ありのままの妹より

ぽんすけ

1章 ありのままの妹

第1話 妹≠魔王

 よく晴れた日の朝、目の前の部屋から突如爆発音が鳴り響いた。その衝撃からか、さらに物が崩れていく音も連続する。


 朝の穏やかな時間から一変して騒然となり、俺・奥原おくはら京介きょうすけは呆れていた。


 乃愛め、朝からまた面倒なことをやらかしたな。


 ため息を吐きつつ、俺は禍々しく『』と書かれた札が掛けられている部屋に入った。


 部屋の中は煙が立ち込めていて、ただでさえ遮光カーテンで暗闇に閉め切られた部屋は煙のせいで視界不良になっていた。一体何を爆発させたのやら。


 煙を吸ってしまわないように口に手を当てていると、暗闇に一つの火が灯った。それは次第に二つ、三つと数を増やしていき、最終的に七つの火が円を作るようにして灯った。


 その円の中央に、乃愛がいた。七つの火に照らされながら、乃愛は何やら不敵な笑みを浮かべている。その目には、左右で赤青と違う色を宿している。ただのカラーコンタクトだが。


「フ、フフフッ……! こうも我に逆らうとはな……」


 誰に対して向けられた言葉かわからないが、おそらく自業自得だろう。


「乃愛。朝食できたから下に降りてこい。それと、朝から爆発音を鳴らすな。近所迷惑だぞ」


 俺が要件と軽い注意をすると、


「クククッ……誰かと思ったら兄者か」


 俺以外に誰がいるんだ、と思ったがツッコミはしないぞ。


「我への供物の用意ができたか……ならば仕方ない。儀式は一度中断し、我もジオフロントに降りるとしようか!」


 乃愛は羽織っていた黒いマントを勢いよく翻して言う。その際、ツインテールの銀髪も揺れた。


 俺の方を向いた乃愛の格好は、黒を基調としたゴスロリシックのような服を身に纏っていた。魔王というより魔女を彷彿とさせる格好で、乃愛は「決まった!」とばかりにドヤ顔をしている。


 いつも通り楽しそうで何よりだが、朝から爆発音を響かせるのはやめてほしい。


 しかし俺がそう思った瞬間、乃愛が纏っていた服が、まるで手品のようにはらりと脱げた。上だけでなく下も脱げ、乃愛はドヤ顔のまま下着姿になった。


「…………え?」


 少しの間を置き、乃愛は呆けた声を上げた。そして、自分の体に違和感を覚えたのか、ゆっくりと視線を自分の体に向けていく。


「え!? ちょっ! ぬわああああ!?」


 服が脱げていることに気がつき、乃愛は近所迷惑な悲鳴を上げた。


 乃愛は普段着る服を、既存のものからアレンジしたり、自作することが多いが、その分ミスもよくする。今回来ていた服もおそらくどこかに不備があり、先の爆発で壊れてしまったのだろう。


「み、見るでないーーーー!!」


 乃愛が周りの火に負けないくらいに顔を真っ赤にし、近くにあるものを俺に投げつけてきた。その中には分厚い本なども混じっており、痛い。痛いって!


 俺は一目散に部屋から逃げ、すぐドアを閉めた。


 今見た、どこか抜けているところがある自称魔王が、俺の妹である奥原乃愛のあだ。


 俺の妹は中二病だ。




 2080年9月2日、水曜日。


 朝のハプニングがあった後、俺は乃愛と朝食をとっていた。気まずい雰囲気になるでもなく、乃愛の態度はいつも通りだ。


「フフッ、兄者よ。先は我の妖艶なる姿を見て魅了されたか?」


 乃愛が先程も見せた不敵な笑みを浮かべる。


「いや、全然」


 俺は感じたことを正直に告げた。


「な、何だと!? 我の裸を見ておいて、何も感じなかっただと!?」


 乃愛が立ち上がり、驚愕に目を見開いている。あ、お茶がこぼれただろ。


「いや、あんな状況だったしな。単にアホにしか見えなかった」


 俺はふきんでお茶を拭きつつ言った。


 服が脱げるまでの過程がアホすぎたため、残念ながら興奮はできなかった。せめてもっと恥じらってくれてたら違ったかもしれないが。


「クッ! 兄者にはまだ我の魅力が理解できないようであるな」


 乃愛が負け惜しみのようなセリフを吐く。


 別に乃愛に魅力を感じていないわけではない。むしろ、妹なのに可愛いと思えてしまうから困る。まあ、それを言うと調子に乗ってしまうので言わないけど。


「ところで兄者よ。ジオフロントであるが、やはり魔の防壁を張ってはどうか?」


 話題を変えるようにして、乃愛はそんなことを提案してきた。


 乃愛の暗闇で覆われた部屋ではなく、陽の光が入った明るいリビングは、俺にとっては最高の空間だが、乃愛はお気に召さないようだった。


「悪いが、ここにまであの遮光カーテンは付けないぞ」


 ちなみに、ジオフロントとはここリビングのことを指し、魔の防壁とは乃愛の部屋に付けられている遮光カーテンを指している。相変わらず無駄に名前だけはかっこいいな。ただのリビングと遮光カーテンなのに。


「ムムッ……。しかしだな、我にとって光は天敵なのだ。これでは煉獄の館に向かう前に力を使い果たしてしまう」


「安心しろ。人間にとって陽の光はいいものなんだ。むしろ力がアップするぞ」


「我は兄者と違い、魔王であって人間ではないのだ」


 ……おかしいな。腹違いとはいえ、お母さんから産んでもらったはずなんだが。いつ魔王に転生してしまったのだろう。


 そんな今更ということを考えていると、乃愛がムスッとしている。可愛い。しかし、そんな顔されても、ここだけは俺も譲るつもりはないぞ。


「ごちそうさまでした。俺は洗い物しているから、学校行く準備済ませとけよ」


 さらっと流し、俺は乃愛に学校に行く準備をするよう促す。


「フッ、今日も煉獄の館に身を投じなければならぬ運命さだめとは。いいだろう。魔王である我がそこに幽閉されている者たちを開放し、我が配下に加えてやろう!」


 乃愛は立ち上がり、意気揚々に宣言した。あ、またお茶がこぼれた。


「煉獄の館じゃなくて学校な」


 冷静にツッコミを入れつつ、俺はふきんでお茶を拭きとっていくのだった。




 乃愛は見ての通り中二病だが、出会った頃からそうではなかった。


 俺と乃愛はそれぞれの親が10年前に再婚したことによってできた義理の兄妹で、初めて見た乃愛は今の乃愛とは似ても似つかない物静かな女の子だった。


 そんな物静かだった乃愛が中二病に目覚めたのは、俺の部屋に置いてあった漫画やアニメのDVDを乃愛が偶然見つけてしまったためだ。それからというものの、そっち関連のものに興味を示すようになり、気がつけば中二病になっていた。


 父さんたちは少しすればなりを収めるだろうと思っていたようだが、今から2年前のある出来事をきっかけに、乃愛の中二病は勢いを増す結果に。


 そして乃愛は、自身の中二病を家の中・外を問わずにオープンにしている。なので、通学中の今もだ。


 俺と乃愛は今、自分たちの通う彗星高校に向かっている。その道中、ずっと多くの視線を感じていた。


 視線の原因は、言うまでもなく乃愛の格好だ。乃愛の格好は、今朝見たゴスロリシックな服に似ている黒と紫を基調とした服だった。その服は、元は彗星高校の制服なのだが、乃愛はそれを独自にアレンジしている。原型がもうわからないほどに。


 普通の学校であればアウトなところを、彗星高校は、学生の自由を尊重するという校風で許している。


 傍から見たら奇抜な格好の乃愛が周りの視線を集めるのは必然だったが、視線を集める理由はそれだけではなかった。


 乃愛は黒い日傘を手に持ち開いていた。これもただの日傘ではなく、天頂にはコウモリを模したものが張り付いており、それだけで異様な雰囲気を醸し出している。


 そんな日傘と、乃愛の格好が相まって多くの視線を集めているのだ。


 乃愛は自分のことを魔王というが、俺にはやはり魔女に見えてしまう。


 そんな乃愛と一緒に歩いている俺にも視線が集まるのだが、いつものこと、気にならない。


 それよりも、時々目に入る天頂のコウモリと視線が合うような錯覚がし、こっちの方が気になって仕方ない。


 ……おかしいな。 作り物だよね?


「そういや乃愛、今日は真っ直ぐ帰ってくるのか?」


 俺はコウモリから視線を外して、乃愛にそう尋ねた。


「緊急を要する案件はないが、我に用か?」


「いや、今日の夕食はハンバーグにしようと思ってな。もし帰りが遅くなるなら別のものにしようかと思って」


 本当に何となく思ったことだったが、乃愛は目をキランと光らせた。


「な、ハンバーグだと!? ダメだ、兄者よ! その予定は変えてはならない!」


 乃愛が詰め寄る勢いで俺を見てくる。


 ハンバーグは乃愛の好物なのだ。それも出来立ての。


 過去に一度ハンバーグを作った時、乃愛の帰りが遅くなったためにハンバーグを温めなおすことになった時は、予想以上に落胆された。なので、それからは夕食にハンバーグを作る時は、事前に乃愛に確認を取るようにしている。


「了解。それじゃ、遅くならないうちに帰って来いよ」


「うむ!」


 よほど嬉しいのか、乃愛は鼻歌を歌い始めた。


 ハンバーグで喜ぶ魔王か。可愛いな。


 うん。やっぱり俺の妹は可愛いな。改めてそう思う。



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