第1話 吸血鬼の朝

僕は、弱くて惨めでダメな僕が大嫌いだ。

そう強く思ったあの時、僕は…【吸血鬼(ヴァンパイア)】になった。


「我慢はもうしないって、昨日の夜に約束したのはいいけど…。」

「ヴァンパイアだったらみんな、菜苳乃さんの綺麗で可愛い女の人の顔見たら、血も吸いたくなりますって」

「……煽てても、朝からはだめ。」

恥ずかしそうに不満そうに菜苳乃が言うと、春輝は最後の一押しをした。

「え〜、お願い!…します。」

「…今日だけ、だからね」

そう言って和室に仲良く隣り合わせで敷いた布団でお互い見つめ合うように寝ていたのたが、春輝から目をそらした菜苳乃は、パジャマのボタンを一つだけ外した。

しばらくの沈黙があった後、菜苳乃は何も言わず肩より少し長い髪を右耳に掛けて仰向けになる。

その一連の動きを見ていた春輝は、四月になってもまだ肌寒い事を思い出し、毛布をうまく動かして体が毛布から出ないよう、けだるげに菜苳乃の布団に潜り込むと、菜苳乃に春輝が覆いかぶさる様な体勢になった。

すると、ここまで春輝の思い通りになっていると思ったのか、念の為の注意をした。

「本当に…今日だけだからね。…普段は朝からとか、諸事情でだめだから。」

「以後…気をつけると思いますよ、明日の僕が。」

血が吸いたくて我慢が出来なくなっていた春輝は、かなり曖昧な言葉を呟いて…菜苳乃を抱き締めながら首元を噛んだ。

「今なんてッ……あっ、んっ…ちょっと……深い…。」

春輝は、少し声を漏らす菜苳乃さんを無視して噛んだところから血が流れて布団や服に付かないように、深めに噛んでゆっくりと優しく血を吸った。

「凪雲春輝(なぐもはるき)」は、【吸血鬼(ヴァンパイア)】だ。

定期的に誰かから血を貰わなければ、自我を保てなくなって、人を襲ってしまう。そうなってしまえば、ヴァンパイアになった影響で身体能力その他もろもろが強化された上に、不死身というたちの悪い怪物となってしまうので気をつけている。

だから、春輝の秘密を知っている8歳年上である「雨城菜苳乃」に、血を分けて貰っている。

だが…この吸血行為は、問題があるらしく菜苳乃が言うには、血を吸われると変な気分になるらしいが、春輝も春輝で、血が美味しくてたまったものじゃない。

しかし、菜苳乃に悪いのでいつも我慢しようとしているのだが、「昨晩我慢しないでいい」と春輝に菜苳乃が言った途端、このざまなのである。

血を吸い終えた後、菜苳乃の首元にできた噛み跡を舐める。そうすれば、噛み跡はすぐに治ってくれる。

その後、ちょっぴり申し訳なさがこみ上げてきた春輝は、菜苳乃から離れて謝罪する。

「す、すみませんでした。本当は、血の管理がやっぱり慣れなくて。」

「それなら最初からそう言って。…まぁ、こればっかりは……仕方ないし…ね。」

(いつも不思議だったけど…菜苳乃さんは血を吸った後はいつも息が荒いんだよなぁ。血を吸うって、もしかしてちょっぴりえっちな行為だったりするのだろうか。)

「聞こえてる、変なこと考えない。」

今、疑問に思った人がいるだろう、かく言う菜苳乃にも秘密がある。

菜苳乃は、人の心が読めるのだ。いいかえるなら、直接声の声が聞こえる。

「はい…すみません。」

それから二人は手慣れた様に朝の支度を始める。

春輝が制服着替えて外に干してある洗濯物を取り込んでいる間に、菜苳乃が洗面所で歯磨きや洗顔、その他諸々済ませてから、今度は春輝が洗面台で歯磨きや洗顔を済ませている間に菜苳乃が簡単な朝食を用意した。

キッチンはオープンキッチンになっておりカウンターに置かれた料理を、春輝がキッチンのすぐ隣に置いてある二人にしては、少し大きなダイニングテーブルに並べた。

そのあと、コップと箸、それと菜苳乃の入ったポットを出し終え二人は、向き合うって並んだ二つの椅子にそれぞれ腰を下ろした。

二人は、手と声を綺麗に重ねた。

「「いただきます。」」

二人は、二年前のある事をきっかけで出会った。

菜苳乃は普段東京に住んでいるのだが、時間のある時はなるべく春輝のいる福岡へと足を運ぶ。

今二人がいるアパートも、春輝の今は亡き両親と住んでいたアパートで、間取りはに2LDKと春輝の一人暮しにしてはすごく広い。

そんな二人の関係は出会ってから二年が経ち、春輝は高校一年生、菜苳乃は二十歳になった。

「じゃあ、行ってきます。」

朝食を食べ終えた後、高校に登校する春輝を玄関まで菜苳乃が見送っていた。

「うん、気をつけてね。」

菜苳乃は、春輝が不器用で少し抜けている所があ事を身に染みてわかっているので、学校に行くだけですこし不安そうな顔をする。

これも二年間でだいぶマシになったのだが、中学校から高校になった事で少し戻りつつある。そんな菜苳乃に春輝はいつも通りの言葉を返す。

「大丈夫ですって。まだ菜苳乃さんと一緒に生きていたいから僕は死んでも死にきれませんよ。」

「……そっか。でも、絶対死なない様にしてくれるとありがたいんだけど。」

少しの沈黙の後、菜苳乃は少し微笑みながらそう言った。

「それもそうですね。…じゃあ、時間も時間なんでもう行きますね。」

その微笑みを見て安心した春輝は、振り返って玄関の少し重たいドアを開けた。

「いってらっしゃい。」

「行ってきます。菜苳乃さんも充分に気をつけてくださいね。」

最後にそう言って春輝はアパートを後にした。

玄関が閉まった後、玄関をしばらく見つめると菜苳乃は「もぉ…春輝は……。」っと、声を漏らした。

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