8.閃光のように
「で、どう? 親には何か言われたんじゃない?」
「えっ? えーと、――そうですね、そんなに気合い入れてどうしたん?ってお母さんに言われましたけど」
「ふーん、なんて答えたの?」
「べつに? ……フツーに彼氏とデートーってテキトー言って出てきましたけど」
「!?」
それは渇いた喉を潤そうと水を口に含んだタイミングだった。
「えっちょっと! 大丈夫!?」
「ごっほごっほ、だ、だいじょうぶ。お、俺は別に彼氏じゃないぞ」
「……お母さんは彼氏のこと知っとるけぇ、言い訳に使わせてもらったんよ。じゃけもし誰かに見られても、うん、大丈夫」
「あー……」
当然と言えば当然だ。こんな可愛くて明るい子がモテない訳がない。
「……もしかしてちょっと残念じゃったぁ?」
夏輝の顔はにんまりとイタズラな笑みへと変わっていた。
「えへへっ。そうよね~、やっぱ気になるよね〜」
「いやべつに」
夏輝が言うような興味はもう持っていない。
持っていたと思い出せば吐き気がするので早く忘れたい。
「いいんよいいんよ誤魔化さんで! さっきからやけに変なこと聞いてくるなあって思いよったんよ! そゆことね~」
そう言って夏輝は指でタカタカとリズムよくテーブルを叩き始めた。その笑顔からも伝わる至極楽し気な音が鳴り響く。
運指は滑らかで、まるでそれ自体が生きているかのようだった。
――そう言えば、娘にもピアノを習わせるって意気込んでたっけな。
「……。行儀が悪いぞ」
「食器は使ってないけセーフ」
「アウトだ」
「お待たせしましたー! 肉玉そばお二つ!」
店員がやってきて、夏輝はあっさりと手をテーブルからのける。ホカホカと湯気を立てて見覚えのあるお好み焼きが運ばれてきた。
テーブルの黒い鉄板部分に移されたそれはジュウジュウと音を立て、見た目にもキャベツの新鮮さとボリューム感が伝わるまさに見事な、
「広島焼き」
「お好み焼きじゃけぇね! ワザと言ってないじゃろね」
――あぁ、なんか懐かしいなこのやり取り。広島に来たての時にこっちでできた友達にもよく怒られたもんだ。
曰く、広島風お好み焼きであって、広島焼きなどというものでは決してないらしい。
「ごめんごめん。久しぶりすぎてつい」
「ケンカになるよ! 気ぃつけて!」
夏輝はそう言って頬を膨らませワザとらしくすごむが、目尻はピクピクと動いていて笑いを堪えているのが丸わかりだった。
「なに笑っとん」
「いやーごめんごめん。久しぶりに食べるもんだからすっかり忘れてた」
「もぅ! ――それじゃ、いただきまーす」
思えば、これが娘との初めての食事になるのだとその一言で気付いた。
蘇る。この子が秋帆のお腹の中にいた頃、いつかは一緒にこの店へ。なんて、未来について2人で話し合ったことを。
そのうち、娘が生まれたらこうしてあげよう、こうさせよう、なんて話で盛り上がって、彼女はピアノを教えてあげたいと言った。
俺は、
「どしたの?」
お好み焼きを切り分けていた夏輝がその手を止めてこちらを覗きこんでくる。
「いや……」
断るならこのタイミングだった。
「津山さん?」
俺にはこのお好み焼きを食べる資格がないから。
「よう分からんけど、はよ食べんと冷めるよ先生」
「先生?」
「そう、先生。カメラの先生。師匠の方が良かった?」
そう言うと夏輝の手は再び動き出した。切り分けた口から温かい湯気が立ち昇るのを俺はぼぉっと眺める。ソースの匂いが胸をくすぐる。チリチリと音がする。
「……いただきます」
だから、夏輝の言葉に甘えることにした。
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