嵐の日の事件(4)
トバリが扱う柄に飾り紐が付いた剣は、兵団からの支給品ではなく駐屯地時代に特注した
刃が片側だけに付いており、棟は真っ直ぐに伸びている。剣幅が一般的な物よりもやや広いのが特徴だ。
戦闘の準備が完了しているのは剣だけではない。すでに体には〈
トバリが使用できる三つの魔術の内の一つであり、兵士が身に付ける最も一般的な術だ。
効果は単純明快、自分の身体能力を底上げする。
単純なだけに戦術的価値は高いのだが、使用中は気分が高揚し、普段は言わないことまで口走ってしまうという副作用もある。
ある兵士が意中の異性へ告白する勇気を奮いおこすために、〈
「あな、たは……」
地に膝をつくシオンが、苦しそうな息を吐きながら顔を上げてトバリを見る。
「シオンさん。
「相手は
「今まであんたも1人で戦ってたじゃないか。しかも竜の子供を守りながら。逆に自分は戦うことだけに専念できる。勝てない道理は、ない!」
鋭く息を吐くと、トバリは前に出る。
跳びかかると、そのまま斜め上から剣を振り下ろす。
猛禽類の鳴き声が響く。
傷つけられた
(飛ばれると厄介だ。このまま休みなく攻撃を与え続けて地上に押し留める!)
トバリは側面に回り込むと、その勢いで体を回転させて剣を横に薙ぐ。
だが、追撃は察知されていた。
怪物が翼と一体となった上腕で大地を掴んだ。次の瞬間、巨体が跳びかかってくる。
その勢いはまるで砲弾だ。トバリは横に転がり、すんでのところで回避する。
(地上でも結構動けるじゃないか!)
だが、これで距離を広げてしまった。
地上でも強いことは変わりないが、やはり飛ばれるのは厄介だ。そもそもこちらの攻撃が届かない。
届ける方法はある。致命傷にはならないだろうが——
「〈
トバリが剣を振るうと、形を持たない薄い刃がそこから放たれる。
三つの魔術の最後の一つ、衝撃波を放つ術〈
本来は群がってきた敵を吹き飛ばすのが主な使い方だが、剣に纏わせてから放つことで鋭く遠くまで斬撃を飛ばす応用技だ。
だが、形のない刃は飛翔する
昨年覚えたばかりの魔術だけあって、まだまだ鍛錬不足だ。
(上等だ! すれ違いざまに直接叩き込んでやる!)
迎え撃とうと、トバリは強く剣を握る。
しかしその狙いは外れることになる。
怪物はひとまずトバリを後回しにし、再びシオンとエルーを標的にしたようだった。
「シオンさん!」
陽動に引っかかり足を止めてしまっていたトバリは、彼女らの方を向き焦った声で名前を呼んだ。
「問題ない——〈
シオンの周囲に渦巻く風の壁が展開される。
だが、
その巨体が風の壁に激突する寸前に翼を広げて速度を緩めると、そのまま上空へと飛翔する。
「そんな……!」
ぐんぐん高度を上げた
舞い落ちる雨粒と共に、怪物の巨体が勢いをつけて落下を始める。
術の発動が間に合わないと悟ったシオンは、我が子を守る母のように、傷を負ったエルーに覆いかぶさった。
「大丈夫……あなたは、私が守るから。もうこれ以上、恐い思いなんてさせないから……!」
シオンがエルーの体を抱きながら、慈しむように声をかける。
シオンが目を閉じる。
だが——彼女たちにその爪が届くことはなかった。
代わりに、彼女の頬に温かい血の雫が落ちる。
瞼を開けたシオンの目に映ったのは、剣の腹に腕を添えて
「どうして……どうして、あなたは……!」
肩を抉られ血を流すトバリは、盾代わりの剣を全身で支えながらシオンの問いかけに答える。
「どうしてだって? 自分は知らん! 兵士の役割は殺すことであり、守ることではない。これまではずっとそうだった! だが! しかし! 今の自分は何の因果かドラゴン牧場の職員だ。どうやら、あんたのように体を張って竜を守ることが使命らしい!」
トバリが目を落とすと、恐怖に彩られた目でこちらを見るエルーと視線が合った。
元兵士の少年は、仔竜の恐怖を拭うようにかすかに微笑む。
「そう不安な目をするな。お前は人に傷つけられてばかりだったのだろうが、世界には、そこのお嬢さんのようにお前を守ろうとする人もいる。自分もほんの少しだけ、その力になろう」
トバリは
しかし、谷の強者たる
「ぐあっ!」
腕を引きちぎられるかのような痛みで、今度は逆にトバリが呻く番だった。
それだけでは終わらない。
握ったままの剣に引っ張られるかのように、トバリの体は
ワイバーンの背中に乗る時とは比べものにならない不快な空の旅だ。
ある程度の高さまで飛ぶと、
どうやら空中で仕留めようという狙いらしい。
「上等だ……! 今度こそ迎え撃ってやるさ」
トバリは痛む腕に力を込め、
呼応するように
トバリは剣を振るい、片方の爪を受け止めた。だが、もう片方の爪がわき腹に突き刺さる。
だが——トバリは口から血を吐きながら笑顔を浮かべて言った。
「く、空中じゃお前みたいに自由に動けないからな……そっちから近づいてくれてありがとよ。近づいてくれてありがとよ! 2回言ったぞ。さぁ、決着だ!」
「2回言ったぞ」は、〈
左手を剣から離し、震えながら
そして——
「〈
左手から直接放たれた衝撃波が怪物を襲う。
見えない力の波を至近距離で受けた
さっきは剣に纏わせ遠距離の攻撃にしたが、こっちが本来の使い方だ。最大限の威力で食らわせるために、近くに寄る必要があったのだ。
トバリは再び剣を両手で握り直し、落下の力も加えて地面に倒れる
それはまさに
幅広の剣を根元まで突き刺された半鳥半獣の怪物は、何度か体を痙攣させた後に白目を向き、完全に絶命して動かなくなった。
死骸に雨が降り注ぎ、黒い血が小さな川を作る。
トバリは
「な、なんとかなった……よかった……!」
ため息をついた後に、〈
腕を築き上げたまま、背中から水溜まりのある地面に倒れこむ。緊張が一気に溶けたためか、そのまま意識は遠のいていった。
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