第8話 今ここにいられる理由
海斗に依頼した日の放課後、俺は手早く掃除を終え、校門近くで待っていた乃愛のもとに向かった。
「悪い。待たせたな」
「問題ないぞ。穢れの浄化は済んだようであるな」
教室の掃除を穢れの浄化って……そんな崇高な行いじゃないぞ?
いつもは乃愛と一緒に帰ることはないが、今日はこれから乃愛とともに向かう所があるため、こうして乃愛が待っていてくれたのだ。
「それじゃ、行くか」
「うむ。饗宴の場が我らの到着を待ち望んでいるぞ!」
饗宴か……まあパーティーのようなものではあるな。
そうして、乃愛とともに饗宴の場に向かうのだった。
到着先は、饗宴の場ではなく焼肉屋だ。外までいい匂いがしてきてたまらない。
俺と乃愛は期待を胸に店内に入り、店員さんに奥の席へと案内される。
案内された席には、すでに叶と海斗が待っていた――おいしそうな肉を食べながら。
「んっ……遅いぞー、二人とも」
肉を食べながら、海斗が言う。こら、食べながら喋るんじゃない。
「掃除があるからって言っただろ。てか、もう始めてるのかよ」
俺がせっせと教室の穢れを浄化している時に!?
「お肉のいい匂いがしてきたら我慢できなくなったのよ」
そう言う叶は俺の方を見ずに、七輪の上の肉をじっと見ている。
そうだよね。せっかくの肉が焦げたら勿体ないもんね。
この焼肉の場は、まさかの海斗への依頼報酬だった。
何でも、一緒に焼肉を食べてほしいとのこと。それは全然問題ないのだが、
「本当に、お金は払わなくていいのか?」
なんと、一緒に食べるだけでよく、お金は全部自分が持つと海斗は言ったのだ。本来こっちが報酬を出す立場なのに。
「別にこんくらいいいよ。お金よりも一人で焼肉屋に入る方が俺にはハードル高かったからなー」
「こいつが払うって言っているから遠慮しなくていいのよ」
「佐々木はもう少し遠慮しろよー。ま、別に食べ放題だからいいけどさー」
まあ、海斗がそう言うのだから、ここは遠慮なくごちそうになろう。
俺と乃愛も座り、適当に飲み物を頼む。焼肉屋に来たのは久しぶりだったから、匂いを嗅ぐだけでテンションが上がってくるものだ。見れば、乃愛も目の前の肉にそわそわしている。
今度はハンバーグではなく、焼肉で喜ぶ魔王だ。相変わらず可愛い。
「こっちで会うのは久しぶりだね、乃愛ちゃん。元気だった?」
海斗が乃愛を見て言った。
この二人も面識はある。ほとんどネットでだが。
「うむ。我は変わらず調子がよいぞ。
「たまにはこっちにも顔を出さないとだからねー。これでも一応学生だから」
海斗は引きこもり気質のため、乃愛の言う下界(外)にあまり出てこない。
乃愛も基本は家の中にいることが好きなため、ネットで海斗とはよく遊んでいるらしい。
そのため、二人の仲は良かった。
「乃愛ちゃんはまだ学校に行ってるからいいわよ。だけど、あなたはもっと外に出なさい」
二人の会話に割り込み、叶が呆れ気味に海斗を指さした。
「外に出るのめんどいんだよなー。仕事は基本家の中でするし。……それに外は眩しすぎるんだよ」
そこで海斗はチラッと乃愛を見た。すると、最後の言葉に反応した乃愛が、
「そうなのだ! 下界は光が強すぎるのだ! もっと闇が支配すべきなのだ!」
乃愛が海斗に賛同するように言った。
海斗め、さりげなく乃愛を味方につけたな。こうなると、叶が劣勢になる。
「ちょっ……乃愛ちゃんもそのバカに賛同しないでよ!? てか、闇が支配するって怖いわよ!」
乃愛を味方につけられ、予想通り叶が焦っている。
このメンバーで話すとき、海斗は乃愛を味方に意気投合し、よく叶が劣勢状態となるのだ。
「京介も! 一人で黙々とお肉を食べていないで何か言いなさいよ! 乃愛ちゃんがあのバカにまるめ込まれてるわよ!」
言葉の矛先が、黙々と肉を食べていた俺に被弾してきた。
待ってくれ。今話しかけないでくれ。肉が焦げる!
「別にまるめ込まれてはいないだろ。それにもう手遅れだ。この二人はもう共同戦線を張っている」
視線は七輪上の肉に固定し、適当に返す。
「手遅れって……乃愛ちゃんがあのバカにそそのかされてていいの!? てか、こっちを見なさい!」
叶もさっき俺を無視してませんでした? あ、ちょうどよく焼き上がった。
「そんなことより、せっかくの奢りなんだからちゃんと食べた方がいいぞ。ほら、食べないとあっという間に焦げるぞ」
いい感じに焼きあがった肉の一つを、叶の皿に載せてあげた。ふふ、感謝するがいい。
しかし、次々に焼きあがる美味しそうな肉に、箸が止まらないな。
「……この場に私の味方はいないのかしら」
少し落ち込んだ様子で、叶は俺が上げた肉を食べ始めた。せっかくなんだからもっと美味しそうに食べてくれ。
「兄者よ! 我にももっとよこすのだ!」
乃愛が俺の方に皿を寄せ、うきうきした様子で肉を待ち詫びている。
可愛いから、サービスだ。俺が狙っていた肉をやろう。
そうして俺たちは、時間いっぱいまで焼肉を食べた。
この場を作ってくれた海斗には感謝だ。
今みたいに、皆でなんてことない話をしたり、ご飯を食べるこの時間が俺は好きだ。
叶と海斗とはそれほど長い付き合いではないが、それでも気心知れたように話すことができる。
俺と乃愛を見ても、否定的な感情を見せずに接してくれる。
学校や周りではこういった人は他にいなく、普通に接してくれる二人の存在がとても頼もしく、嬉しかった。
俺と乃愛は、彗星高校の入学を機に、今の家に引っ越してきた。
それに合わせて高校も家から通える近場にした。これは、なるべく高校に知っている人がいないことにかけてのこと。
しかし、乃愛が避けられるようになったのは、入学してすぐである。
乃愛は中二病を隠さなかったが、『エラー』のことだけは隠していた。
そのため、それまでは『中二病を患った変な子』という印象だけで、忌むべきものとして見られていなかった。
しかし、乃愛の秘密はあっさりと暴かれた。
6月初旬、体育の授業中に、天井から照明が落下してくる事故があった。照明は一人の生徒に落ちてきたが、乃愛が『エラー』で助けた。
生徒は無事で済んだが、乃愛の『エラー』がその場にいた全員の目に留まることに。
それはすぐ学校中に広まり、乃愛を見る目が皆一様に変化した。
教師でさえ乃愛の味方をしなかった。
乃愛の兄である俺に対してもその影響はあり、それまでいた友達も皆離れていった。
そんな俺たちに、唯一味方してくれたのが叶と海斗だった。
海斗は持ち前の性格から、変わらず俺と乃愛に接してくれた。
叶に至っては、おそらくそれまでいた友達との縁を切ってまで、俺たちの味方をしてくれたのである。
俺と乃愛は、二人のおかげでこの学校にいられるといっても過言ではない。
二人には感謝してもしきれない恩がある。
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