第6話 我は魔王であるぞ
小さな世界を変えることなら、自分でもできるかもしれない。
帰り道を歩きながら、昼に叶に言われたことを思い返す。
まずはこの学校を変える。しかし、そのためにはどうすればいい?
うちの生徒のほとんどが、『エラー』保有者に対して否定的な考えを持っている。それは教師も一緒で、極力この問題にかかわらないようにしているのが窺えた。
叶と海斗以外の味方を作れればいいが、『エラー』保有者に否定的な考えを持っていない生徒は、『エラー』反対派の生徒によって協力はしてくれないだろう。乃愛に味方をするということは、そいつら全員を敵に回すことになるからだ。
いつの時代も、少数派は多数派に押しつぶされてしまいがちだ。
結局いいアイデアは思いつかないまま、地下鉄まできてしまう。
その時、ふと横道の林道から何かが落ちたような音が微かに聞こえた。
何か落ちたのか? 音の正体が気になり、林道に足を踏み入れる。
うっ……何だ?
奥に進むにつれて、段々と悪臭がしてくる。何の臭いかと思いつつ、やがて少し開けた場所に出た。
「!?」
それを見た瞬間、思わず絶句し、その場に腰をついてしまった。
何だ? 何だよこれ!?
何で人が死んでるんだよ!?
目の前で、人が血を流してうつ伏せに倒れていた。
リアルの死体なんて初めて見る。当然だ。そんな警察じゃあるまいし、そんな場面に出くわすことなんて生涯にないかもしれない。
突如目に入った凄惨な光景に思考が追いつかない。手で口を押さえなければ、今にでも嘔吐してしまいそうだ。
こんな考えは死者を冒涜するかもしれないが、見ていたくなかった。
しかし、目を背けることはできなかった。――死体から生えた翼を見てしまったため。
翼は血で赤く染められ、萎れている。
辺りには、その翼から舞い上がったのか、いくつか羽が落ちていた。
この翼を持った人は昨日見た。学校の外を飛んでいた『エラー』保有者だ。体格や髪型からも同一人物であるとわかった。
(嘘、だろ……)
『エラー』保有者が殺される事件はこれまでにも何度かあった。しかし、その全てがテレビの中だけで見たものだ。こうして自分の近くで起きたことは、これが初めてだった。
驚愕、恐怖、そして怒り。それらの感情が入り交ざり、頭を強く揺さぶった。
その後、警察と救急車がきて、事情聴取を受けるため警察署に。
事情聴取から解放された頃には、時刻は19時を回っていた。
家に帰ると、リビングで乃愛が待っていた。
乃愛の姿を見つけ途端、安心と安堵、そして不安に襲われた。
「むっ。随分遅い帰還だったな、兄者よ。魔道具にも連絡がなかったから、何事かと思ったぞ」
乃愛はスマホを持ち、ムスッとした表情でそう言ってくる。
普段なら可愛いく見えるその顔も、今だけは喜べなかった。
「……悪い。色々あってな」
自分の声音を聞き、ああ、いつの間にかスイッチが切り替わっていたんだなと気づいた。
時々こうして、自分の中で感情のスイッチが極端に切り替わることがある。
いつもの楽観的な自分は奥に引っ込み、代わりに冷徹な自分が出てくることが、客観的にわかるのだ。
過度なストレス――いや、乃愛の身に良くないことが起こった時、もしくは起こりそうな時に、これはよく起こる。
乃愛の前ではこの自分はなるべく見せないようにしている。今の自分は嫌いだから。
しかし、すでにスイッチが切り替わっているため、自分から切り替えることができない。
「……我に話せないことか?」
多分、乃愛も今の俺が普段とは違うことに気づいている。その証拠に、声音がわずかに固い。
「いや、乃愛には話さなきゃならないことだ」
ソファに浅く腰かけ、さっきの出来事を話し始める。
「今日の帰り、地下鉄近くの林道で人が殺されていた」
「……っ!?」
乃愛の目が見開かれ、息を飲む音が聞こえる。
「その殺された人だが、乃愛と同じ『エラー』保有者だったんだ。その人は昨日学校の外を『エラー』による翼で飛んでいた」
その人が、次の日何者かに殺されていた。その原因は何か。
「……兄者は、我らの近くに犯人がいると考えているのか?」
俺の様子を窺いつつ、乃愛が慎重に聞いてきた。
「ああ。どこの誰かはわからないが、間違いなく犯人は近くにいる。そして、犯人は故意に『エラー』保有者を狙った可能性もある」
その犯人にも、心当たりはあった。
(『ウィルス』排斥団体……)
昨日見たやつらを思い出す。
過去2年間にも、やつらによって『エラー』保有者が殺された事件はある。
それにやつらは今、この町に戻ってきている。可能性としては十分に考えられる。
『エラー』保有者を狙った犯罪が、ついに身近なところで起こってしまった。
そんな危険が付きまとう状況だと、乃愛に言わなければならないことがある。
……やめろ、その先は言うな!
……それだけは乃愛に言っちゃいけないんだ!
必死に次に出るであろう言葉を抑えようとする。
しかし、スイッチが切り替わった俺は、乃愛の身を優先するあまり、どこまでも冷徹だった。
「だから、乃愛。もう外で目立つことは控えるんだ」
言ってしまった――。
俺が言った今の言葉の意味は、つまり乃愛に中二病をやめろと言っている。
確かに、今までのまま乃愛が中二病を外や学校でし続けるのは、乃愛自身が悪目立ちし危険だ。
犯人が身近にいるこの状況だと、乃愛にまでその手が及んでしまうかもしれない。
だけど、例え危険でも、この方法は違う。
乃愛に中二病をやめさせることは、否定してしまうんだ。乃愛を!
乃愛は俺の言葉に、最初こそ驚愕を見せるが、すぐに見透かすような目で俺を見てきた。
「兄者が本気で我の身を心配してくれているのはわかった…………だが! 芯のこもっていない兄者の願いは聞き入れられぬ!」
乃愛はきっぱりと拒絶した。俺の言葉に芯がこもっていないと見抜いて。
「な、なに言ってるんだ! 命の危険があるんだぞ!? そんなこと言ってられる状況じゃないだろ!」
焦る俺に対して、乃愛は静かに問いを投げかけてきた。
「兄者よ。我を誰だと思っている?」
乃愛は余裕の笑みを浮かべている。そして、俺が何か言うよりも早く、高らかに宣言した。
「我は魔王であるぞ! そんな敵ごとき、我の足元にも及びすらしない! フハハハハハハ!!」
俺は呆気にとられた。
同時に、スイッチが元に切り替わった。
いつもの自分に戻ったことを確認する。そして、余裕綽々な乃愛を見て、深く安堵する。
乃愛に中二病をやめさせることは、乃愛の意志を否定することであり、乃愛という人間を否定することなんだ。
乃愛を否定することなど、俺には絶対にできない。
「……本当に悪い。つい冷静さを失っていた……今の言葉は、忘れてくれ」
スイッチが切り替わっていたとはいえ、乃愛にあんなことを言ってしま、ひどい自己嫌悪に陥りそうになる。
「気にするな、兄者よ。先の言葉が兄者の本心とは我も思うまい。兄者はただ、我を心配してくれただけだ……」
乃愛が優しい眼差しで見つめてくる。
ああ、本当に、どこまで見透かされてるんだろうか?
もう二度とこのようなことは起こさせないと、自分の中で戒めを強めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます