9.撮りたいモノ
「えー……っと、シルエットを撮りたいです」
「シルエット?」
口の中でキャベツのシャキシャキとした音とソースの味がはねる。新鮮なその歯ごたえと程よい生地の舌触りに目が覚める。舌鼓に遥か昔の記憶を取り戻しながら、そういえば何か撮りたいものはあるのかと夏輝に聞くと、そう答えた。
フォトグラファーになりたい。と言うならば、彼女の中に何かしらアーティスティックなイメージがあるに違いない。こういう物を撮りたい、表現したいという強いイメージが。――そう思った。
そうでなければならなかった。
「はい。――こういうのとか」
そう言って、先にお好み焼きを食べ終えていた夏輝がスマホを見せてくる。夕焼けをバックに人物の真っ黒な写真。
――シルエット写真か。
何かの木、そこから伸びた無数の枝に葉がついて、その下に少女が手を広げて立っている。彼女が見ているのは黄昏に沈みゆく太陽だろうか。
都会に生まれた子が田舎の風景を見て日本の原風景を感じてしまうような、奇妙な感覚を覚える。どこか物悲しい、しかし美しく郷愁を感じる写真だった。
「すごく印象に残ってて、なんか、影絵みたいでいいなって」
「あー、なるほど」
――こういうのは撮ったことがない。
しかしどう撮っているのかは大体分かる。わからない所は調べればいい。
それにこういうのは撮り方がどうのこうのと言うより、発想力が物を言う。
――フォトグラファーになりたいというのは嘘ではなさそうだ。
安心したような、ガッカリしたような混ぜ物の感情を隠すように、見せられた写真に対して過剰に頷いた。
「うん、いいね。これならスマホでも撮れるんじゃないかな。自分でやってみた事は?」
「……これ」
見せられたのは、夕焼けの太陽を背にピースサインを作る誰かのシルエット。
「いいじゃないか。うまく撮れてる」
「もういっこあって」
そう言って別の写真を見せてきた。
そこには同じような夕焼け背景にピースサインをした人が写っていた。しかし太陽がなく、人物の顔も薄っすら見える。
かなり若い女の子のようだ。立ち姿や表情に幼さが際立っている。しかしかなり可愛らしい。夏輝の友達だろうか。
2枚の写真は太陽がないこと以外は同じ構図ながらも、全く毛色の違う物になっていた。
「こっちはシルエット写真としては失敗してるね。けどモデルの子が良くて、不思議と悪くない」
「ふふ、カワイイじゃろ春姫ちゃん。よく撮らせてもらっとるんよ」
「はるひちゃんって言うのか。うん、確かにかわいい子だ」
「じゃろー!?しかも春に姫ではるひなんじゃ!かわいいじゃろー!」
夏輝は瞳を輝かせると、スマホを操作して違う写真をいくつか見せてきた。それらは全て春姫の写った写真で、中には夏輝との自撮りらしきものや他の友達と一緒に撮ったであろうものもあった。
しかしそれらとは比べ物にならないほど、夏輝が春姫を撮ったであろう写真が多かった。
そして幸か不幸か、見せられた写真の中に家族写真はなかった。おかげで嚥下するのに障害なく済みそうだ。もしそんな物を見てしまった日には、ヘタをすれば昨日より寝付きが悪くなってしまうだろう。
だけど、それでも少し気になってしまう。
しかし何気なく夏輝のスマホに伸ばした手が、それに触れる直前で空を切った。
「明日にも会わせるけぇね!」
夏輝が興奮冷めやらぬのか、早口でまくしたてるようにそう言ってスマホをしまったのだった。
夏影ー夜のひまわりー 幸 石木 @miyuki-sekiboku
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