第2話 その力は幸福をもたらすものか?

 魔王と契約をした俺は、……間違えた。乃愛と約束した俺は乃愛とともに地下鉄に乗り込んだ。 


 彗星高校は、俺と乃愛の住む北海道札幌市厚別区から、地元の地下鉄を数分乗りついだ所にある。


 地下鉄で学校近くまで来て、俺たちは残りの道を歩く。その道中、他の生徒らの視線が俺と乃愛に集中する。その視線は、ここに来るまでに感じた視線とは質が違う。


 同時に、俺の中でスイッチが切り替わる。さっきまでの楽観的だった気分は一瞬で消し飛んだ。何年経っても、こいつらの視線は煩わしい。


 ここに来るまでに感じた視線は、乃愛に対しての『物珍しい』『変な格好』など、まだ我慢できるほどのものだ。


 だけど、今乃愛に向けられている視線は、嫉妬や憎悪のような、乃愛を射殺すような視線だ。


 この視線が俺だけに向けられているならいい。だがその多くは、乃愛に向けられているものだ。


 例え乃愛が気にしてなくても、俺が気にしてしまう。大事な妹が、好き勝手な視線で見られているのだから。


 しかし、乃愛がいつも通りの調子で俺を見てきた。瞬間、俺の中のスイッチが切り替わった。


 ……あぶなかった。俺がここで勝手に動いていたら、乃愛が自分を責めるだけの結果になってしまう。


 まったく……落ち着けよ、奥原京介。



「それじゃ、今日はちゃんと早く帰ってこいよ」


「うむ。最高の供物を楽しみにしているぞ」


 そう交わし、俺と乃愛はそれぞれの教室に向かう。俺は2年1組、乃愛は2年4組の教室に。


 さて、憂鬱な時間の始まりだ。毎回のことだが、教室に入るのが億劫になる。なぜって?


「……………………」


  こうなるからだ。俺が入ってきた時だけ、外まで聞こえていた喧騒は鳴りを潜め、教室が静まり返る。だが、それは一瞬で、すぐに喧騒が戻る。


 クラスで除け者扱いにされている俺への嫌がらせ、もしくは仕打ち。乃愛の兄だからという理由だけで、除け者にされたのだ。


 別にいいけどさ……。


 もう何の感情も抱かず、ただ黙って一番後ろの席に座る。こんなクラスだったが、それでも間宮海斗という友人がここにはいる。ただ、


(今日も休みか……)


 海斗は不登校気味なやつのため、いないことがいつもの光景だ。なので海斗のことは諦め、HRまで適当に時間を潰すことに。



 1時限目の授業が始まった。まだ始まって数分なのに、すでにクラスの半数以上が眠りに落ちている。原因は、現国担当教師の眠気を誘うような喋り方だった。


 これが本当に眠い。何で現国や古文の教師って、こうも年寄りが多くて、眠気を誘うのが上手い人ばかりなのやら。


 必死に睡魔に抗いつつ、ふと窓の外を見た。外は雲一つない晴天で、ますます眠くなりそうだ。今見てはダメなお天気日和だ。


  視線を戻そうとしたが、突如一つの影が空に映った。影は人の形をしていたが、人と呼ぶには余計なものが備わっている。――あれは多分、だ。


 本来鳥類に備わっている翼が人に備わると、どこか異様に映る。


 あの翼が作り物でないことは、飛び方からおよそ想像できた。あれは『』だ。


 『エラー』とは、人に備わった異能の力のことを言い、それを持つ人は、皮肉を込めて『エラー・コード』と呼ばれている。


 2年前、日本全土で観測可能なオーロラが発生した。過去にも例がないそのオーロラは、災害をもたらすようなことはなかったが、ごく一部の人に『エラー』を発現させた。


 現在では、『エラー』を持った人は日本で約2割ほどらしい。その2割の中に、乃愛も含まれている。


 しかし、そんな空想の中だけだった異能の力を持てたことが幸福かと言われると、多分ほとんどの人はノーと答えるだろう。なぜなら、『


「ちっ...」


 すぐ近くから舌打ちが聞こえてきた。


 前に座る女子生徒の視線は、空飛ぶ影に向けられている。


『エラー』は世界から決していい目では見られていない。むしろ逆で、悪しきものとして見られている。


 そもそも『エラー』の詳細は2年経った今でも判明していない。そんな正体不明、かつ、人の身に余る力を、ごく一部とはいえ使える人間がいる。


 これらのことから、『エラー・コード』、つまり失敗作・欠陥者と名付けられた。


 一部では、『エラー』に対する反対派が独自に『ウィルス』と呼び、『ウィルス排斥団体』なるものを結成している。


 やつらは日本各所の至るところで、デモを頻繁に起こしている。


 また、『エラー』保有者は、日本でしか発見されていないため、海外における一部の国からも、『エラー』という『』を日本にだけ保有されていると解釈され、危険視されるようになった。


 『エラー』保有者に対しては、道徳的観念の理由などから、現在法律による縛りのようなものない。しかし、縛りがないが故に『エラー』を好き放題使っていると思われ、執拗な責めにあい、より保有者を苦しめる要因ともなっている。



 授業が終わり、睡魔を飛ばすため廊下に出た。そこで、すれ違う生徒から囁き声が聞こえてくる。


「……あいつ今日も来てるよ」


「……さっさとあの痛いやつ連れてどっか行けよな」


 容赦のない言葉の数々が俺に突き刺さってくる。本当にご苦労なことだよ。飽きないのかね。


 ここの生徒は、乃愛が『エラー』保有者であると知っていて、忌み嫌っている。


 乃愛は、この学校内で、『エラー』だけでなく、その中二病も公にしている。そのせいなのか、より『エラー』を乱用しているのではと誤解されている。


 確かに、乃愛は自身の『エラー』を好んでいるが、決して乱用しているわけじゃない。『エラー』がバレたのだって、生徒を助けた故の結果だ。


 それなのに、『エラー』を持っているというだけで非難されてしまった。


 助けたのに、人の命を救ったのに、感謝さえもなく非難される。そんなの辛すぎるだろ。


『エラー』保有者も人だ。何でもっと、わかろうとしない。歩み寄ろうとしない――。


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