第3話 何よりも心強い言葉

 昼休みになり、教室がざわつき始める。


 俺は鞄を持ちすぐに教室を出る。


 向かった先は学食だ。空いている内に会計等を済ませ、すっかり定位置となった奥にある隅っこの席に座った。


 少しすると、他の生徒がやってきて騒がしくなる。


 その喧騒を無視して昼食をとるが、俺のもとに叶がやってきた。


「また一人で食べてる。今日は海斗休みだったの?」


 叶が呆れ半分、同情半分で声を掛けてきた。


 佐々木かなえ。海斗以外の俺の友人だ。


 叶は向かいの席に座る。眼鏡の位置を整えつつ、その長い赤髪を手ですくった。。


 叶は俺と同じ2年生で、1年の時に知り合った仲だ。乃愛の『エラー』がバレた事件があった以降も、こうして話している。


「別にいいだろ。海斗はいつも通りだったよ」


「あら、それは残念だったわね」


 本当に残念に思っているのか。その目は早く食べたいというように、目の前にあるカツ丼に向けられているぞ。


「残念に思うんだったら、そのカツを一つくれ」


 何となく納得できず、叶が今食べようとしているカツ丼を見ながら言った。すると、


「いいわよ」


 まさかのオーケーされた。しかも迷わずに。


「え、いいの?」


「京介が言ったんでしょう。ほら、いらないの?」


 叶はカツを一切れ、俺に差し出してきた。


 え? まじでいいのか? ラッキーだ!


「おお! サンキュ!」


 叶の思わぬ厚意に感謝し、丼を差し出す。


 しかし、あろうことか叶は、カツを箸ごと俺の口に放り込んできた。


「もがっ!?」


 思わず間抜けな声が漏れてしまった。


 喉が詰まりそうになったため、急ぎ水を飲み、そして目の前でニヤニヤしている叶を睨んだ。


「……何をする」


「何って、くれって言うからあげたんじゃない。それとも、『あーん』は恥ずかしかった?」


 叶は「フフッ」とからかうように言う。


 くそっ!? 叶の罠にまんまとかかってしまった!


 何か反撃してやろうと思ったが、このままでは叶のペースに乗せられてしまう。


 なのであえて、何てことのないように言い返すことにした。


「……ああ、ありがとうな。だけどその箸、もう使えないんじゃないか?」


 何せ箸ごと俺の口に放り込んできたのだ。もう使うことはできまい。


 俺がしてやったりと思っていると、


「別にこれくらいどうってことないわよ」


 叶は俺の反撃を物ともせず、その箸のままカツ丼を食べ始めた。


「…………」


 思わず押し黙ってしまう。


 結局、叶のペースに抗うことはできなかった。


「ねぇ、それよりいいの? 乃愛ちゃんお昼に誘わなくて」


 俺をからかうのはやめたのか、叶は代わりに心配そうな表情を浮かべる。


 叶が言う、乃愛と一緒に昼食をとること。できることなら俺もそれはしたい。


「……それはできないよ。叶だってあの時見たろ? あの事件後、誘おうとしたら本気で拒否されたんだ」


 当時のことを思い出してしまい、少し顔をしかめてしまう。


 乃愛からあの事件後、学校ではあまり接さないでほしいとお願いされたのだ。


 乃愛に嫌われたのかと思ったが、そうじゃなかった。乃愛は自分の立場をわかっていながら、今の自分を貫き通している。だから、俺にまで迷惑を掛けたくないと思っている。


「拒否ね……。うーん、そこまで嫌そうだったかしら……」


 当時を思い返しているように、首を傾げている叶。


 俺は乃愛の意思を尊重しているが、しかし、もし乃愛に危険が迫った時は、介入させてもらうつもりだ。


「てか、叶はいいのかよ。こうして俺と一緒にいるところを見られたら、あらぬ噂を立てられるぞ」


 正直叶の身も心配だった。俺の近くにいるということは、同様に見られてしまうことになる。しかし、


「別に噂されようがどうでもいいわよ。そんなことよりも、私まで周りの人たちと同列の存在になるほうが嫌ね」


 そう言って、叶は横目で学食の生徒を冷ややかな視線で射抜いた。


 叶は今の世の中を嫌っている。だから、この学校で俺と乃愛の味方でいる。


 しかし、叶の交流関係はどうなったのだろう。1年の頃、数人の友人といるのを見たことがあるが、事件以降はその友人といる光景を見たことがなかった。


 なんとなく想像はついてしまうが、そのことについて直接叶から聞くことはできなかった。


「そんな心配そうな顔しなくても大丈夫よ。


 まるで俺の心を読んだかのように、叶は突如そう言った。


 思わず虚を突かれてしまう。


「あ、ああ…………ありがとな」


 驚きはしたが、叶の言葉はとても心強く、嬉しかった。




 午後の授業も終わり、放課後となった。


 帰宅部の俺は、特にやることもないため、家に帰ることにした。自分で言っておいて何だが、帰宅部ってどこが部活なんだろうな?


 町に戻った後、スーパーに寄りハンバーグの材料を買っていく。そうして買い物を済ませたところで、嫌な光景を見ることになってしまった。


「『ウィルス』を撲滅せよ!! 『ウィルス』は俺たち人間を危険に晒す存在だ! 野放しにしておくことを許すな!!」


 そんな野太い大声とともに、十人の集団が目の前を通り過ぎていく。先頭を歩く厳つい男がリーダーだろうか。


(……またこの町に戻ってきたのかよ)


 その集団を見て、一気に気分が落ち込んだ。


 やつらはウィルス排斥団体で、いわゆる『エラー』反対派の集団だ。


 以前もこの辺りでデモを行なっていたのは記憶に新しい。


 テレビでもよく見る光景だが、生で見るとその煩わしさは桁違いだ。


 しかも、この町に住む人たちは『エラー』反対派が多いのか、このようなデモが起こっても嫌そうな顔を一切しない。むしろ、もっとやれといった様子さえ見受けられる。


 そんな光景に、居心地の悪さを感じてしまう。だけど、


『私はあなたたちの味方よ』


 ――ははっ、こんな時に叶の言葉を思い出すなんてな。


 つい数時間前に聞いた言葉に、暗くなった気持ちが救われた。


 ありがとうな、叶。

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