ACT4-2 大胆にして繊細
駅前プロムナードのカフェ『フルール』は、店員の制服が可愛いことで知られている。といっても、俺は姉の買い物に付き合わされた時に入ったきりで、これで二度目の入店だ。
満席だったが、運良くすぐに席が空いて案内してもらえた。俺の向かい側に中野さん、鷹音さんが並んで座る。
「ここのクレープって一回食べると病みつきなんだよね~。希ちゃんは甘いもの好き?」
「好きですが、間食はしないようにしているので、飲み物だけにしておきます」
「え~、そうなの?」
中野さんが何か訴えるような目で鷹音さんを見ている――一人で食べるのは申し訳ないとか、そういうことだろうか。
「じゃあ、ナギセンも一つ頼んで、鷹音さんと半分ことか」
俺と鷹音さんは思わず目を合わせる――さっき鷹音さんからプレッツェルを分けてもらったばかりだ。あんな大胆なやり方で。
思わず鷹音さんの唇を見てしまう。それより俺と鷹音さんが付き合っていることを中野さんに言わなくてはいけないのに、全く落ち着いていられない。
「あ、半分こって言ってもあーんとかしちゃったりしなくてもいいよ?」
「っ……い、いや。俺は別に、そんなことは……」
「……では、中野さんと同じクレープを頼んでもいいですか?」
「えっ……鷹音さん?」
鷹音さんは何を思ったのかメニュー表をじっと見たあと、中野さんに笑いかけた。
「
「っ……そ、それはまあ、全然俺は……」
「そうだよね、ナギセンってこう見えて結構甘党で……あれ? 今、希ちゃんナギセンのこと……」
「お待たせいたしました、お冷やになります。ご注文はお決まりですか?」
「じゃあうちからオーダーするね。季節のフルーツクレープください、それとタピオカココナツミルクで」
「私も同じクレープと、アイスティーでお願いします」
「俺はアイスカフェオレで」
鷹音さんがサラッと『薙人さん』と言ったのは、つまりそういうことだ――隠すつもりはないし、堂々としていたいと。
オーダーしてしばらくして、先に持ってくるように頼んだ飲み物が運ばれてきた。中野さんがストローの上下を間違えそうになり、鷹音さんにやんわり指摘される。
「えへへ、ありがと希ちゃん」
「いえ、どういたしまして」
これはデートなのでは、というところに中野さんが加わった形だが、邪魔をされたとは思っていない。むしろ、鷹音さんの面倒見の良い一面が見られるようで彼氏として誇らしいというか――そんなことを考えてると知られたら、さすがに引かれるだろうか。
「あ、そうだ。ナギセン、これ見た? 霧ちゃんの……」
中野さんはスマホを俺に見せようとして、ハッとしたように引っ込める。
「私も朝谷さんとは『友達』なので、気になります」
「そっか……良かったー、うちが余計なことしたせいで、複雑なことになってないかなって」
「……複雑なことには、なりそうにはなりました。でも、今は朝谷さんとは……」
友達と言っても角は立たないが、鷹音さんと朝谷さんの関係は、友達というだけでは言葉が足りていない。
「朝谷さんから、目が離せないなって思っています。素敵な人で……薙人さんの『元カノ』ですから」
「うんうん、驚いちゃったよね、あの奥手だったナギセンが……って……」
中野さんもさすがに気がついた――ぽかんとして、俺の方を見て、また鷹音さんの方を見る。
「私は薙人さんの『今カノ』なので、朝谷さんに負けるわけにはいかないんです」
もう一度、中野さんが俺の方を見る。その時の顔は、見たことがないような顔としか言いようがなかった――言ってしまうと思い切りテンパっている。
「……今カノって、『今の彼女』って意味であってる?」
「は、はい……すみません、言うのが遅くなってしまって」
「えっ、ちょっ……あの、ナギセン? もしかして私の勘って的中してたの……?」
「あ、ああ。中野さんにもちゃんと言おうと思ってたんだ、今日の機会に」
「それは言ってくれた方がいいけど……でも、そんなに気が合ったってことなの? まだ同じクラスになったばかりなのに」
「それは……薙人さん、お話してもいいですか?」
「うう、薙人さんってやっぱり聞き間違いじゃなかった……これ、好きな人を呼ぶときのやつじゃん」
「な、中野さん。好きな人って言うのは……」
思わず言いかけたとき、鷹音さんがこちらを見てくる。大きな瞳が潤んでいる――俺の弱点でもある、子犬のような目だ。
「……駄目ですか?」
「っ……駄目じゃないです」
鷹音さんにそんな目で見られたら、俺は即座に折れるしかない。中野さんはそんな俺の様子が可笑しかったようで、くすっと笑った。
「ナギセン、鷹音さんの言うことなら何でも聞いちゃいそうな感じだね。そっか、ナギセンにお願いするときは鷹音さんを通せばいいんだ」
「それは、お願いの内容次第です。それに、私がお願いしたら何でも聞いてもらえるわけではないと思いますし、我がままを言って嫌われないようにしないと」
「……めっちゃ健気じゃない? 鷹音さんってクールな人だと思ってたけど、ナギセンの前ではこんなに……ねえ?」
「ねえ、と言われてもな……あまり遊ばないでくれ」
「遊んでないよ、うちは普通に嬉しいと思ってるから。二人が付き合ってること、霧ちゃんも知ってるの?」
「はい。ちゃんとお伝えして、朝谷さんとは友達になりました」
中野さんの頭の上に疑問符が浮かんでいるようだ――それはそうだ、俺もまだ、鷹音さんと朝谷さんがどんな話をしたら、今の状況になるのか分かっていない。
「……えっ、二股? ナギセン、アイドルと二股なんてかけたら週刊誌に載っちゃうよ? こうやって写真に目線とか入れられて」
「最近はマスクを着けて撮られる場合が多いな……って、誤解しすぎじゃないかな」
確かに、付き合っていた短い期間に約束通りデートが実現していたなら、写真を撮られてしまう可能性はあったかもしれない。朝谷さんは、それを気にして約束の場所に来られなかったということも――いや、そのことはもう振り返るべきじゃない。
「二股ではないです、今……をしているのは……なので」
「え、なんて?」
鷹音さんは『お付き合いをしているのは私なので』と言ったようだったが、カフェの店内ということもあって声が小さくなっていた。中野さんは大胆に鷹音さんに耳を近づけ、くすぐったそうにしながら何かを聞いて、嬉しそうに俺を見た。
「ナギセンが霧ちゃんと喧嘩別れしたわけじゃなかったんだ。それなら、私もちょっと安心かな。お前が言うか、って感じだけどね」
「朝谷さんのことを心配してたのはわかるから、そんなことは思わないよ」
「あー、でも私後で霧ちゃんに怒られちゃいそうだよね。もう平謝りしないと」
「朝谷さんは、中野さんが薙人さんにチケットを渡してくれたのは、中野さんが優しいからだって言っていました。怒ってはいないと思います」
「ふぐぅ……私みたいなもんにそんな勿体ないお言葉を……?」
「俺も、中野さんには感謝してるよ。あの日は朝谷さんの見送りのために、誰かいた方が良かったと思うから」
「あ……霧ちゃん人気凄いことになってきてるし、追っかけの人が来てたとか……」
俺は頷きを返す。詳しく事情を話してしまうと、中野さんが行動を起こす可能性がある――彼女は友達が困っているとなると、動かずにはいられない性格だからだ。
「……私が行っても、多分霧ちゃんに迷惑かけると思うし。やっぱりナギセンがいてくれて良かった。いっぱい迷惑かけてこんなこと言っちゃ駄目だけど」
「朝谷さんが困っている時に、薙人さんが近くにいられて良かったと思っています」
鷹音さんはそう言ってくれるけど、中野さんが複雑な様子でいる――申し訳なさそうな、鷹音さんの本音を気にしているような。
「……本当は、迷いました。薙人さんから電話があるまで、落ち着かなくて……」
「っ……ご、ごめん」
「いえ、大丈夫です。そのことがあったから、朝谷さんと話すきっかけができたと思っているので」
「それで、霧ちゃんはナギセンの……えっと、『元カノ』で、希ちゃんは『今カノ』で……友達なの?」
「はい。朝谷さんとは同じクラスですし、これからも一緒に行動することはあると思いますから。それに、朝谷さんが入った軽音部のミーティングは、図書室でするというお話なので……」
「そうなんだよねー、霧ちゃん、次は歌をやってみないかって言われてるんだって。それで軽音部でも歌っちゃったりなんかしたら、文化祭が大変なことになりそうじゃない?」
朝谷さんの歌――一度部活の仲間とカラオケに行ったときに、彼女が歌っているのを聞いたことがあるが、物凄く上手かった。人前で歌うのは恥ずかしいと謙遜していたが、歌い出しからみんな言葉を失っていたほどだ。
「読書部は毎年部の本を作ってるから、私たちも参加させてもらえるといいよね。私文才はないけど、本を読むのは好きだし」
「何か最近お勧めの本はあった?」
「あるよー。ナギセンが興味ありそうなのはこれかな、ミステリ系。恋愛ものはあんまり読まないって言ってたよね」
中野さんがスマホで作品を検索して、表紙を見せてくれる。俺も興味があった本だ――先に読んでいるとは、
話しているうちに、店員さんがクレープを持ってきてくれた。中野さんが目をキラキラと輝かせる――甘いもの好きも相変わらずだ。
「お待たせいたしました、季節のフルーツクレープでございます」
俺と中野さんの前にクレープの皿が置かれる。女子一人では多そうな量だが、中野さんはものともしない様子だった。
「じゃあ、いただいちゃっていいですか?」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます、それじゃお言葉に甘えて……」
ナイフで切り分けたクレープにフルーツとクリームを載せ、中野さんが口に運ぶ――もはや感激しすぎて言葉にならないようだ。
「これほんとヤバいから早く二人も食べてみて、もうほんとにほんとだから」
「そんなにヤバいのか……それは期待できるな。鷹音さんから先にどうぞ」
鷹音さんに勧めると、彼女は遠慮しようとしたようだった――しかし、何か思いついたようにナイフとフォークを手に取る。
中野さんのリアクションはかなり大きいが、鷹音さんはどんな反応をするだろう。あまり食べるところを見ていてもいけないので、アイスカフェオレをかき混ぜ、ストローに口をつける――すると。
「――ふぁぁっ!?」
中野さんの驚く声が聞こえ、何事かと顔を上げる――すると、鷹音さんは自分でクレープを食べるのではなく、俺に差し出してくれていた。
「……はい、あーん」
ありうるかもしれない、でも期待していたら恥ずかしい。中野さんもいる手前ありえないことだし、中野さんがいなかったとしてもそんな流れになるか分からない。
そんな葛藤を全て超えて、鷹音さんが現実に「あーん」をしてくれている。テーブルの上に身を乗り出してまで。
物凄く視線を感じる、間違いなく見られている。女の子二人とカフェに来て『あーん』をされている俺はどんなふうに見えるのか、もう思考回路が焼き切れそうだ。
「……あーん」
もう一度言われたとき、覚悟を決めなくてはいけないと思った。鷹音さんの顔が真っ赤になっているから。
差し出されたクレープを口に入れる。甘い、とても美味い。鷹音さんが載せてくれたフルーツとクリームは絶妙な加減で、余すことなくそれぞれの良さが引き出されている。
「お味はどうですか?」
「え、えっと……凄く美味しい」
「良かった。私もいただきますね」
鷹音さんもクレープを口に運ぶ。間接キスだが、ことあるごとにそれを意識している俺もどうかと思えて、落ち着こうとするだけで精一杯だ。
「美味しいです。中野さん、お勧めしてくれてありがとうございます」
「い、いえっ、こちらこそありがとごじゃますっ」
それは何に対するお礼なのか、と突っ込みたい気持ちを抑える。
食べさせてもらうこと自体は作法として問題かもしれないが、鷹音さんのナイフとフォークの使い方はとても綺麗で、俺も今後食事をする時は気をつけなければと思った。一緒にいて恥ずかしくない彼氏になれるように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます