第54話
僕達はそれから、街の中央の噴水のふちに座って休憩した。周りはやはりお祭りの楽しい雰囲気に満ちていたが、よく耳を澄ますと、多くの人々の話題は午後のレースだった。どこの学校が優勝するかとか、今年はどんなタイムが出るかとか、みな興味津津のようだ。いかにもお祭りの目玉のイベントって感じだ。次第に不安が胸に募ってきた。もうそろそろエントリーしなくちゃいけない時間だし……。
「山岸さん、僕は僕なりに精いっぱいやるつもりだよ。でも、もし僕に何かあったら……その、ごめん」
「ごめんって?」
「ほら、僕と一緒じゃないと、あっちの世界に戻れないじゃないか。でも、これからやるレースは危険なものだって言うし、最悪、僕は死んじゃうかもしれない。そしたら、山岸さんはずっとこっちの世界にいることに――」
「そんなこと言わないで!」
山岸はとたんに声を張り上げた。
「早良君はこれからワッフを助けるんでしょう? そのために、今までいろいろしてきたんでしょう? なのに、失敗した時のこと、それも一番いやなことを想定して話すなんて、ないわ。今は絶対に勝つ、絶対にワッフを助ける、くらいの気持ちでいなさいよ」
その声は震えていた。顔を見ると、泣きだしそうになるのを必死にこらえているように眉根を寄せていた。
ああ、そうか……不安なのは僕だけじゃないんだ……。
山岸もそうなんだ。そして、彼女は僕にそれを見せまいとしている。臆病な僕を鼓舞するために。
「そうだね、ごめん。僕、絶対に優勝するよ!」
「約束よ」
山岸は僕を強く見つめて、それからふと緊張をといたように微笑んだ。とても可憐な笑顔だった。そばの噴水は、たくさんのランタン草でライトアップされていて、その光が彼女の半透明の体にうっすらと差している。
綺麗だな……。僕は少し見とれてしまった。
「どうしたの、早良君? 私、何か変?」
すると、山岸は不思議そうに首をかしげた。僕はあわてて、「別に!」と首を振った。顔が熱くなるのを感じた。
「ただ、その、今の山岸さんは眼鏡なしだから、ちょっと新鮮かなって……」
「眼鏡? あ、もしかして、今の私って……」
山岸はそこではっとしたように両手で顔を覆った。そして、急に噴水の水面をのぞきこんだ。おそらく自分の顔を確認したかったのだろうが、水面には何も映ってはいない……。
「ほ、ほんとに、今の私って眼鏡してないの?」
「してないよ。だって、病院で寝てたじゃないか」
「じゃあ、私ずっと、素顔で早良君と一緒に……」
山岸の顔はたちまち真っ赤になった。どうやら、今まで自分が眼鏡をかけてないということをまるで意識してなかったようだ。
「別にそんな恥ずかしがらなくても。設定を変えたから、こっちの世界では眼鏡なしでも大丈夫なんだろう?」
僕は笑った。
「そ、そのはずだけど、早良君とは向こうの世界でも顔を合わせるわけじゃない? だから、そのぶんの恥ずかしさってものがあるのよ!」
「でも、前にワッフドゥイヒを追いかけて路地裏にやってきた時は、素顔でも普通だったじゃないか」
「普通なわけないでしょ! あれはあれで、すごくドキドキしてたんだから! それなのに、早良君は意味不明なこと言うし!」
山岸は急に声を張り上げた。そして、そんな自分が恥ずかしくなったのか、言いたくもないことをついうっかり言ってしまったのか、いっそう顔を赤くしてうつむいてしまった。
そうか、他の人はともかく、僕に素顔を見られるのは、まだ恥ずかしいんだ……。物語の力ってやっぱりあてにならないもんだな。僕はまた笑った。この世界は、作者である僕達の願いなんて、まるで聞く耳を持たないと来ている。
これから僕がやることも、そうなのかな……。
やはり、バッドエンドの結末は覆せないんだろうか。それとも、僕が書いてしまった「未来形」の文章の後に、違う結末を書き足すことができるんだろうか。
やがて、時間になったので、僕達は噴水を離れ、レースのスタート地点であるエリサ魔術学園に向かった。途中、ふと僕はポケットからワッフドゥイヒの腕輪を取りだした。
これをあいつの形見になんか、させない……。
そう強く思うと、それを左腕にはめた。
すると、とたんに五感に違和感が生じた。うまく言えないが、まるで違う誰かの感覚がそのまま体に流れ込んでくるような……。
やがて、頭の中で声が響いた。
「ヨシカズ? 君なのか?」
それはワッフドゥイヒのものだった。
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