ACT7-1 晴れた休日

 お見舞いに行った翌日には鷹音さんは元気になって、夜に電話をすることもできた。


『前に借りた「山羊と西瓜」は読み終わりました。一度図書室に返しておきますね』

「分かった、俺も今の本が読み終わったら借りるよ」

『私は薙人さんが借りた本を借りますね……というのは、あまり続けていると良くないでしょうか……?』

「ずっと借りっぱなしってわけでもなくて、すぐに読むからいいんじゃないかな」


 俺と鷹音さんで本の貸出履歴が連続していたら、そういう本が増えてくるとそれこそ関係が分かってしまわないだろうか。その方向から攻めてこられたら普通に付き合っていると言ってよさそうなものだが。


「本を読んだあとは、映画の方も見てみたいな。まだテレビでは放映してないし」

『……あ、あの。5月3日は、皆での外出ですが……映画は、一周年で記念上映があるんです』

「え……本当に?」


 鷹音さんは続きをなかなか言わない。この話題でそうなるっていうことは――恥ずかしくてなかなか切り出せないっていうことだ。


「じゃあ、良かったら……一緒に行こうか」

『っ……あ、あのっ……薙人さん、無理をしていたりは……』

「ははは……してないよ。むしろ、めちゃくちゃ乗り気だよ」

『……楽しみにしてます。諸々のスケジュールを全部繰り合わせて、薙人さんと一緒に行きたいです』

「俺も何があっても行くよ」


 そうやって言っていて、少し胸が痛くなる。朝谷さんと待ち合わせたとき、鷹音さんほど朝谷さんは『絶対行きたい』なんてふうじゃなかったし、俺も朝谷さんは忙しいから仕方がないと思った。


 けれど『仕方がない』と思うことに慣れるのも、それは寂しいことなんだろう――なんて、友達として朝谷さんと遊ぶ日を控えてるのに、思ってる場合じゃない。


『5月3日も楽しみにしています』

「うん。晴れるといいんだけど」


 今のところの天気予報は晴れ。たぶん、例年通りに連休の頃は暑い日になるだろう。


   ◆◇◆


 駅ビルの前の広場で、十二時に集合。昼を摂ったらショッピングビルに行って、色々見て回ったあとに休憩を兼ねてカラオケ。その後はお茶をして駄弁って解散というのが、中野さんの言うところの『第一回お休みの日に遊び大会』の概要だ。


「なっくん、襟が曲がってる」

「あ、ああ……ごめん、さっき見たつもりだったんだけど」


 洗面所の鏡を見てから出てきたところで、早速流々姉にチェックされる。上から下まで見られて、襟を正されただけでお墨付きが出た。


「私も今日は出かけるけど、夕食は家で食べる?」

「外から帰ってきて疲れてるなら、出前とかでもいいんじゃないか」

「じゃあ、瑛先生誘って食事に行こっか。連休中はジムにいるって言ってたし」

「それもいいかもな。まあ、姉ちゃんに任せるよ」

「ふふ、いい子。それじゃ、気をつけて行ってきてね」


 俺が出かけるということで、流々姉もテンションが上がっている。


 外出の準備は流々姉もばっちり整っていて、こんな格好で街を歩いたら、中学で高嶺の花の扱いをされてた時代の再来じゃないか――と思ったりして。それは弟でも、贔屓目がすぎるだろうか。


「なっくんのお土産話聞くの楽しみだな~。私が会うのはみんな女の子だから、なっくんに話しても興味なさそうだし」


 流々姉に彼氏ができたとなったら関心を持つかと言えば――それは、さすがに最初だけは、どんな人か会ってみたいとなるんじゃないだろうか。


 鷹音さんに熱い関心を寄せている流々姉と、俺も同じことを考えてるということか。


「私に弟がいるって言うと、紹介してって子もいるんだよ。女子校だから、恋愛に向けるパワーがすごいの。私はそうでもないんだけどね」

「そうなのか……まあ、ノリで言ってくれてるだけじゃないか?」

「これからはなっくんには彼女いるから、って言わないとね」

「俺の知らないところでそんな話をされると、何か落ち着かないな……」

「あはは、それもそうだね。でもお姉ちゃん、なっくんのこと自慢だから、きょうだいの話になると色々話しちゃうの」


 それを困った姉だ、と思うでもなく――俺と同じくらい、流々姉も姉バカというやつだなと思うだけで。


「夏物が出てるから、またお姉ちゃんと洋服買いに行こうね。それとも希ちゃんと一緒に行く?」

「どうだろうな。そのうち一緒に行こうか」

「……ふふ」

「な、なんだよ……?」

「ううん、何でも。行ってらっしゃい」


 今度こそ送り出されて、家の外に出る。駅前までは自転車でも行けるが、今日は皆に合わせてバスにしておくことにした。


   ◆◇◆


 天気は晴れ。ゴールデンウィークらしく、駅前は人手で賑わっている。


「あ、来た来た! 希ちゃん、ナギセン来たよ!」

「はい……っ、こんにちは、薙人さん」

「二人ともこんにちは。高寺と荻島はまだ来てないかな」

「まだ集合時間前だし、ゆっくり待ってればいいよ。あ、それと……霧ちゃんなんだけど」


 ――何となく、予感はしていた。グループチャットで明日のことを話す中野さんと鷹音さんに対して、朝谷さんも会話に入っていたものの、『ちょっと遅くなるかも』と言っていたからだ。


「昨日言ってたナレーションのお仕事の収録予定がずれちゃって、今まさにやってるんだって」


 どんな番組かまでは言っていなかったが、朝谷さんはスケジュールを空けていたのに、そこに収録予定が入ってしまったそうだった。


「収録をやってるところ、電車で一時間くらいの所だそうだから。終わってから来ることはできるんじゃないかな」

「そうですね……きっと、大丈夫ですよね」


 鷹音さんも心配してる様子だ。売れっ子の朝谷さんにとって、今が大事なときだと事務所が考えていそうなのは分かる――だが、今日を待っていたみんなは同じ気持ちだろう。


 朝谷さんがもし来なかったら。来てくれた方がいいに決まっている、だが無理は言えない。

 

「私、霧ちゃん頑張ってって言うしかできないけど、それでいいのかな。何かしたいって思っても、何もできない……」

「……そんなことは、ないと思います。朝谷さんのことを応援すること、それに意味がないなんて思いません」

「……そうだよね。ごめん、変な弱音言っちゃったりして。霧ちゃん、来てくれるよね」

「はい。きっと来てくれます」


 鷹音さんが言うと、中野さんは目元をハンカチで押さえた後、ばっ、と顔を上げた。


「さー、今日もいい天気だし、めっちゃテンション上げて楽しんでこー!」


 いつもの中野さんだった。鷹音さんもその急な変化に目をぱちぱちとさせている。


「ところで解説のナギセン、今日のうちと希ちゃんのファッションチェックは何点ですか? あ、希ちゃんのことしか見えてない? それは知ってまーす」

「っ……中野さん、その、みんな見ているので……」


 鷹音さんは涼しそうな白いワンピースで、日差しが強いからか帽子を被っている。別荘地に来ているお嬢様というふうに見える――何を着ても似合いそうな鷹音さんだが、今日はまた見とれてしまうくらいだ。


 中野さんも帽子を被っていて、ブラウスにスカートという格好だ。前に読書部で見たときのある私服は上からジャージを羽織っていたので、こういう服装は新鮮に映る。意外にと言ってはなんだが、フェミニンな装いというのか。


「……な、なんだよー、そんな真面目に見られると照れるんですけど。スカート長すぎでうちは嫌だったんだけど、男の子も来るならこれくらいがいいってママが言うから」

「可愛いですよね、中野さんの私服。参考にしたいくらいです」

「はわっ……可愛いの塊みたいな希ちゃんが何言ってるの、私なんてもう全然……ナギセン今笑ったでしょー!」

「いや、俺も鷹音さんと同意見だよ」

「ふ、ふーんだ……そうやってナギセンもずるい言い方を覚えていくんだね。ちょっとかっこいいジャケットだからって、これで勝ったと思わないでよねっ」

「ど、どこがだ……別に勝ったとも思ってないが」


 中野さんは俺のジャケットを引っ張って言う――そんな俺たちを見て、鷹音さんが笑っている。


「おおっ……皆さんお揃いで。あれ? のありんは?」

「そういうこと言ってるとめっちゃ心配になるんだけど……あ、こんにちはー」

「こんにちはー。二人とも一緒って、めっちゃ仲良しじゃん」

「まあ偶然途中で一緒になったんだけどな。荻島がこの格好で歩いてたら、女子に間違えられてて……」

「どこからどう見ても男じゃん、なんで勘違いするのかな」


 そう言う荻島だが、俺の目から見ても――というのは、友情の亀裂になりかねないので言わないでおく。高寺と歩いてくるところが普通に男子と女子に見えてしまった。


 その時、中野さんがスマホを取り出す。少し離れたところに行って話したあと、中野さんは何でもないというように言った。


「じゃあ、霧ちゃんは少し時間がかかってるみたいなので、先にお昼食べてていいってことです。男子チームはケーキの食べ放題でもいい?」

「まあ腹減ってるから何でもいけるぜ」

「うん、たまにはいいよね。この近くだとあの店でしょ? ケーキ以外の軽食バイキングもあるしね」

「荻島くんも行ったことあるの? うちも結構常連なんだ、スタンプカードあるし」


 中野さん、高寺、荻島が先に歩いていく――中野さんはこちらをちらっと振り返って、おいでおいでと手招きをする。

 

「鷹音さん、スイーツバイキングは行ったことある?」

「いえ、お話には聞いていますが、行ったことはないです」

「甘いものは好き? 俺は結構好きだけど」

「はい、好きです。そういえば、駅に来たので、行列のできるシュークリームのお店もありますね」


 鷹音さんと知り合ったばかりの頃、彼女を駅に送っていったときに、そんな話をした。覚えていてくれたことが嬉しい――何気ないことでも。


「薙人さんの好きなものも教えてくださいね。バイキングなら取ってこられますし」

「え、えっと……それをお願いするのは、何というか……」

「……駄目ですか?」

「駄目じゃないけど、甘えすぎると駄目な人間になりそうで」

「ふふっ……いいんです、時には甘えてもらったほうが」


 そろそろ、前を行く三人に追いつかないといけない。


 けれどそうする前に、鷹音さんは俺のジャケットの裾をつまんで言った。


「……お見舞いに来てくれたとき、いっぱい甘えてしまいましたから」


 友達と一緒に遊ぶ時は、デートとは違う。それが当たり前だと思っていたけど、俺にとっては、これは十分過ぎるくらいのデートなんじゃないかと思う。


「っ……」


 鷹音さんはぱっと手を離す。前を歩いてる中野さんが振り返る前に――すごい反射神経だ。


 二人して小走りで、三人に追いつく。中野さんは楽しそうに笑うと、店まで先導して連れていってくれた。

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