おいでよドラゴン牧場(3)
「……じゃあ次はお待ちかね! ドラゴンさん達が暮らす牧場を見て回るのだ!」
事務所と併設する宿舎を見て回った後、屋外に出たラキが元気よく草地を駆け出した。日が傾いてきたのか眩しい日光が目に入り、トバリは手をかざして光を遮る。
屋内を見て回るだけでも、結構な時間を食ってしまった。
クリスロアは厨房で全員分の夕食を作っており、まさに火がついたような忙しさだった。今日の夕食は野菜のスープにホーラン鳥の香草焼き、ひよこ豆の煮込みに栄養たっぷりの黒パンという内容だった。トバリの異動を祝っていつもより少しだけ豪華らしい。
宿舎は二階建ての広い建物だったが、使われている部屋は少ない。牧場の職員の人数が想定をかなり下回っているからだろう。一人一部屋を与えられているが、別の部屋を荷物置きとして使っている者もいるとのことだった。
「まずはここ、〈獣竜〉ブルートドラゴンの竜舎なのだ」
ラキに連れられ、三角屋根の竜舎に入る。
柵の向こうでは、十数頭のブルートドラゴンが藁の上で丸まって寝ていたり、鱗を舐めて身繕いをしたりしている。まだ生まれたばかりなのだろう、小さなドラゴンの子供達が兄弟とじゃれあって遊んでいた。
ブルートドラゴンは二足歩行の小型ドラゴンで、翼などの飛行能力はない代わりに発達した脚力を持つ。
トバリがブルートドラゴンに乗って近くの街からこの牧場へ来たように、移動手段として重宝されている。兵士団ではブルート乗りで構成された騎兵隊もあり、その機動力を存分に生かした遊撃戦を得意としている。
「午前中のうちにブルート達を外に出して、その間にラキが竜舎を掃除したり寝藁を新しいものに替えたりしたのだ。明日からはトバリ君も同じ仕事をするからよく覚えておいてほしいのだ」
ラキが胸を張って言った。
竜舎はそこまで広くないとはいえ、一人でするには大変な作業だろう。この
「そういえば、ラキ先輩っていくつなんだ?」
ふと疑問に思い、尋ねてみた。亜人族は外見からでは年齢を推し量り難い。
「先輩! 素晴らしい響きなのだ! でもここではあまり上か下かは重要ではないから、楽に話すといいようだ。ちなみにラキ先輩は詳しい年齢はわからないから、13歳ぐらいと言っているのだ」
人間で言えば10歳前後にしか見えないが、
「ラキせんぱ……ラキも兵士団から派遣されたのか?」
この質問にラキは首を横に振る。
「ラキは現地採用だ。イグルカさんとクリスロア君以外は全員そうなのだ。特にラキは
王都の本部から出向したのではなく、駐屯地近辺の住人を雇用するのが現地採用という仕組みだ。トバリが3年過ごした辺境の駐屯地でも、ほとんどが現地採用者だったのを思い出す。
「えーっと、ラキは竜舎の掃除以外にはどんな仕事をやっているのかな」
なんとなく空気が悪くなったので、トバリは話を変えた。
「よくぞ聞いてくれたのだ! ラキはお絵かきが得意なのだ。門や看板のドラゴンさんの絵は全部ラキが描いたのだ!」
「あぁ、あの絵か……」
初めに見た看板には物騒な言葉と一緒に可愛らしいドラゴンの絵が描かれていた。それが逆に恐ろしさを掻き立てられたのは黙っておこう。
「……上手だったな、うん。口の奥の牙までしっかり描き込まれていた」
そう伝えると、本日何度目は知らないがまたラキの表情がパッと輝やいた。
「ラキの絵の良さがわかるなら、トバリ君はいい人なのだ!」
続いて案内されたのは、壁がなく高い屋根だけが据えられた竜舎だった。
屋根の下では3頭の大きなドラゴンがそれぞれ距離を保って眠っている。ドラゴンには首回りや翼の表面に柔らかそうな毛が生えており、モフモフな見た目をしている。
〈毛長竜〉ファードラゴンだ。
その体毛は丈夫で熱にも強いことから、防具をはじめとして様々な用途で加工されている。中型から大型の種類だが、争いは好まずのんびりした気性の持ち主である。
ちなみにクリスロアから聞いた、間違って貴族を丸呑みしてしまったドラゴンはこの種らしい。口を開ければ1人どころか2人でも食べられそうだ。
「ファードラゴンの毛刈りはイグルカさんが得意なのだ。ラキはまだお手伝いしかしたことがないが、手が届かなくて大変だったのだ」
背が低いラキでは大型種のドラゴンの世話は難しいだろう。踏み潰される危険もある。
「あの巨大なブラシはファードラゴンの毛並みを整えるためのものなのか?」
トバリは竜舎の隅に立てかけてある、人の背丈の2倍はあろうかという木製のブラシを指差す。持ち上げるのも大変そうだ。
「そうなのだ。ファードラゴンは綺麗好きだから、1日に1回はブラシで毛を解いてあげるのだ。とても気持ち良さそうな顔をするのだ」
「へぇ、それは楽しそうな仕事だな」
トバリは腕力を鍛える機会になるかもしれないという意味で「楽しそう」と表現した。しかしラキは言葉を額面通りに受け取ったようだ。
「ラキはトバリ君が牧場の仕事に興味を持ってくれて嬉しいのだ! 都から来た人はみんな汚いとか臭いとか言ってすぐに帰っちゃうのだ。だから、トバリ君にはぜひ牧場を楽しんでほしいのだ!」
トバリはその太陽のような笑顔を前にして後ろめたさを感じた。
自分もまた、王都から派遣された他の人間と何も変わらない。すぐに出ていけるなら出ていきたいし、仕事内容に魅力も感じない。
(いいんだ、それで。ここは自分にとっての寄り道でしかない。いくら嫌われようが関係ない)
トバリは自分に言い聞かせるように心の中で呟くのだった。
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