第9話 誰も敵わない、見えない敵。
扉を開けると先程のまで窓から差し込んでいた朝の日差しが、まるでカメラのシャッターを切ったかの様一瞬で切り替わって夕日が差し込んでいた。
「え、ついさっきまで朝でしてたよね。」
「…ご、五次元だからぁ。」
春輝は、一応その説明に納得すると教室から廊下へと一歩踏み出した。それを見守る様に、櫁夢も後をついて行った。
そして、教室から離れると共に聞こえていた声は大きくなってくる。その声は扉にある小窓から教室の様子を覗く時には、はっきりと聞こえる様になっていた。
隣の教室には、女子小学生が五人ほど教室の後ろにいたのだが、四人は三対一の状態で向かい合っていて、もう一人は、その様子をすぐ横で見ていた。
すると、三人の真ん中にいた女の子が、向かいにいる一人の女の子にむっかって大きな声を出した。
「ねえ、菜苳乃ってさぁ〜、自分がうざいことわかってる?」
そんなん事を言われた菜苳乃という少女が、震えた声で問いかけてきた真ん中の女の子に疑問の言葉を返した。
「…千草ちゃん。なんでそんなこと……」
その瞬間、急に顔色を変えて真ん中の女の子、千草が両手で菜苳乃を突き倒した。
「はぁ?自覚してないフリなの?…あ、子役だからって気付いてない演技してるの?何それ…ちょーうざいんだけど!子役だからってちやほやされて、男子とか先生に対してぶりっ子になったりとか、調子のらないでよ!そういうの、マジであり得ないから!…ほんと消えてほしい。」
「そんなこと…」
今の状況への不安や恐怖からだろうか、菜苳乃の顔はすごくおびえている。しかし、そんなことお構いなしに千草は右隣で様子を心配そうに見ていたもう一人の女の子に目を向けた。
「ねぇ、苓(れい)もそう思うでしょ?」
「…え……」
急な事に、苓は焦りと戸惑いで俯きだまりこでしまった。
その時、先ほどから一連の様子を、扉の小窓から見ていた春輝と櫁夢はというと、教室にいる五人に聞こえない様に小声で言い争いをしていた。
「ほら!助けないとここから出られないわよ!」
「助けるって!誰を助ければいいんかわかってないんですよ?第一、あの五人の関係もよくわかってないのに飛び込んだら、もっとややこしくなりますって!」
「だって、絶対あれをどうにかしなきゃいけないってことぐらい見たらわかるじゃん!これを逃したら、もうチャンスがないかもしれないんだよ!?」
「それは ー 」
「だまってないでなにかいってよ!」
と言う千草の声が教室内から廊下まで響き渡って春輝と櫁夢の会話を断ち切った。
「そうだよ。言いたい事、正直にいったら?」
「そんな子のと仲良くして、私いい子でしょアピールとか、する必要ないから。」
その声に続いて、左右にいた女の子たちも急かす様な言葉をかけた。
四人は、様子を見ていた女の子に目をけて答えを待つ。
「私…は……」
苓は今、選択を委ねられている。だが、ここは過去の世界…五次元だ、彼女の選択も、その選択で起こるこの先の出来事も、変わらない。
そして、元々この場にいるはずのない二人にはわからない。
でも、春輝は知っている。大抵の人間には絶対にかなわない敵がいることを、みんなは無意識のうちにそれに呑まれて自分を見失ってしまう。それからはただ、集団という波にただ流されていくだけ。どんなにその波が、邪魔な誰かをあらゆる側面から、どんな手をつかっても蹴落とし、見下し、上を見ずにしたばかり見て仮初の優越感に浸って自分達を正当化する、そんな惨めで見苦しいものであっても、波に呑まれてしまえば、それが普通になってしまう。
そして、それを良しとしない者なんてその波が喰らう餌でしかない。その者がどんなに足掻いても、どんなに己の正義を振るっても、集団の波によってかき消されて無くなってしまう。
(いかなきゃ……多分、いかなきゃダメな気がする…。)
改めてもう一度言おう。
この世界には、大抵の人間には絶対にかなうはずのない『見えない敵がいる』それは知らないうちに大きくなっていって、誰もかなわない、抗うことすら諦めざるおえないほど強くなる。たとえその波みに抗おうとする者が現れたとしても、たった一人では、ただの餌でしかない。
さらに餌を食らうと、波は渦を巻いてさらに強くなってもう後戻りできなくなってしまう。
だから、春輝には苓の選択が容易に想像できた。だから、先程言った通り手遅れにならないうちに教室の扉に手をかけ思いっきり扉を引いた。
しかし、その行動は春輝の存在が曖昧なせいで、かき消されてしまう。
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