覚醒ドラグニカ(2)
「よしっ、では鍛錬を再開するとしよう。もうひと段落したら遊んでやるから、おとなしくしていてくれよ?」
『きゅう!』
トバリは体を伸ばすと、抜きっぱなしにしていた
すっと深呼吸をして集中状態に入り、
「〈
呟いた瞬間、知覚する世界が変化する。頬に当たるそよ風の強さがわかるようになり、木々から落ちる木の葉は筋まではっきり見える。
五感を強化する〈
息を吐き、同時に術も解除する。続いて今度は
「〈
少し間があってから、全身に力がみなぎり始める。
身体能力を底上げする〈
得意な〈
この二つの術はまだいい。牧場の仕事の間にも練習をしているので、問題なく使いこなせている。
問題は最後の術だ。
トバリは左手の五指を曲げて前に突き出すと、気合を込めて声を出す。
「〈
空気が破裂する音が響き、左手から放たれた見えない力が草を揺らす。
その姿勢をしばらく維持していたトバリだったが、ため息をつくと腕を下ろした。
「駄ぁ目だ、こりゃ」
衝撃波を飛ばす〈
最後に実戦で使用した
魔術の習得に必要なのは「理解」「集中」「感覚」だと、自分に術を教えてくれた師匠は話していた。
まず術の媒介となる〈力ある言葉〉とその結果引き起こされる超常の現象を頭の中で「理解」することが第一歩だ。続いて言葉と現象が繋がるよう「集中」する。そして実際に〈力ある言葉〉を唱え、術が引き起こされるまでの「感覚」を掴む。
この「感覚」がクセ者なのだ。何百回、何千回と術を練習しても掴めない時もあれば、最初の一回でなぜかできてしまうこともある。
一度掴んでしまえば、後はその感覚を思い出しながら術を反復して体に染み込ませる。これでようやく一つの魔術の習得である。
(〈
前衛で戦う兵士達は自分の肉体の使い方を熟知しているので、体を変化させる術を習得しやすいらしい。
逆に術師は自身の頭の中の世界を広げるのに長けていることから、炎や風を生み出すと言った術を簡単に扱うことができるのだという。体にばかり意識が向くことを嫌って、なるべく運動を控えるといった徹底した術師もいるらしい。
「ま、こればかりは向き不向きだ。自分は繰り返し練習して感覚を取り戻すしかない」
理詰めではなく短絡的な方法を取りがちなのも、自分が術師に向いていない証拠だ。
何度か〈
「ん? どうしたエルー。休憩時間はまだ先だから待っていてくれ」
だが、エルーは自分を急かしに来たわけではなかった。自分が衝撃波を飛ばしていた方向を向くと、大きく息を吸い込み始める。
「なんだ、どうした。一体何を——」
『きゅくしょん!』
エルーが辺りに音が響く大くしゃみをしたかと思うと、その口から見えない衝撃波が吐き出され、草を揺らした。
トバリは驚きで口をぽかんと開けた。
間違いない。威力は低いが、今のは自分が練習していた〈
まさか、自分が術を使っている姿を見て学習したと言うのだろうか。
(エンシェントドラゴン……〈古代竜王〉……そうか……!)
自分に魔術を教えた師匠曰く、古代の世界は言葉でできていたという。その古代語を元にして魔術の媒介となる〈力ある言葉〉が生み出されたと聞いている。
そして、エルーの種である〈古代竜王〉エンシェントドラゴンはその当時の世界を支配し、世界のあり方が変容するとともに力を失い衰退した。
つまり、エルーのご先祖様のエンシェントドラゴンは魔術に近い力を使っていたのではないだろうか。
それならば、人の子供が親の仕草を真似するのと同い感覚で、エルーが自分が使っていた魔術を真似したとしても不思議ではない。
「すごい! すごいぞ、エルー!」
手を叩いて褒めると、エルーは嬉しそうに『きゅくしょん!』と再度衝撃波を放った。
できることが増えるのは良いことだが、見境なしに使ってはいけないとしっかり学んでもらわなければならない。そこはシオンとよく相談しよう。
それから〈
どうやら、目で見てすぐにわかるような術でなければ使えないらしい。人の赤子が、仕草を見て真似ることはできても言葉による説明は理解できないように。
「だが、一つできるだけでもすごいことだ。自分がその術を身につけるのにどれだけ時間がかかったことか。よくやったな、エルー」
褒め言葉をかけながら、トバリはエルーの顎や頬を撫で回す。
と、その時だ。
エルーに触れている右手の甲に刻まれた〈
手を離しても光は消えない。何か途方もない力が宿ったかのように、右腕が震え始めた。
「な、なんだ! 一体何が……!」
慌てて左手で震える右腕を抑えた。
一体何が起きているのか理解できない。すぐにでもシオンに見てもらいたいが、この状態で動いてもいいのだろうか。
ふと、エルーがじっと自分の顔を見ていることに気が付いた。
真っ直ぐに向けられた金色の瞳は、何かを期待しているように感じられた。
「試してみろって……ことなのか……?」
恐る恐るトバリが問いかけると、エルーは『きゅう』と小さく鳴いた。
信じてもいいのだろうか。
踏み出してもいいのだろうか。
自分のこれからの行動が、何か決定的な運命の分岐点になるような予感がする。
心臓が早鐘を打つ。
トバリは深呼吸すると、振動を続ける右腕を自分の正面にかざした。手の甲に刻まれた円形の〈
光が強さを増す。トバリはその光を掴むように右手の五指を曲げると、覚悟を込めて言った。
「〈
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