Chap.15-2
空港から直結している京急線に乗り、十五分後にはもう品川駅に到着していた。
曇天の空からいよいよ小雨が降り始め、街行く人々の手に色とりどりの傘が開く。駅前の大きな横断歩道を雨を避けるようにして、僕と源一郎さんは小走りで駆け出した。スクランブル交差点にくるくると舞う人々の傘の合間を抜けて行く。
目指す先は、アクアパーク品川。駅からほど近い複合施設にある水族館だ。長いスロープの先に虹色の帯がスクエア状に描かれた看板が見えてくる。確かに源一郎さんの言うとおり、空港からここまであっという間だった。
「子供の頃、水族館が好きだったんだ。今でも、ふいに足を運びたくなってしまってね。日本に帰ると、どうも昔が懐かしくなるのだろう。ここは空港からのアクセスも便利でひとりでよく来るんだよ」
券売機で二人分の入園券を発券しながら、源一郎さんが言う。僕にくれたチケットにはコツメカワウソのつぶらな瞳が写っていた。
白一色で統一されたエントランスロビーから、入口ゲートを通過してすぐ、湧き上がるような七色の色彩に包まれた。大きな壁にプロジェクションされた映像。手の動きに合わせて七色の光が揺らめいていく演出。アクアパーク品川は、近未来的な水族館というのがコンセプトのようだ。
小さな水槽がいくつも並ぶエリアでは、水槽の表面が液晶ガラスになっていて、中で泳いでいる本物の魚と映像の魚がシンクロしていた。僕らの横でお母さんに抱えられた小さな子が、映像の魚に手を伸ばして触れると、ぱっとはじけ飛ぶように散り、魚の解説が現れた。その様子に小さな子は、キャッキャとはしゃいでいる。まるでSF小説に出てくるような仕掛けで、目を丸くしてしまった。源一郎さんは、「けっこう面白いだろう?」と僕の様子に満足していた。
ジンベイサメが白い腹をこちらに向けて、頭上をゆっくりと通り過ぎて行く。そんな海の様子を再現した巨大な水槽を眺めた後は、チューブ状に海底を抜ける透明なトンネルへ足を踏み入れた。見上げると、外から差し込む光が、水面の波模様をきらきらと照らし出していた。南洋マンタが黒い背を水面に写しながらゆっくりと舞う姿は、切り取った小さな空を飛んでいるようにも思えた。
「あ、皇帝ペンギンだ」
思わず口走る。水辺に住む生き物たちのゾーンに、ペンギンのエリアがあった。胸元の辺りが黄色くグラデーションになった、他のペンギンよりひと回りも二回りも大きな姿。イメージしていたよりもずっと王様の貫禄がある。ザブンと水中に飛び込む姿は、アザラシと同じくらいの迫力を感じた。
妙にテンションの上がっている僕に、
「ペンギンが好きなのかい?」
と源一郎さんが聞いてきた。
「チャビが見たがっていたことを思い出したので」
こうして水族館を巡っていると、チャビと一緒に行った上野動物園が思い返された。動物達を前に無邪気な表情を見せたチャビ。チャビは皇帝ペンギンを見たがっていたのだが、上野動物園にはフンボルトペンギンしかいなかったのだ。代わりというわけではなかったが、入院を続けるチャビに、僕は皇帝ペンギンのぬいぐるみを持って行った。
「チャビくんか。その後の調子はどうだい?」
「まだ、退院できないんです。体長が極端に悪いわけではないのですが、一度下がってしまった検査数値がなかなか良くならないみたいで。入院を継続して慎重に治療をしましょうってことになりました。最近はユウキがちょくちょくお見舞いに行ってくれるので助かってます」
源一郎さんへの近況報告は、絵葉書やメールを通して続いていた。遠くにいながら、心配をしてくれる源一郎さんの存在は本当にありがたかった。こうして久しぶりに会っても、僕らの状況を理解してくれている。
「そうか……早く退院して帰って来てくれるといい」
水槽越しに写る僕と体格差のある源一郎さん。二人で並んで写る様子に、例えば、こんな人がいつもそばにいてくれたら素敵なのだろうと思えた。
Chap15-3へ続く
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