ACT5-1 ファン活動
一限目の現国が終わって、中休みに入る。
鷹音さんと隣の席になって分かったことがある。俺たちは付き合っているといっても、それをクラスの全員が知ってるわけじゃないから、どれくらいの距離感で接したらいいのかが難しい。
朝は挨拶をしたし、昨夜も電話をしたからその話もしたが、少し話しただけで思ったよりも注目されてしまう。皆の視線が刺さるようだ。
中学が同じでもない俺と鷹音さんが親しく話していたら、何事かと思われるのは無理もない。次の授業も移動教室がないし、鷹音さんと話したいのだが、動くに動けない状態だ。
「希ちゃん、ご機嫌よーう!」
「こんにちは、中野さん」
「そこはご機嫌よう、ごめん遊ばせウフフってするのが定番だよ、のぞみん」
「唯ちゃん、鷹音さんのことのぞみんって呼んでるの?」
「いえ、今が初めてですが……」
「まだちょっと早かった? 私も希ちゃんに急に『ゆいぽ』って呼ばれたら好きになっちゃうからね、仕方ないね」
「ゆいぽ……可愛い呼び方ですね、中野さん」
鷹音さんは人に対して愛称を使わないが、中野さんと距離を置いているというわけでもなく、それが彼女らしさなのだと思う。
「中野さん、朝谷さんたちと仲良くなったの? あ、そういえば同中だもんね」
中野さんとグループを作っていた女子たちもやってきて、一気に賑やかになる――というか、俺の隣の鷹音さんのところに集まっているわけで、微妙に肩身が狭い感じだ。次の授業の用意でもしようか、と教科書とノートを出したりしてみる。
「実を言うと私、中学の頃から霧ちゃんのファンやってます」
「そういうときは『中学の頃から友達』でいいんじゃない? 唯ちゃん、それとも私とは友達じゃないと思ってた……?」
「そ、そんなこと全然ないっていうか、私霧ちゃんの友達? マイフレンド?」
「うん、私は唯ちゃんのユアフレンド。OK?」
「おけまるです!」
両手の指で丸を作って言う中野さん。図書室で話していたので、普通に友達という認識だと思うのだが、朝谷さんとクラスで話さなかったことはこれで周囲に説明できたのだろう。
山口さん、伊名川さん、渡辺さんの三人もやってきて、全部で九人に増えた――それどころか他の女子生徒まで集まってきそうだ。さすがに自主的に席を提供して、ここからは離脱すべきか――と思っていると。
高寺と荻島が、前の方の席で俺を手招きしている。俺がそろりと席を立つと、鷹音さん、中野さん、朝谷さんの視線を感じたが、引き止めたりすることはなかった。こういう場合はありがたい配慮だ。
「千田も大変だよな、のありんのファンなのにあんな近くでさ。まあ羨ましみはあるけどな」
「千田くん、僕も誘ってくれてありがとう」
「ああ、こっちこそ急に声かけたのにありがとうな。家族で出かけたりとかは大丈夫だったか?」
「うん、父さんの趣味でバーベキューに行くけど、それは別の日だから」
「千田んちはどう? うちも旅行に駆り出されるぜ、親父の趣味で温泉だけどさ」
「うちは連休中親が家にいないから、そういうのは夏か冬かな」
「え、家にほとんど一人でいんの?」
「姉貴がいるから一人ではないけどな。まあ、姉貴も友達とどこか行くだろうけど」
そういえば流々姉の予定は聞いていない。姉弟で出かけたりもしばらくしていないので、買い物なんかがあれば付き合うかというくらいだ。
「千田の姉ちゃんっていくつ違いなん?」
「二つ上だけど」
「千田くんのお姉さんかー、何だか優しい人なんじゃないかなって気がする」
「優しいといえば優しいか……? まあ、普通の姉貴だよ」
「うちは兄貴と妹だけど、まあたまに喧嘩したりしなかったりだなー。妹が温泉行くの嫌がってるから、ちょっと説得が大変なんだよな。中一で思春期ってやつ」
「そういう時期はあるよね、誰にでも。僕もちょっとだけ反抗期だったし」
見るからに温和な荻島に反抗期があったというのも意外だが、確かにそんな時期は誰にでもあるものだ――俺にでも多少はあった。
「あー、やっぱのありんが教室にいると思うと、ちょっとドラマ空間化するよな」
「ドラマ空間?」
「わかんないよ、高寺」
「俺の中ではのありんがいるとこがドラマの舞台なんだよ。とか言ったらやっぱ重たいファンっぽいかな」
「そういうことなら、多少は分からないでもないけど。テレビの中の桐谷さんと、朝谷さんは分けて考えた方がいいんじゃないか」
「マジそれだわー、それができるやつこそが真のファンだわ。千田、昨日『青リリ』見た?」
「っ……(急にぶっ込んでくるな、そういう話を……)」
よっぽど言いそうになったが、ぐっと堪える。
ドラマを見てると言ったとき、朝谷さんの様子が少し変わったような気がした。それを分かっていてここで『青リリ』の話をするのは良くない気がする。
「千田ものありん……朝谷さんのファンだもんな。何も言わなくても見てるに決まってる、気持ちは分かるぜ」
昨日のうちにドラマの話もしておくべきだった、と多少後悔する。高寺に悪気がないのは分かるが、ここでその話を振られても――困るというか、普通に朝谷さんたちに聞こえる。
「俺はその、朝谷さんのファンというか……」
「隠すな隠すな、毎週『青リリ』見てハラハラしてるんだろ? のありんの健気さは三千世界に響き渡るよなぁ……俺もう三回はハンカチ濡らしてるわ」
「高寺、その『のありん』が教室にいるのにそういう話するのはどうなのかな」
「うぉっ……な、なんつーか、デリカシー無し男ってやつ?」
「うん、無し男だね」
「はぐぁっ……!!」
今さらショックを受けるのか、と思いつつも、気が気ではない――いや、悪い話をしてるわけでもないし、俺の方こそ落ち着くべきだが。
できるだけさりげなく、鷹音さんたちの集まりの方を見てみる。すると、伊名川さんと目が合った。
伊名川さんがなぜかニコッと微笑む――なぜだろう、その笑顔が恐ろしいのは。
「霧ちゃん、高寺くんが『青リリ』見てるってー」
そう来たか――やっぱり普通に聞こえてるじゃないか。高寺を見るが、もはや完全に固まっており、地蔵のような状態だ。
朝谷さんの反応はどうなるか。『無し男』には塩対応が当然か――なんて。
俺の知っている朝谷さんは、そういう態度を取ったりはしない。
「見ててくれたんだ。でも緊張するよね、クラスの人が見てるって思うと」
「高寺くん、霧ちゃんそう言ってるから。ファン活動は水面下でお願いね」
「あ、ああ、了解……水面下でなら続けていいってことな」
高寺はできるだけ前向きに捉えているようだが、山口さんにたしなめられて多少勢いを失ったようだ。落ち込むまではしなくていいと思うが。
「聞いたか千田、水面下でならファン続けていいって。これって公認じゃね?」
「そうか、良かったな」
「俺が認めてもらえたんだからお前も公認だぞ。それも一緒に遊びに行くってヤバくね? 今まで貯めた運を使い果たす勢いだな」
山口さんたちや、中野さんの友達も一緒に来るとは聞いてないが、その辺りはどうなのだろう――と思っていると。
「あー、私も3日空いてたら一緒に行きたかった。連休中ずっと部活なんだよね」
「うちはお父さんの実家に行かなきゃ。毎年だから、急に行かなくなるのもなんかねー」
予定が合う人で集まると、そういうことらしい。
それにしても、鷹音さんの前に女子が壁を作っているので、姿を見ることさえできない――と思っていると。
「っ……く、来るっ……のありん、じゃなくて朝谷さんがっ……!」
高寺が慌て始めるのも分かる、朝谷さんが不意にグループを離れてこちらに歩いてくる。
「見てくれてありがと。高寺くんだったっけ」
「は、ははっ、はいっ、高寺でも低寺でもOKっす……ふぁ、ファンです!」
「そんなに緊張しないでいいよ。私も学校だといち生徒だし……ね」
朝谷さんがこちらを見て照れ笑いをする。「ね」と言われても、自然なリアクションができない――目を合わせるだけで精一杯だ。
まるで気まぐれな風のように、朝谷さんは再び女子グループに戻っていく。今度は聞こえないようにということか、高寺が肩を組んできた。
「千田、緊張して話せてなかったろ? 俺がなんとかしてチャンス作ってやるからな」
「な、何のチャンスだ……?」
「そりゃ、同じファンとして千田を応援するって話だよ」
なぜ上から目線なのかと言いたくなるが、悪気はないようなので何も言えない。
俺も朝谷さんとのことを全部高寺に説明できるわけじゃないので、甘んじて高寺の厚意に甘えた方がいいんだろうか――チャンスと言っても、高寺のことなので大それたことじゃないとは思う。
次の授業の予鈴が鳴って、自分の席に戻る。鷹音さんの姿を久しぶりに見た気がして、けれどあまり見てはいけないと遠慮してしまったりもして。
「お帰りなさい、薙人さん」
「っ……う、うん。ただいま」
小声でのやりとり。前の席に座っている人にも聞こえないくらいの、鷹音さんのささやくような声は、耳をくすぐるみたいな心地よさがある――なんて、少しフェチが入ってしまっているけど。
俺が正面を向いたあと、今度は鷹音さんがこっちを見ているのが分かって――隣の席でも、彼女と話をするには努力が必要だ。それこそ、チャンスを逃さないようにしないと。
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