第62話 謎の彼女
………………はっ!?
あまりの衝撃の出来事に一瞬意識が飛んだ!
いやいやいや、これは夢だな。こんなホラーゲームみたいな展開が現実で起きる筈がない。だからこれは質の悪い悪夢に違いない。俺は女の子なんて見ていない。
だからこそ今俺の足元に寝転がって動かない女性の存在を認めたくない!!
……状況を整理しよう。俺達は掃除をするためにこの部屋にやってきた。そしてゴミを掃除しようとしたところ この女性を発見。汚れていてわかりづらいがメイドさんが着てそうな服を着ている。
現在俺の後ろには泡を吹いて気絶したパンドラとバルカン。ありったけの力で俺の胴体にしがみついているフィリア。俺の横でキラキラした目で女性を見るネア。この反応を見る限り誰一人としてこの女性の存在を知らないようだ。
じゃあ、100年以上 いや もっと前からこの場所にいたというわけか。
ってことはこの人死んでんじゃね?
マジで?魔王城死人放置してんの?
しかしその割には肌艶はいいし、死臭も何もしない。
まるでさっきまで生きていたかのようだ。
するとネアが呑気に話しかけてきた。
「ゼノン様!女の人が出てきたっすよ!」
「あぁ…出てきたな……。因みに聞くがこの人知ってる?」
「知らないっす!」
「だよね。もっと他に気になることない?『なんでこんな場所にいるんだ!』とか」
「女の人っす!!」
「さっき聞いたよ」
俺と話しながらネアは女性をツンツン指でつついている。よく怖がらずに近づけるな。
「フィリア、大丈夫っすよ!触っても平気っす!」
「ほんと〜〜〜〜?」
ビクビクしながら俺の背中から顔を出し、確認する。
「ほんとに大丈夫〜〜?ゼノン様〜〜?」
「えっ!?」
まさかの俺に話を振ってきた。まぁ、大丈夫だと思うが……。俺もさっき引っ張ってしまったし。
「ほらゼノン様も触ってみるっすよ!フィリアも!」
俺とフィリアはネアに引っ張られ女性を触ることになった。……なんか誤解を招きそうだな。
なお、パンドラとバルカンは未だ起きる気配はない。
というわけでとりあえず3人でつついてみる。
しかし変化はない。
「ほら、全然大丈夫っすよ!」
「うん〜、平気〜〜〜〜」
なんかほのぼのした空気が流れているが未だにこの女性が誰かわからないんだよね。
しかし美人な顔つきだな。真っ直ぐ伸びた黒髪に整った顔立ち。なんていうかキリッとした出来る女性感が半端ない。パンドラも初めは出来る女性だ!と思ったけど 最近は残念な美女感が強い。
ふと気になり、女性の額に触れてみると……
ガバッといきなり体を起こした。
「…………うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
「……………………パタッ」
俺は絶叫した。フィリアは気絶した。
誰だって死んでいると思う存在がいきなり起き上がったらとんでもなく精神に負担がかかると思う。
俺もそうだ。頭の先から意識が飛んで行きそうだったが魔王としてのプライドを保持するため全力で耐えた。よく頑張った、俺。
そんなことより、いや!……えっ!?起き上がった!
なんで今?誰?死んでなかったの?
疑問が底から湧き上がってくる。
すると謎の女性がこちらを向き、口を開いた。
「おはようございます、マスター」
………いよいよ状況がわからない。
マスター?俺が?今日会ったばかりだぜ?
「ゼノン様知り合いだったんすか!?」
ネアが驚いたようにこっちを見ているが、そんなわけあるか。俺がもし知り合いだったとしてもこんなホコリだらけの部屋に放置するか。
「私を見つけてくれる方を長年お待ちしておりました、マスター。」
「いやその見つけた=マスター理論なんなの?」
「マスターはマスターです」
突拍子にも程がある。しかし見つけたからって言ってたけどそんなに誰もこの部屋に来なかったの?今までの魔王何してんの?
その間も謎の女性はこちらをじっと見つめてくる。何か早く命令しろとでも言いたげに。
どうすんだよ。何を喋ればいいんだよ。さっきから視線が俺の顔に突き刺さってんだよ。
「………んっ」
気まずい思いをしていると、ここで救世主パンドラとバルカンが意識を取り戻した。
ナイスタイミング!
早く起きろ!そして俺をこの気まずい空気から助けてくれ!!
目をこすりながら上半身を起こし、俺を見据える。
そして位置的に俺の後ろにいるであろう謎の女性を一瞥し………
一言も話さず流れるように再び気絶した。
今気絶するポイントなんてなかったろ!?
お前らどんだけ怖い体験苦手なんだ!!
再び気まずい空気が生まれる。あのネアも一言も話さず謎の女性をじっと見ているが見向きもされていない。何故か俺だけずっと見られている。
そしてこの空気に耐えきれずとうとう俺は重い口を開いた。
「えっと……名前は?」
「ありません」
「いつからここにいたんだ?」
「わかりません」
「好きな食べ物は?」
「ありません」
俺はこの日ほど会話の難しさを思い知らされた日はないだろう。会話のキャッチボールが続かず、情報ひとつ得られない。就活だったら不採用だぜ?
いやマジでどうしよう。名前すらないとは……
ますます謎が深まるばかりで状況がひとつも進行しない。
「……………ただ…」
しかしここで彼女の口から始めて自発的な言葉が発せられた。
彼女が自発的に生み出したチャンスを無駄にするな!?一字一句死に物狂いで聞けよ、俺!!
「私はアンドロイドだということはわかります。私は誰かに仕えるために生まれたということだけ覚えております。」
「アンドロイド?あのロボット的なあれか?AI搭載人工知能的なあれか?」
「ロボットや人工知能が何なのかはわかりかねますが、ただ誰かの役に立つために生まれてきたと思います。」
うーん…情報が増えたようで増えてないな。
とりあえずわかったことは彼女はアンドロイドで誰かの役に立つために創り出されたと……
誰が? 何のために?
考え出したら疑問が尽きないな。
「君は誰かに仕えてきた記憶はあるか?」
「ありません。今初めて起動され、貴方をマスターと認識致しましたので」
起動?俺起動したか?
特に変わったことはしてないと思うが……
「因みに起動の条件は?」
「最初に私の胸を触られた方の側に一生添い遂げるようプログラミングされております」
………へいSiri この子がなんて言ったか教えて?
「えっと……胸を触った?」
「はい」
「添い遂げる?」
「はい。ですので不束者ですがこれからよろしくお願いいたします、マスター。」
……誰か俺を殴って早くこの夢から覚ましてくれ。
えっ、夢じゃないって?いや、夢に決まっているだろう。胸に触った?…思い当たる節はある。
しかし今俺の目の前で綺麗な所作で地面に手をつき丁寧にお辞儀している彼女は夢であってほしい……
俺は断じてすけこましエロ魔王ではない。
だからネアよ、そんな「こいつまたか……」と言いたげな目で俺を見ないでくれ。言い訳をさせてくれ。
「これがすけこましっすか……ボソッ」
おいボソッと言うな。俺耳はいい方だから聞こえてるぜ?泣いちゃうぜ、俺。
「ほら、どうするっすかマスター?早くこの女性をどうするか決めるっすよマスター。」
すごい。とてつもなく言葉の棘が俺に突き刺さる。
そしてネアの機嫌がハンパなく悪い。まるで選択を間違えたら殺されそうな雰囲気だ。
痛い痛い痛い、地味に脇腹をつねるな。
「俺達はこれから魔王城の掃除をしようと思っている。それに俺はどっかに出かけたりしてここを留守にすることが多いから雑用をお願いすることになるがそれでもいいのか?」
「はい。貴方様に添い遂げると決めましたので」
添い遂げるって……なんか照れるな。
あっ、ネアの額に青筋が……
痛い痛い痛い痛い!ちぎれる!脇腹ちぎれるから!!
そこで思い出したのだが……
「あ〜、名前は無いんだったな。」
「はい、ありません」
「これから一緒に働くなら名前は必要だからな………よし、『アイ』なんてどうだ?」
「アイ……。はい、私は今日からアイです。ですのでこれからよろしくお願いします、マスター」
「おう」
そして謎の女性、もとい『アイ』は出会って初めて笑った。こう見てたらアンドロイドには見えないな。感情表現がまるで本物の女性のようだ。
それと名前のアイはAIをただ日本語読みにしただけだ。相変わらず俺の名前のセンスの無さには呆れるな。
最終的にはネアもちゃんと認めてくれた。
今では話しかけたりしているが軽く流されている。
問題は……この現状をどう説明するかだな。
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