第56話
レースのスタート地点である中庭は、すでに多くの参加者と関係者と軍用レ・ヌーが集まっていた。ここに急造されたゲートから各自スタートし、魔法の光のラインが描くコースに沿って街の上空を周回し、ゴール地点である街の中央の広場を目指す、というのが、このレースの概要だった。ただ、魔法による妨害が認められているらしい。攻撃魔法なんて、全然当たらない光の球しか使えないんだけど……。
「なに、敵の魔法なんて、当たらなければどうってことないさ」
ワッフドゥイヒはまたたいしたことを軽く言う。
「でも、クラウス魔術士官学校の選手って、攻撃魔法の専門家みたいなもんだろう? さすがに本気で当てに来るんじゃないか」
見ると、周りには首に青いストールを巻いた生徒が何人もいた。これはクラウス魔術士官学校の在校生の証だ。エリサ魔術学園と違って、複数エントリーしているようだ。
「大丈夫だ。多少の攻撃魔法はウニルが跳ね返すさ」
「え? あいつ、そんな能力もあるの?」
「ないけど、ある」
「どっちだよ!」
ワッフドゥイヒ先生のアドバイスはあまり役に立たないようだ……。
やがて、時間になったので、僕達はすでにここに連れてこられていたウニルと共にゲートに向かった。山岸はさすがにレースについて行くのは無理なので、ゴールで待っていると言って、去って行ってしまった。ここからは、僕とウニルとワッフドゥイヒ先生(頼りない)の三人の真剣勝負だ。ウニルに乗るために、おもむろに懐から例の手袋を出して身に付けた。相変わらず悪趣味だ。周りの人も、こっちを見て、くすくす笑っている……。僕、なんでこんなの選んじゃったんだろう。
まあいい。ようは勝てばいいんだ、こんなレース! 手袋をはめると、気合もそれなりにみなぎってきた。さっそくウニルの背後に回り、素早く乗る――が、いつものように蹴り飛ばされ、激しく拒絶されてしまった。だが、そこでふと思いつき、ワッフドゥイヒの腕輪をウニルにこれでもかと見せびらかし、さらに額に当ててみた。お前のご主人様はここにいるよアピールだ。反応はすこぶる良かった。すぐにウニルは従順になり、僕は難なくその背中に乗ることができた。きっと、トカゲ鳥なりに、この腕輪にご主人様の気配とやらを感じ取ってるんだろう。
ウニルを見事手なずけた後は、そのままゲートインした。左右にはすでにたくさんの選手が各々のレ・ヌーに乗って待機していた。それぞれ、首に在校している学校のストールを巻いているが、やはりクラウス魔術士官学校の青いストールは多いようだった。また、小耳にはさんだところによると、生徒数がかなり多いにもかかわらず、シャラ竜学校は前回の竜蝕祭同様、祭りの一切の行事に不参加だという。なんでも、二十年に一度の希少な現象、竜蝕を前に、全校総出で様々な情報収集をしているらしい。研究者の本領発揮って感じだろうか。うちの学園も、そういうスタンスならよかったのになあ。
「ヨシカズ、そろそろだ。出遅れるなよ」
「ああ、わかってる」
そうだ、余計なことを考えてる場合じゃない。今はレースに集中しないと! 手綱を握り締め、上体を低くして構えた。
レースの始まりを告げる鐘の音は、直後、高らかに鳴り響いた。そして、それと同時に、選手たちはいっせいに自分のレ・ヌーの首の
「あ、あれ?」
いきなり
「ヨシカズ! 何をやってるんだ! 早く行け!」
「う、うん!」
あわてて
スタートこそ出遅れたものの、僕の加速は選手の中でも一番のようだった。すぐに先頭集団に追い付いた。前を行く他の選手たちは後ろから猛烈にまくりあげてくる僕達を見て、一様にぎょっとした顔をした。
「あいつら、君の事はまるでノーマークだったって感じだな」
「え? 君、みんなの姿が見えるの?」
「ああ。目を閉じると、君の見ている景色がそのまま見えるよ」
おお。これはそれなりに頼りになりそうな感じだ! それなりに。
「よし、このまま一気に先頭に――」
左手で手綱を強く握ると同時に、右手で再び
ウニルは鳥のような爬虫類のようなよくわからない鳴き声を上げると、さらに加速した。先頭集団を一気に抜け、トップに躍り出る勢いだった。
だが、先頭集団に突っ込んだところで、周りから火炎やら電撃やらブリザードやらが雨あられと降り注いできた! 他の選手達からの魔法攻撃だ!
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