第9話 魔王と漆黒の姫

 海斗たちと焼肉を食べ、連休が明けた4月7日、月曜日。


 朝食を作っていると、ニュースキャスターの声が耳に入った。


『――――先月東京に赴いていた烏丸知事が、本日北海道に戻ってくるとのことで……』


 ニュースキャスターのその言葉を聞き、テレビに視線を移す。


 テレビには、30代くらいに見える烏丸知事が映っていた。


 烏丸からすまれんはここ北海道の知事である。


 烏丸知事は『エラー』保有者が野放しになっている現状の日本に反対の意を示している。東京に赴いたのも、それ関連のものだろう。


 知事までもが、否定的な考えを持っているのは正直嫌になってくる。


 だけど、厄介なのはもっと身近にいる。


(……今日は絡まれませんように)


 画面の烏丸知事を見つつ、別の人物のことを思い浮かべる。


 その人物と会いたくなかった俺は、心の中でそんな祈りをするのだった。



 神を信じていない俺だったからか、祈りなんてものはそもそも無意味だった。


「懲りずに今日も学校に来たのね、奥原乃愛!」


 廊下を歩いていたら、いきなりそんな第一声を浴びてしまう。出会うの早くないかな?


 そうぴしゃりと言い放ったのは、烏丸しずくという、俺と乃愛と同じ2年生の女子生徒だ。


 名前から察することができると思うが、烏丸知事の娘である。


 嫌な偶然で、同じ学校に在籍している。


 この雫が、他の生徒と同様視線で攻撃してくるだけなら別に問題はなかったのだが、何かと俺たちに(特に乃愛に)絡んでくるのだ。


「うむ、おはよう! 漆黒の姫よ!」


 乃愛はそんな雫に怯むことはなく、明るく挨拶を返す。


 それを聞き、漆黒の姫と呼ばれた雫は、そのあだ名がつけられた由縁である腰まである黒い髪を揺らして、


「……!? 普通に挨拶を返してくるんじゃないわよ! 私が来るなと言っているのに気づかないのかしら?!」


 雫は乃愛より低い背で、上目遣いに乃愛を睨む。そのせいか、そこまで威圧感はない。


「いくらお願いされようが、その要望に応えることはできぬと言ってるであろう」


 乃愛は困ったように顔をしかめている。


 これまで何度も雫に絡まれては、同じセリフを浴びせられる。正直、何度もこれをやられると疲れてきてしまうのだが。


「ぐぬぬっ! 奥原京介っ、あなたもよ! 自分の妹のことくらいしっかり躾けなさい!」


 口撃の矛先が俺に変わった。これもいつものことだが、めんどくさいな。


「躾ける必要なんかないだろ。俺と乃愛はここに正式に入学してきた他の生徒と同じなんだから、別に通ってもいいだろ」


 何気なく言ったつもりだが、雫は嫌悪感を示すように顔をしかめた。


「他の生徒と同じ? フン! あなたたちみたいなのを私たち人間と一緒にしないでもらえるかしら?」


 その言葉は、さすがに無視できなかった。


 何だ? 俺たちは人間じゃないとでも言いたいのか?


 自分がそう思われるのは別に気にしない。


 だけど、乃愛に対してそう言うのはだけは許せないぞ。


 思わず感情が顔に出てしまったのだろうか。雫は少し怯えた表情を見せる。


「な、何よ? 文句でもあるのかしら?」


 怯えつつも、警戒するように睨み付けてくる。


 まずい。だから落ち着けって、奥原京介。


 スイッチが切り替わってしまわないように、沸き出た感情を必死に奥深くに押し込める。


「……何でもないよ。それより、そろそろHRが始まるから教室に行ってもいいか?」


 本当なら言い返したいところだが、それをやってしまうと乃愛の立場がより悪くなってしまう。最悪の場合、強制的に退学にされる可能性だってあるのだ。雫の親が知事であるため、その権力を使えば、すぐにでも簡単に俺と乃愛を退学にすることもできるだろう。


 雫がそうしないのは、乃愛の『エラー』を恐れているからだ。


 無理矢理退学にして、その報復として『エラー』を向けられでもしたら、雫自身が危険にさらされてしまうと考えているのだろう。


 乃愛はそんなこと絶対するはずがないのに。


 こうして俺と雫は、お互いに強く出られないのだ。


「……フン!」


 何か言おうとしているように見えた雫だったが、何も言わずに歩き去っていった。


 その後ろ姿が見えなくなってから、思わずため息がこぼれた。


「大丈夫か? 兄者よ」


「ああ、悪い。……俺たちも教室に行くか」


 大丈夫というように乃愛に頷いてみせる。


 朝から乃愛に嫌な姿を見せるところだった。


 しかし、本当に、この世界は生きづらい。


 以前何かで見た言葉を思い出す。


『この世界は理不尽で埋め尽くされている』……その言葉が嫌でも胸にストンと落ちる。


「兄者よ。漆黒の姫だが、純白のベールも似合うと思うのだが、どうだろうか……」


 何の脈絡もなく、乃愛が突然そのようなことを言ってきたため、俺は面食らってしまう。


「じゅ、純白? いつも黒っぽい服を着ているあいつに……?」


「うむ。黒も似合うが、純白のほうが雫らしいと思うのだ」


 本気でそう考えているのか、乃愛は悩む素振りを見せる。


 さっき散々言われたのに、乃愛はいつも通りだった。


 すごいな、乃愛は。


 乃愛の前向きさには、何度救われるのだろう。


 俺も見習わないとな。

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