2.運命の出会い(2)

 あしだ川花火大会は広島県福山市で二日かけて行われる福山夏まつりのフィナーレを飾る。全編音楽に合わせて打ち上げられる「シンクロ花火」であり、花火と音楽が織り成すリズミカルな興奮を味わうことができる。そして花火開催地である芦田川を1.4キロメートルに渡って輝かせる水上スターマインはこの花火大会に切って落とせない目玉だ。

 だから、それをこの地元民が多い公園から撮るというのは大きく横道にそれた行為だろう。

 王道を撮りたいのなら「シンクロ花火」に関しては動画で、スターマインに関しては花火に輝く川面を合わせて撮らなければ本来の良さを感じられない。


「あーそれはね。私さ~、人が多いところムリなんよ」


 だから少女にそう返された時は、やっぱりそうかと思った。

 俺たちは花火を撮りながら当たり障りのない話を続けていた。不思議と話題は尽きなかったし、花火の音や周囲の話し声がある中でもお互いの声はハッキリと聞き取れた。


「俺もだ。けど失敗だったな。どっちにしろ多いなら川辺で撮るべきだった」


「ええじゃろ別に。向こうは芋洗うほどパンパンに人おるよ」


 少女の言う通り、この公園には肩をぶつけ合うほど人が多いわけじゃない。河辺より段違いに気が楽だろう。


「じゃけぇ、ここでええんよ」


「確かにな。……君、地元ここの子だろ? 友達いないのか?」


 少女はハーフパンツにスポーツブランドのロゴが印字された半そでTシャツを着ていた。長い髪と身長そして僅かな胸の膨らみが無ければ、彼女は手に持つカメラも相まって男の子にも見えただろう。

 しかし彼女の持つ雰囲気からして祭りに一人で来るようなタイプには思えなかった。いつも誰かと一緒に遊んでいるような、今時の言葉を使えば「陽キャ」という感じだろうか、そんな人付き合いの多そうな雰囲気があった。

 だから、彼女が浴衣も着ずに一人でここにいる事に違和感があった。


「サイテーじゃね。そんなこと普通聞く?」


 少女は押し殺したような低い声を出した。

 ……しまった。確かにヒドイことを聞いた。

 横目で少女を見ると、彼女はムスッとワザとらしく頬を膨らませていた。本当は笑っているのだとなぜか分かった。

 彼女の目線は花火の映る夜空を見つめたまま。

 

「ごめん。マジごめん」


 だから俺も、少女の方は見ずに謝った。


「あー、ホントキズついた! ショック! ――これってセクハラじゃろ?」


「えー? どこが?」


「乙女の友達事情を無下に聞いたところ!」


「無下……まあまあ許してくれよ」


 変わった言葉遣いを指摘すれば、少女はますます不機嫌なフリをしただろう。


「いやー。嫌です。言葉だけでは許せません! ――っとることわかるよね?」


「いや、さっぱり」


「おごってよ~。やきそば~」


 少女は一瞬で甘えるような声を出した。


「だめだって」


「はぁ、お詫びができないなんて。大人としてどうかと思うわ」


 そう言って少女はクスクスと笑う。


 不思議だった。

 いつぶりだろう。


「おじさんなに笑ってんの? 加害者が笑っちゃダメなんよ」


「ごめんごめん」


「謝るならお詫びに……」


「――それはダメ」


「ちょっ、まだ言ってないし! ――ふふっ、ま、いいや。……ここの子じゃないけぇ」


 少女はニヤニヤと上げていた唇の端を元に戻すと、続けてそう言った。


「え?」


「私は広島市の方じゃけぇ。ここには花火が撮りたいって言って、親に連れてきてもらったんよ」


「へー……親御さんは?」


「今はホテルから見よると思う」


 じゃあ、今は一人でうろついているわけか。危ないな。


「帰り、そこまで送ろうか?」


「……こわっ! ナンパやん」


 そんなつもりはなかったのだが、確かにこのセリフはナンパのそれにも思える。

 見れば少女は本当に嫌そうな顔をしていた。


「ち、違う違う! マジで心配してんだよ! 子どもが夜に一人で歩くのは危険だろ。祭りの帰りで本当のナンパもあるだろうし」


「うわぁ、おじさんがそれじゃけーなぁ。確かに夜は危険じゃね」


「だから違うって!……っ」


 まずい。どうにか誤解をといてもらわないと。

 必死になってそう考えていたら、自然と花火から意識が離れて少女の方に体を向けた。

 すると少女も同時に振り向いて、彼女のカメラのレンズと視線がぶつかった。


「や~っと慌てた! どれだけいじりよっても全然慌てんけぇね! えへへっ、私の勝ちね」


「おまっ……」


 やられた。完全に遊ばれた。

 少女はレンズ越しに俺を見つめている。白い歯が見えた。


「いま、面白い顔しとるよ」


「はぁぁ……。まったく、大人をからかうんじゃない」


「ちゃんと相手選んでるから大丈夫」


「……そうかい」


 そう言われて、不思議といい気分になった自分が少し怖くなった。

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