ACT7ー3b 霧の視点・3
唯ちゃんの傘に入れてもらって、駅のロータリーまでゆっくり歩く。
振り返るのを、最初は我慢しようとして、でも駄目だった。
後ろを見たら、ナギ君と鷹音さんが、駅に歩いていくところが見えた。コンビニのビニール傘でも関係なくて、すごく絵になる。
――私もあの日、待っていて欲しいって言えてたら。
――これからも待たせるかもしれない。それでも一緒にいて欲しいって、気持ちを伝えられていたら。
「霧ちゃんには、うちがいるよ」
唯ちゃんの声がして、我に返る。
横を歩いてる唯ちゃんが、泣いてるのかもしれない――なんて、要らない心配で。
唯ちゃんは雨が降ってても関係ないっていうみたいに、気持ちいいくらいに笑ってた。
「うちなんて、何万人……ううん、何十万人の霧ちゃんファンの一人かもしれないけど。霧ちゃんのこと、大好きだから」
「……それって、告白?」
「うん、告白。うちはそういうチャンス、逃さないほうだから」
そうやっておどけてみせる唯ちゃんを見て、私も笑って。
その拍子に、ぽろりと頬に何かがこぼれて。
それはきっと雨で。唯ちゃんの頬に伝ってるのも、きっと雨。
「あはは……っ、なんか、情緒が壊れちゃってる。霧ちゃんの歌、すごかったし、霧ちゃんに会えたのも……ナギくん、めっちゃ走ってて。高寺くんと荻島くんは、はぁはぁ言って追いかけてて」
「そうだったんだ……やっぱりナギ君はすごいなあ」
「でも、ナギセンが一番ペース合わせてたのは、希ちゃんなんだ」
「……そうかな。唯ちゃんだったかもだよ?」
「うん、そうかも。やっぱり優しいんだよね、あの人」
唯ちゃんの気持ちは分かってる。それを、もう伝えられないかもしれないことも。
ラジオ観覧のチケットは二人分だったのに、唯ちゃんは来なかった。それがどうしてなのか、私にはよく分かってる。私が、酷いことをしてしまったことも。
「はー……ナギセン、普通に歌も上手いし。でも全然自分は凄くないって顔してるの。そういうのがよくないっていうのにね」
「私も唯ちゃんも、ナギ君のいいところは知ってるよね。だから……」
みんなで『友達』として一緒にいるのは、とても楽しいことだった。
最初は、ナギ君のそばにいること、近くで見てることを、自分に許すための言い訳だった。
でも、今は。
友達には、友達にしかできない気持ちの表し方があると思ってる。
「……唯ちゃんとは、同志だね。これからもずっと、二人で頑張って行こうね」
「あー……やっぱりそうなっちゃうよね。ううん、霧ちゃんとも、希ちゃんとも、卒業まで一緒だって思うと幸せでしかないんだけど……」
「色々あるかもね、これからも。でも、私は……うまくいくと思う」
「ナギセンに幸せ者って言ってもいいのかな?」
「幸せって思ってもらえるといいよね。そのためには、やっぱり頑張らなきゃ」
雨は嫌いだった。雨は、あの日のことを思い出すから。
でも今日の雨は、全然嫌じゃなかった。同じ気持ちでいる友達が隣にいて、彼のことを、笑顔で見送ることができたから。
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