オレガノの香りを追って(4)


 ロンロン牧場の最寄りの街〈コーンフェル〉は、周辺を高地に囲まれた平野に広がっている。

 辺境の村々から農作物や畜産品が集まる交易の街で、山越えを前にした旅人や行商人達が準備を整える止まり木ともなっており、なかなかの賑わいを見せる。


「まずはドラゴンと荷車を預かってくれる厩舎に行きましょう。私達がいつも利用している場所があるからそこへ案内するわ」


 小さな建物が点々としている街外れの道を、ブルートドラゴンが引っ張る荷車に揺られて進んでいく。

 買い物などをしている間に荷車を停める一時借りの厩舎は、街中に近付くにつれて料金が上がり、逆に街外れにある程安くなる。トバリ達がブルートドラゴンと荷車を預けたのは、当然街の最安値の厩舎だった。

 そこは立地こそ悪いものの、屋根はしっかりしていて広さも申し分ない。料金もアトラ硬貨の銅貨で10枚という2人分の昼食代よりも安い値段だった。ドラゴンの飼料も入れてもう少し掛かったが。


 そこからは徒歩で街の中心部を目指して歩いていく。

 建物同士の間隔が狭くなり人通りが増えてきた頃、シオンが羽織っているローブのフードを目深に被った。


「シオンさん、どうしてそんなに深くローブを被るんだ?」


 トバリが不思議に思って隣を歩くシオンに尋ねた。

 シオンは自分の顔の左側を指差し、


「この刺青が悪目立ちしてしまうから。私の一族に伝わる誇りある印だけど、あまりじろじろ見られたくはないの」


 〈竜の巫女〉たる少女の顔の左側には線の模様が刻まれている。自分がエルーと契約を交わした(交わされた)時にもこの刺青が光を放っていたことから、巫女の力のようなものが秘められているのだろう。


「……あなたも初めて見た時は不気味に思ったでしょう」


 そう問われ、自分がシオンの顔を初めて見た時のことを思い出した。

 空からワイバーンに乗って舞い降りた刺青の少女を見て、自分は思わず息を止めたものだった。


「そうだな……とても、神秘的だと思った」


「神秘的?」


「ああ。何か特別な力や役割を持った人なのだろうと、その刺青を見て感じた」


「そう」


 会話はそこで止まり、シオンは道の先へ視線を戻した。

 無言の時間が始まり、トバリは気まずく感じるようになる。


(じ、自分は何かまずいことでも言ってしまったのか!? なぜシオンさんは黙ってしまったんだ!? 助けて……助けてくれ、ラキ先輩!)


 いるだけで会話が弾み場が和む天真爛漫な炎蜥蜴族サラマンダーの少女に心の中で助けを求める。彼女のようにぐいぐい話を引っ張ってくれる人がいなければ、会話下手な自分はすぐに詰まってしまうのだ。

 しかしシオンを見ると、意外にも上機嫌そうな軽い足取りで歩いている。


(き、機嫌が良くなっている!? なぜ? どうして?)


 トバリの頭が疑問符で覆われる中、周囲の光景は騒がしく変化していく。

 広い道の左右には食べ物の露店や直接品物を販売する荷車が所狭しと並び、客引きの威勢のいい声が飛び交う。その間を軽装の旅人や荷物を抱えた商人や買い物中の住民達、様々な人々がそれぞれの速さで歩いていく。


 〈コーンフェル〉の街の中心となる市場スークだ。





「あらあら、ロンロン牧場の可憐なお嬢さん! あなたが来るのは久しぶりね。資材の購入かしら。良質な木材をたっぷり買っていってちょうだい」


 あちこちに木材が束になって置かれ、木の匂いが充満する店内。トバリとシオンを笑顔で出迎えたのは、三角形の耳が生えた犬人族コボルトの女性だった。

 犬人族コボルトは犬の特徴を有した小柄な亜人族だ。聴覚や嗅覚に優れ、駐屯地時代の兵士団に所属していた優秀な斥候はこの種だった。


 牧場御用達の資材屋は市場スークの裏通りを過ぎて、建物と建物の間に広がる日陰の広場に立地していた。店舗に隣接して倉庫があり、そこに大量の木材を貯蔵している。

 ここには高地の村々の木こりが様々な種類の材木を持ち込んでくるようで、一口に木材と言っても薪に適したものや雨に強いものなど用途によって選べるようだ。


「古い竜舎を改築したいから、ナラかカシの板をお願い。部分的にチーク材を使えたらと考えているけど、値段と相談したい。それから……」


 シオンが材木屋の女将にあれこれ注文している間に、店内を見て回ってエルーの給餌用特製竿に使えそうな木材を探す。


(エルーはかなり強く引っ張るから、少し太い棒が欲しいな。あと軽ければなお良しだ)


 様々な種類の木材を次か次に手に取ってみるが、いまいち違いがわからない。


「そっちのお兄さんも要件を聞きましょうか。あなたはどんな木材が欲しいのかしら」


 女将に呼ばれて、トバリは特製竿に必要な要素を説明した。

 引っ張られても折れない丈夫さがあり、なるべく安価。


「ふーん……それならビーチ材がいいかもね。粘りがあって曲げてもなかなか折れない。少し重たいかもしれないけど、お兄さんみたいなたくましい人なら問題なく取り回せるよ」


 女将は間髪入れずに答える。さすが材木の専門店だ。


「早速主人に加工をさせたいところなんだけど……実は、ウチの子が昼過ぎに商館に御用聞きに行ったきり戻って来なくてねぇ。主人を迎えに行かせてからでもいいかい? 寄り道をしているだけならいいんだけど、近頃は物騒な話も聞くから……」


 犬人族コボルトの女将が不安そうな表情で言った。

 できれば時間は節約したいところだが、戻ってこない子供も心配だろう。


「良ければ、自分がお子さんを迎えに行こうか? 特徴と名前を教えてもらればすぐにでも見つけてこよう」


「本当かい? それならお言葉に甘えようかね。ウチの子の名前はティビ。耳が外は黒毛に覆われていて中は白いんだ。背丈はお兄さんの胸の高さくらいで、肩掛け鞄を持って出かけたよ」


 それだけわかれば十分だ。トバリは踵を返すと、材木屋を出て行こうとする。

 すると、シオンが自分の後をついてきた。


「え、シオンさんも来るのか?」


 尋ねると、少女はさも当然とばかり頷く。


「あなたは商館の場所を知らないでしょう。それとも私が行くと困ることがあるの」


「いや、いや! そういうわけではないが……」


 本音を言えば、美人の隣にいると緊張しっぱなしなので、ここらで1人行動をして一息つきたかったのだ。もちろん、そんなこと言えるはずもない。


「そう言えば、買った材木は手で持ってあの遠い厩舎まで持っていかなくてはならないのか? それなら多少値が張ってでも近くの場所に停めた方がよかったんじゃあないかな」


 トバリはふと思った疑問を口に出した。


「問題ない。ここの材木屋は常連客が相手なら荷車を使って無料で厩舎まで運んでくれる」


 シオンが淡々と答える。

 一応仕事の出張で来ているのに無料の特典サービスを当たり前のように最大限利用する先輩職員の姿に、牧場の財政状況をなんとなく察するトバリであった。

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