第7話 頼れる仲間

 乃愛と衝突しかけた翌日、乃愛とはすっかりいつも通りに戻った。


 そもそも、乃愛は俺がスイッチしていたことは雰囲気で察していたため、怒っているわけでも、傷つけられたとも思っていないとのことだ。


 それでも、けじめはつけないといけない。


 もう二度と、乃愛を傷つけるような真似はしない。



 昨日見てしまった事件。その詳細が朝ニュースで流れた。


 殺されたのは、田本健司という30代の男性で、『エラー』保有者だった。


 このことは、生徒の間でも話題に上がっているようで、歩いている最中、事件に関する会話が聞こえてくる。


 しかし、その中から悲しんだり、怯えたりする様子は一切なかった。


 学校に着き、乃愛と別れ教室に向かう。


 教室の前まで来ると、何やらざわついている。


 何だ? そう思って教室を覗いてみると、見知った顔を見つけた。


 海斗だ。よりによって今日登校してきている。


 俺にとっては思わぬ幸運だった。すぐに海斗のもとに向かう。


 海斗は軽くパーカーを羽織っただけの私服姿で、その茶髪はぼさぼさになっている。あいつ、また寝ぐせ直さないできたな。


 おまけに、学校なのにノートパソコンを持ち込み、一心不乱にキーボードを叩いている。


 いや、家でやれよ。……あ、今はいてくれたほうがいいんだった。


「よっ、海斗!」


 近くまでよりそう呼び掛けると、海斗は振り返った。


「おっ、京介じゃん。久しぶりー」


 俺の姿を確認して、軽いノリで挨拶してくる。いつもの海斗だった。それにしても久しぶりに見たな。


 海斗は1年の時から不登校気味で、こうして学校にくることは珍しい。


 さっき教室がざわついていたのも、海斗が2週間ぶりに顔を見せたからだ。


 海斗とは1年の時から同じクラスで、偶然馬があい仲良くなった。


 もとから周囲を気にしない性格のため、乃愛の事件があってからも変わらず友人の関係でいた。あまり学校に来ないことがネックではあるが。


 しかし、海斗が不登校気味なのには理由がある。


「また何か作ってるのか?」


 海斗のノートパソコンには記号や文字がずらりと並んでいた。見ているだけで頭が痛くなってくるぞ。


「今作っているのはとある会社が要望したシステムだよ。これがなかなかに面倒くさくてな……」


 疲れているのか、海斗は肩を回した。


 海斗は、学生の身でありながら凄腕のプログラマーである。


 その腕を駆使して、フリーランスのように仕事を受けているらしい。そのため、そっちが本業気味になり、不登校気味となっているのだ。


 凄いと思うのが本音である。プログラムはおろか、ネット関係にすらあまり強くないため、なおさらだ。


 ネット関係にも強いことから、1年の時によく調べ物のお願いをしたものだ。そのよしみで、今回も調べものをお願いしようと思ったが、


「仕事中か。ちなみにそれ、あとどれくらいでできる予定だ?」


 仕事中ということは、すぐにはお願いできないかもしれないな。


「うーん。少なく見積もってもあと1週間はかかるかな」


 よりによってそんなにか……。できるなら、今すぐにでも調べてほしいことがあったが、厳しそうだ。


「どうした? もしかして何か依頼か?」


「そう思ったが、邪魔しないほうがいいよな」


 さすがに仕事を邪魔するのは申し訳ない。そう思ったが、


「別に少しくらいなら構わないぞー」


 まさかの返事に驚いた。


「本当か!?」


 お願いを聞いてくれるのは嬉しいが、海斗のほうは大丈夫なんだろうか?


「ああ。ま、そんじゃ昼休みになー」


 海斗の様子を見る限り、どうやら本当に大丈夫そうだ。


 なので、ここは素直に厚意にあずかることにする。


「ああ! ありがとな!」


 そのタイミングでチャイムが鳴り、担任教師が入ってきた。久しぶりに登校してきた海斗に驚いているが、特に追求することはなかった。


 自由にさせているのか、単に関わりたくないのか。どっちにしろ、教師としてそれはいいのか?



 昼休みになり、学食ではなく中庭に向かう。


 中庭は基本的に解放されているため自由に出入りできるが、昼休みに生徒がここに来ることはあまりない。


 結構快適な場所なんだけどな。ま、いたらいたらで俺が来れなくなるが。


 海斗は草が生い茂った地面に寝そべっていた。


 あれ? 軽くスヤスヤと寝息が聞こえるんですが? 海斗さん、起きてますよね?


「お待たせ。買ってきたぞ」


 声を少し大きくして、途中で買ったパンを海斗の前に差し出す。


 すると、海斗はパチッと瞼を開いた。


「お、サンキュー」


 海斗は起き上がり、俺からパンを受け取った。


 よかった、起きてたよ。


「やっぱ結構疲れてるのか?」


「問題ないよ。ちょい仮眠を取っていただけだ。それで、今度の依頼は何だ?」


 パンを食べながら海斗がなんて事のないように聞いてくる。


 俺はさっそく依頼内容を伝える。


「朝ニュースで流れた田本健司殺害事件については知っているか? その犯人を探ってほしいんだ」


 海斗に調べてほしいこと。それは昨日の事件の犯人だ。


 別に犯人を捕まえようとしているわけではない。ただ、乃愛の身の安全のためにも、少しでも情報がほしいんだ。


「ん。確かそんなニュースあったな」


 海斗が俺の言葉に、思い出したように頷く。


「ああ。その犯人だが、『エラー』保有者を狙っている可能性があるんだ」


「……確か殺された田本も『エラー』保有者なんだってな」


 海斗が携帯で事件の内容を見返しながら言った。


「ああ。もしかすると、乃愛にまで危険が及んでしまうかもしれないんだ」


 乃愛は心配ないと言っていたが、このまま何もしないわけにもいかない。


 手が届く範囲で、俺は乃愛を守るために動く。


「調べるのはいいが、特定できるかは保証できないぞ」


「それでもいい。何か手掛かりを掴めるだけでも助かる」


 少しでも情報がほしいため、俺は海斗に頼み込む。


「了解。そんじゃ調べられる限りは調べてみるぜ」


 頼もしい海斗の協力を得られて、少し肩の荷が下りた。しかし、


「何を調べるのかしら?」


 突如聞こえたその声に焦燥する。


 まずい、誰かに聞かれた!?


 警戒を込めて声の主を見たが、そこにいたのは叶だった。


「何だ叶か……無駄に焦ったぞ」


 ここには滅多に生徒は訪れないため、油断していた。全く、心臓に悪いぜ。


「何だとは何よ。学食に京介の姿がなかったから、どうせここだと思ったのよ。そして――」


 叶はじろっと海斗を睨んだ。


「やっぱりあなたもいたのね」


「おー、久しぶり佐々木。相変わらずおっぱいでけぇなー」


 叶の圧にも怯まず、海斗は笑いながら言った。


 うん。海斗もやっぱり叶の胸には目がいくんだな。何か安心した。


「久しぶりに会っていきなりセクハラ発言するのは相変わらずね」


 叶は頭痛でもするように頭を押さえている。


 この二人もお互い1年の時から面識はある。


 真面目な叶と、マイページな海斗と何かと相反する二人だが、仲が悪いわけではない。叶は海斗によくからかわれているが。


「……で、何を調べるって?」


 話を戻すようにして、叶がまるで問い詰めるように聞いてくる。


 海斗が「どうする?」と聞いてくるが、隠す必要もないため正直に話すことにした。


「海斗に、今朝ニュースでやってた事件の犯人を探してもらうようお願いしたんだ」


「事件……それってまさか、田本健司殺害事件のこと?!」


 叶は何か察したのか、語気をわずかに強めた。


 俺が頷くと、叶は目元を鋭くして言った。


「犯人を探るって、そんな危険じゃない! もし何かあったらどうするの!?」


 叶の目には焦りが見える。どうやら勘違いさせてしまったようだ。


「落ち着いてくれ、叶。別に犯人を探して捕まえるわけじゃない。あくまで俺は、乃愛を守るために少しでも情報を掴んでおきたいだけなんだ」


 犯人と捕まえようとしたところで、俺にその手段はないしな。精々、返り討ちにあって終わりだ。


「そ、そうなの? ……はぁ、驚かせないでよ」


 叶が本気で安堵したように顔を崩す。


 そこまで心配させてしまっていたとは。何だか申し訳ないな。


「早とちりしたのは佐々木だけどなー」


 そう言った海斗を、叶はキッと睨んだ。


 海斗はどこ吹く風で口笛を吹いている。


「まあそんなわけだ。心配してくれてありがとな、叶」


 俺が素直にお礼をすると、叶は頬を赤らめた。


「べ、別に心配したわけじゃないわよ!」


「お、出た! たまに出る佐々木のツンデレ!」


 海斗が珍しいものを見るような目で、叶を見る。確かに、叶のツンデレはレアだ。


「ツンデレじゃない!」


 叶は声を大にして否定した。


 いつもは自分のペースに引き込む叶が、逆にペースに引き込まれ慌ただしくしているのは珍しい。


 結局、昼休みが終わるまで叶は海斗にからかわれていた。

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