んんっ」
右手を動かすたび、艶っぽい声が乃愛から漏れる。え? 何? 俺は今何に触れているの?
だがそこで、俺はシャワーの音を改めて聞いた。
待て……シャワー? …………って、まさか!?
そう思うと同時に、右手が振り払われ、見られないようするためか乃愛が俺に抱きついてきた。
乃愛の体は冷たいがほんのり暖かく、また柔らかい。
そうして確信した。
(や、やっぱり……!? 今触っていたのって、乃愛の、む、胸……!?)
乃愛の胸を触ってしまっていたことに気づき、動揺で脳が揺さぶられる。心臓の鼓動が激しく鳴り、顔が異常なまでに熱い!
ふと視線を感じると、乃愛が俺をジト目で睨んでいた。その顔はこの暗がりでもわかるほど真っ赤だった。
あ、俺終わったな……。
さっきの暗闇は、電力会社のトラブルによる一時的な停電だったらしく、数分後には家に明かりが戻った。
しかし、俺と乃愛の間に漂う空気は暗く重たい。
(顔を合わせられない……)
あれからというもの、乃愛の顔を見ることができない。
不慮の事故とは言え、乃愛の胸を触ってしまったんだ。しかも服を着ていない状態で。
乃愛には申し訳ないが、あの感触が頭から離れない。思い出すたび、顔が熱くなる。
乃愛のほうも、さっきから口を開かずに俯いている。
時間を戻せるなら戻したい……!
切実にそう願ってしまうが、過ぎたことはどうしようもない。
それに、いつまでもこんな気まずい雰囲気はごめんだ。勇気を出せ、俺!
「の、乃愛! さっきのことは本当にごめん!! 全面的に俺が悪かった! 何でもするから許してくれ!」
土下座でもする覚悟で頭を下げる。いや、乃愛が望むなら土下座してもいい。むしろすぐにでもするべきかもしれない。
「ほ、ほう、何でもといったな? 兄者よ」
乃愛は顔を上げ、『何でも』という言葉に反応した。
「あ、ああ! 俺に出来る事なら、何でもだ!」
つい漠然とした不安に襲われたが、ここで怯むわけにはいかない。俺はここぞとばかりに強調して言った。
余程無理なお願いでない限り、何でもしてやるさ!
乃愛はまだ顔が赤いながらも、徐々にいつもの口調に戻った。
「……なら、とっておきのデザイアを用意しておこう。我がそれを考えついたら、兄者には我のデザイアを叶えてもらおう!」
乃愛は「フフッ」と笑って見せた。
「……わかった。そのデザイアが決まったら教えてくれ」
俺には断る権利もないため、ただ受け入れるしかできない。
「うむ。…………まあ別に我は気にしないのだがな」
「……何か言ったか?」
乃愛が最後何か言っているような気がしたが、小さくて聞き取れなかった。
「な、何でもない!?」
乃愛はまた顔を真っ赤にして言った。
え? 何その反応? やっぱりまだ怒っている!?
不安は拭えないが、とりあえずは乃愛の許しを得た……と考えていいのか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます