ACT4-5b ドラマ鑑賞
テレビ画面の中で、いつものサイドポニーテールではなく、髪を下ろした朝谷さんが喋っている。
義妹の朝谷さんが、義兄であり主役の深川瑠都に憧れを抱いていたが、ヒロインと一緒にいるところを見て諦める――という流れだったのだが。
『お兄ちゃんに好きな人ができたら、私にも紹介してね』
まだ兄に恋人ができたことを知らない体で、朝谷さんが言う。朝谷さんというか、そういう役柄なのだが。
朝谷さんが登場する時間は短いが、彼女がこの役で人気を集めているというのは俺にもよくわかる。
演技が自然とか、細かい仕草などにもこだわっているとか、そういう理由よりも何より――誤解を恐れずに言って、『桐谷乃亜』でいる朝谷さんは綺麗だと思う。
普段の朝谷さんも常に皆の中心にいて、演じている役柄にも違う魅力がある。中学の時もそうだった、彼女は注目されすぎることで困ってさえもいた。
俺も彼女の輝きに惹きつけられた一人なんだろう。それは自分でよく分かっているし、否定する必要もない。
朝谷さんが出演する部分が終わってしばらくして、スマホにメッセージが届く。見てみると、グループの方ではなく、個人のほうで中野さんが話しかけてきていた。
『切ないって気持ちは、のありんが全部教えてくれました』
『朝谷さんのドラマの話?』
『あぁ~あっああっあぁぁぁぁぁ!!』
『落ち着こうか』
『こんな夜中に切ないんだけど、どうしてくれますか?』
『話なら聞くけど。ていうか、まだドラマやってるよな』
『あとの部分はいいの、流し見でも面白いから。なぎせんも見た?』
『まあ、見たよ』
『フヒヒ』
『いいドラマだけどな』
『なぎせんも霧ちゃんしか見てないくせに』
変なところが鋭いというか、何というか。だが否定はできないので、どう返そうかと考えていると、さらにメッセージが送られてきた。
『ごめん、また調子乗っちゃいました』
『いや、謝ることはないけど』
『私、中野唯は、また調子に乗ってなぎせんに悪戯してしまいました』
『言い方』
『そういう悪戯ではないので問題はありませんが、何か?』
『反省してる?』
『してます。テスト勉強また教えてください。何でもしますから』
『反省してるならいいけど。俺も教えられるほどじゃないかもな』
『みんなで勉強した方が集中できるんだよね。一人より二人、二人よりみんな』
『ワンフォーオール?』
『オールフォーワン!』
中学の時も、中野さんはこれが平常運転だった――俺と話すようになって、随分経ってきてからだが。
『ちょっと落ち着いた』
『それは良かった』
『なぎせんが話聞いてくれてなかったら、うちは夜の公園とか行っちゃってました』
『もしそうしたくなったら、誰かと一緒の方がいいな』
『呼んだら来てくれる? うちの家、そんな遠くないけど』
『うーん、まあどうしてもと言うなら』
『なーんて、冗談だけどね。あ、うちがグループで送らなかったのみんなには内緒ね』
『電話でも良かったと思うけど』
何気なく聞いたつもりだった――今度は、中野さんがなかなか返事を送ってこない。
催促するようなことはせずに、テレビ画面を見る。ドラマの続きをやっている――奇しくも深川瑠都がヒロインと、夜中の公園で話しているシーンだ。
中野さんの返事が送られてくる。スマホの画面には、照れたペンギンのスタンプが押されていた。
『こんな時間にナギセンに電話なんてしたら、恥ずかしいじゃん』
恥ずかしい――いつもそんなことを言うように見えない中野さんだから、少し意外に思える。
『なーんて、これも冗談だけどね』
今度のペンギンスタンプは中野さんと同じように「なんてね」とおどけていた。
『5月3日、楽しみだね。なぎせんはどこ行きたい? カラオケ以外なら』
『中野さんたちの行きたいところに付き合うよ』
『じゃあ考えとくね。おやすみなさい』
『連絡ありがとう。また明日』
チャットを終えて、今のやりとりで何かが引っ掛かっていて、ログを読み返す。
「……カタカナのときは、真面目なことを言ってるとか?」
夜中に俺と電話をするのは恥ずかしい。それは真面目なトーンで伝えたいことだった、ということか。
中野さんの考えることは、やはり俺には時々難しかったりする。
それでも中学から引き続いて友達付き合いをしているのは、それなりに気が合うからなんだろうか。
いつの間にかドラマのエンディングが流れている。朝谷さんは、この曲を歌ってくれるんだろうか――歌が上手いというのは中学の時からで、合唱でない彼女の歌を聞けるとしたら久しぶりだ。
◆◇◆
今度は高寺がメッセージを送ってきたのでドラマの感想を聞いてみると、朝谷さんが出るシーンの良さを滔々と語ってくれた。
これで、高寺たちも一緒に遊ばないかと言ったらどうなるだろう。と、身構えすぎても何なので、普通に誘ってみた。
『おいおい、エイプリルフールかよ~ってマジで!?』
『マジだよ』
『やべえよやべえよ、髪切る予約とかしてねえよ』
『そんな気合い入れなくてもいいんじゃないか?』
『自然体の俺がいいって?』
『自信を持っていいぞ』
『まあ自信はあんだけど、のありんに俺の存在を記憶してもらえるか勝負所だからさ』
ファンとしては、そのあたりが成功の境目らしい――乗り気でいてくれるのは良いとして、高寺が暴走しないように荻島と一緒に見張っておこう。
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