第5話 今できることは?

  魔王との宴があった次の日……また間違えた。魔王じゃなく乃愛だ。


 いつもと変わらない授業風景の中、俺は授業ではなく今朝見たニュースのことを思い浮かべていた。


 内容は、『エラー』排斥団体によるデモ運動が、ここ最近で頻発しているというものだった。


 ここ北海道だけでなく、日本全体で見ても半月前と比べてその数がおよそ倍になっているらしい。また、それに伴って『エラー』保有者が巻き込まれる事件も増えているとのことだ。


 無視できない内容で、今後乃愛が事件に巻き込まれてしまう可能性も十分にあった。


(どうにかならないのか……)


 どうにかしなければいけないのに、どうしようもできない現実がただ辛かった。



「今日はまた一段と渋い顔をしているわね。若いのにシワができちゃうわよ?」


 学食で昼食をとっていると、昨日と同じように叶がやってきた。


「渋い顔とは失礼だな。てか、お前また丼物か……太るぞ?」


 叶が今日持ってきたのは親子丼(大盛り)だった。


「女の子に向かって太るとは失礼ね。私は食べた分しっかり体を動かしているから大丈夫なの。それに――」


 叶は自分の胸に手を当て、


「食べた分は、お腹だけじゃなくてここにもいってるの」


 その大きな胸を誇らしげに見せつけてくる。やめなさい。はしたないですよ?


 とはいえ、俺も男だ。つい叶の胸を見てしまう。


 ……確かに大きい。


「……って!? 食べたものが胸にいくなんて聞いたことないぞ!」


 ふと我に返った。あぶない! 叶め、なんて凶悪なものを見せつけてくるんだ……!


「じゃあ何で私の胸はこんなに大きいのかしら? もしかして、揉まれれば大きくなる都市伝説とか信じてる?」


「し、信じてるわけないだろ!?」


 声がどもってしまった。いやいや、信じてないデスヨ? 本当デスヨ?


「わからないわよ、もしかしたらってこともあるし……試してみる?」


 叶は両腕で胸を押し上げ、上目遣いで俺を見てきた。


「…………は?」


 昨日に引き続き、またも時間が止まったと錯覚してしまう。え? もしかして時間停止できる『エラー』保有者が近くにいたりするんですか?


 そんな突拍子もないことを考えてしまうほど、脳がパニックを起こしてしまった。


「ば……! さ、触ってみればって! ほ、本気か!?」


 冗談に決まっている。叶はそんなことを言うやつじゃない。


 しかし、冗談とわかっていても、パニックを起こしてしまった脳では、もうまともな判断ができない!


「ぷっ! ……あはははは!」


 突如、叶が堪えきれなくなったように噴き出し、心底おかしそうに腹を抱えて笑っている。


「狼狽えすぎよ! ぷっ……あはは!! ダメ、おかしくてお腹痛い!」


 叶は片手で腹を抑え、もう片方の手でテーブルをバンバンと叩く。


「なっ、からかったな!?」


 叶の様子に冷静さを取り戻し、同時に恥ずかしくなり顔が熱くなる。


「いや、だってそこまで本気にするとは思わなかったもの! あー、おかしい……!」


「ぐぬぬっ……」


 本気にはしていないが、パニックを起こしてしまったのは事実のため、何も言い返せない。いや、本当にこれっぽっちも本気にしてないからな! 


「……まあでも、そんなに元気があるならまだまだ大丈夫そうね」


 叶が涙を拭いながらそう言った。


(もしかして叶のやつ、俺を気遣ってくれたのか?)


 そう思ったが、今の様子を見ると俺の反応を面白がっていたのは本当だろう。


 複雑ではあるものの確かに元気は出たため、心の中だけで叶に感謝する。


「……『エラー』排斥団体がここ最近増えている」


 ちょうど落ち着いたこともあり、話題を変えるようにして話した。


「そういえば朝のニュースで報道されていたわね。……もしかして、そのことで不安そうにしていたの?」


「漠然とした不安は相変わらずある。だけど、それとは別に何かできることはないのかと思ってな……」


 気にしすぎかもしれない。


 しかし、もし『エラー』排斥団体の目が乃愛にいったら?


『エラー』排斥団体に限った話ではない。今の状況はもはや世界が敵のようなものだ。


 乃愛は世界から否定されている、は言いすぎかもしれないが、実情間違ってもいない。


 そんな状況で、俺にできることはなにもないのか?


 しかし、そう悩む俺に対して、叶は呆れた表情で、


「なにもないわよ。京介には無理」


 たった一言、ぴしゃりと言い放たれた。慈悲も何もない一言を。


「む、無理って!? そんなの――」


「考えてもみなさい。たかだか学生である京介が、世界を変えるなんてできると思う? どう考えたって無理よ。ほとんどの人間が京介の言葉を真剣に聞き入れないわ」


 俺の言葉を遮り、叶は言った。


「……」


 悔しいが正論だ。結局のところ、俺一人がどうこうしたところで、世界なんて変えられない。


「だから、大きな世界なんてものはまだ見なくていいから、今ある環境をどうするか考えなさい。今京介たちを取り囲んでいる


 だが叶は、そう言ってくれた。


 小さな世界、それはこの学校のことだろう。それをまず変える。それくらいなら、俺でもできるかもしれない。


 さっきの慈悲も何も一言は撤回だ。


 自分にできることをする。すっかり目先の不安に気を取られ、失念していたな。


 またも、叶に助けられた。


「……叶もたまにはいいこと言うな。感謝のしるしに俺のカツをやる」


 素直にお礼を言うのが恥ずかしく、こんな言い方になってしまった。


 叶は笑いながら、


「京介の唾液が付いたカツなんていらないわよ」


 感謝していた気持ちが台無しになる発言をくらわしてきた。


「なっ……昨日、俺の口に突っ込んだ箸そのまま使ってただろ!?」


「覚えてないわね」


 叶はおどけながら、ご飯を食べ始めた。


 納得いかないつつも、また助けられたのは事実のため、俺もしぶしぶご飯を食べ始めるのだった。

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