第4話 超可愛い魔王がいます

 叶の言葉で気分が楽になった俺は、その気持ちのまま夕食の準備をしていた。


 乃愛はまだ帰ってきていない。


 この家には今俺と乃愛しか住んでいない。


 母さんと父さんは海外出張で、もう1年半前から戻ってきていない。


 父さんたちは最初、『エラー』のこともあり、俺たちのことを心配して海外出張を断ろうとした。


 だけど、せっかく二人が掴んだチャンスだ。その機会を無駄にしてほしくない。


 不安はもちろんあったものの、俺は二人の海外出張を後押しした。


 父さんたちは海外に行っても、機会を見つけてはよく電話をしてくれるため、乃愛と二人での生活も寂しくなかった。


 いや、寂しくないわけではないか。


 でも、大丈夫だ。一人だったら別だが、乃愛がいる。


 乃愛のあの明るさには救われる気分だ。




 夕食の準備ができ、あとはハンバーグを焼くだけという頃合いに乃愛が帰ってきた。


「兄者よ! 煉獄の館より帰還したぞ!」


 声高らかにそう告げた乃愛は、すでに目をキラキラさせている。本当にハンバーグが大好きだな。


 そこまで楽しみにされていると、料理をふるまうこっちも嬉しくなる。


「おかえり。今からハンバーグ焼くから、手を洗ってこい」


「うむ。宴の用意であるな!」


 乃愛はスキップで洗面所に向かった。


 ハンバーグ以外は普通の夕食なんだが、ハンバーグがあるだけで乃愛にとっては宴になるのだ。


 よし、今できる最高のハンバーグを作ってやろう!


 そう意気込み、ハンバーグの種をフライパンに並べた。


「あちっ!?」


 まさかの油に攻撃された。意気込んだ直後に、なぜこうなる?




 夕食がテーブルに並び、俺と乃愛はテーブルに着いた。


「いただきます」


 俺は手を合わせ、ちゃんといただきますを言ったが、乃愛はハンバーグを前に妖しい笑みを浮かべていた。


「クククッ! これから我が血肉となる供物よ、余すことなく喰らい尽くしてやろう!」


 芸人ばりに思わず椅子から転げ落ちそうになる。


「なんだその怖い発言は!? 普通にいただきますでいいだろう」


 謎に怖い発言をした乃愛に俺はツッコミを入れつつ、夕食を食べ始めた。


 味は――うまい。自分で言うのも何だが、前より腕を上げた気がする。


 父さんたちが海外に行ってからは、しばらくの間、乃愛とコンビニ弁当やカップ麺をつつ食生活を送っていた。


 さすがにまずいと思い、料理をしようと思い立った。


 はじめは電話越しに母さんから料理を教わり、少しずつ料理の腕を上げていった。そのおかげで、今ではまともな食事にありつけている。


 ことハンバーグに関しては、乃愛が母さんのハンバーグが食べたいとしつこくお願いしてきたものだから、母さんの味に近づけるように頑張った。


 その甲斐もあって、今目の前でハンバーグを食べている乃愛は、その顔を笑顔で綻ばせている。こう喜んでくれると、頑張った甲斐もあるというものだ。




 夕食後、乃愛が先に風呂に入ったため、その間に皿洗いを片付けてしまう。


 その後は他にやることもなかったため、風呂が空くまでテレビを見て適当に時間を潰した。


 脱衣所の方でドアが開く音が聞こえ、乃愛が上がったことを確認する。


 その後少し待っていると、乃愛が脱衣所から出てきた――バスタオル一枚巻きつけただけの姿で。


「なっ……」


 瞬間、時間が止まった気がした。体を動かすことができず、視線が乃愛に固定される。


 乃愛は普段ツインテールにしている銀髪を真っ直ぐ下ろし、オッドアイに見せていたカラコンも外し黒い瞳が覗いている。


 そんな普段と違う姿の乃愛は、超可愛い。


 もう一度言う。超可愛い!


 普段の乃愛ももちろん可愛い。しかし、目の前にいる今の乃愛は、普段とは別ベクトルに超可愛いのだ!


 上手く表現できる自信はないが、普段の乃愛が明るい活発な子という意味合いで可愛いとするなら、今の乃愛は、おしとやかで大和撫子のような可愛いさだ。


 二面性の顔を持つようで、そのどちらも超可愛い。


 何だろうな、この可愛い妹は。


 それに今は風呂上りで、その露出している火照った肌に、シャンプーのいい匂いもしてくる。


 ――反則だ。何がって、色々とだ。


「兄者よ! 最高の供物、そしてみそぎの後にはやはり魔氷の出番だと思うぞ!」


 普段の乃愛の口調を聞き、止まっていた時間が動き出した。


 思わず上がってしまった熱を落ち着かせる。


「……あいすなられいとうこにはいってるぞ」


 無理矢理急制動をかけてしまったためか、変に片言になってしまった。


 乃愛はそんな変な俺には気づかず、冷蔵庫からアイスを取り出した。


「うむ。やはり禊の後はガルガルクンに限るな!」


 乃愛がガルガルクンを持ち上げ言った。


「お腹壊すなよー」


 やっとまともな声を出せた俺は、乃愛を見ないようにして脱衣所に向かうのだった。




「は、はじめまして……鈴白乃愛です……」


 それは、俺と乃愛が初めて会った日のことだ。


 10年前、父さんに再婚するという話を聞かされた。しかもその相手には娘がいるという。


 年は同じだが、俺の方が早生まれだったため、俺の妹になるとのことだった。


 最初こそ戸惑ったが、父さんの再婚は素直に嬉しいものだったし、妹ができることに少しばかり嬉しくもあった。


 それから数日後、相手側と顔合わせの日がきた。


 相手の女性、今の母さんは物腰柔らかな様子で、温かみのある人という印象だった。父さんが好きになったのも頷ける。


 そして、そんな母さんの後ろに隠れていたのが乃愛だった。


 当時の俺よりも不安そうな顔で見てくるものだから、兄としてこっちから挨拶しようと勇気を出して歩み寄った記憶がある。


 はじめて出来た兄妹に、最初こそお互いに戸惑ったが、次第に打ち解けることができた。それからは、本当の兄妹のように一緒に時を過ごしていった。


 乃愛が中二病になってしまったことは、当時の俺には想像もできなかったが、今の乃愛も俺は好きだった。

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