おいでよドラゴン牧場(4)


 牧草地を突っ切り、次に訪れたのは〈飛竜〉ワイバーンの竜舎だった。

 しかし天井が高く、大きな止まり木が置かれた竜舎はもぬけの殻だ。ここにいるはずのドラゴン達はどこへ行ってしまったのだろうか。


「ワイバーンは群体飛行に出ているところなのだ」


 ラキがトバリの疑問に答えるように言った。


「群体飛行?」


「そうなのだ。ラキたちがずっと部屋に閉じこもっているとイライラするみたいに、ワイバーンは空を飛ばないとイライラしてケンカを始めてしまうようだ。だから雨の日以外は群れで飛行させているのだ」


 ワイバーンは小型から中型のドラゴンで、人を乗せて飛ぶことができる。

 ブルートドラゴンよりも速く目的地に着ける移動手段だが、反面重い物を運ぶことができない。手紙などの軽い運搬物を運ぶのが主な役割だ。

 また兵士団では偵察や飛ぶ魔物との戦いで活躍している。


「あ、ちょうど帰って来たようだ!」


 ラキが空を指差した。

 巨大な鳥にも見えるワイバーンが、黒雲のように群れをなして空を飛んでいるのが見えた。

 先頭の1匹が上体を下に向けて下降体勢に入る。後ろの群れも付き従うように同じ体勢になった。

 群れは牧場の上空を旋回しながらゆっくり高度を下げていく。それは木の葉が風に巻かれて宙を舞っているような優美さを感じる光景だった。


 やがて先頭の1匹がふわりと翼を広げて草地に降り立った。

 ラキに続いて着地場所に駆け寄っていく。ワイバーンの背中には鞍が備え付けられており、騎乗者が乗っていることに気が付いた。

 騎乗者は屈んだワイバーンの背中から降りると、耳まで覆っていた飛行帽を脱いだ。

 瞬間、トバリは息を呑んだ。


(き、きれいだ……!)


 飛行帽の中から雪の色に似た銀色の髪が溢れ、日の光を受けて輝く。

 騎乗者は自分とあまり年齢が変わらないであろう少女だった。

 透き通った水色の瞳と合わせ、冬の湖面を連想させるような静かな美しさを感じた。


 その容姿に加え、目を引く特徴がもう一つあった。

 少女の顔の左半分に、模様のような線の刺青が刻まれている。それが少女の神秘性をより引き立てていた。


(見た感じ人間のようだが、あの子も牧場の職員なのかな……)


 少女はかすかに微笑み、自分を乗せて飛翔したワイバーンを労うように頬を撫でる。それは1枚の明媚な絵のようにトバリの心を打った。


「シオン姉ちゃーん! お疲れ様なのだ!」


 ラキが手を振り騎乗者の少女に近寄っていく。どうやら彼女はシオンという名前らしい。


「紹介するのだ。この人が新しく牧場に来た——」


「ラキ、お願いがあるの」


 シオンがラキの言葉を遮る。小さいがよく通る声だ。


「私の代わりにワイバーン達を竜舎に戻してほしい。頼める?」


「う、うん。お安いご用なのだ。それと、この人が——」


「ありがとう。もう行かなくちゃ」


 シオンはワイバーンの手綱をラキに渡すと、早足で駆けて行く。ラキが手を伸ばすが、その頃には少女の背中は遠ざかった後だった。


「……ごめんなのだ。紹介できなかったようだ」


 ラキが手綱を握ったまま申し訳なさそうにうなだれた。


「いや、それはいいんだが……忙しそうだったな、あの人」


 トバリはシオンが走って行った先を見ながら呟いた。


「うん……今、この牧場は大きな問題を抱えているのだ。シオン姉ちゃんはその問題にかかりっきりで忙しいのだ」


「大きな問題?」


 人員不足や激務の話は散々聞いたが、それとは別にまだ何か問題を抱えているというのか。


「そのようだ。後で実際に見てもらえばわかるのだ。今は、先にシオン姉ちゃんから頼まれた仕事をこなすのだ」


 そう言うと、ラキは背中に鞍を付けたワイバーンの首を軽く叩く。


「この子がワイバーンの群れの隊長さんなのだ。名前はヴェン。古い言葉で〈風〉と言うようだ」


 自分の名前が紹介されたことを理解したのか、ヴェン隊長が『ぐるぅ』と小さく唸った。

 群れを率いるだけあって、他のワイバーンよりもひと回り大きい体躯をしている。体のあちこちに戦いの傷が刻まれていて、まさに歴戦の勇士といった立ち住まいだ。


「ワイバーンは群れで行動して、統率者に従うのだ。だから、ワイバーン達を竜舎に帰したい時には、ヴェン隊長を連れて行けばみんな付いてくるようだ」


 ラキがヴェンの手綱を引いて歩き出すと、群れが後に続いていく。

 群れの一体感もさることながら、抵抗することなくラキに従うヴェン隊長の潔さにも感心させられる。


「ヴェン隊長はもともと兵士団で活躍していたようだ。引退した後、この牧場に来て後輩達を育てているのだ」


 なるほど、歴戦の勇士という印象は当たっていたようだ。

 ワイバーンの群れが全匹竜舎の中に入った。ヴェン隊長は群れ全体を見渡した後、鋭い大きな声で『ぐおぉー!』と鳴く。するとワイバーン達は緊張状態を崩し、思い思いにくつろぎ始めた。

 どうやら隊長が解散を命令したらしい。


(へぇ、ドラゴンも人と似たようなことをするんだな)


 自分が知らなかったドラゴンの一面を学び、トバリは感心する。

 そしてその直後、面白がっている自分に気づいて慌てて雑念を振り払うのだった。

 

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