第39話
その夜は、僕達は部屋で二人きりで過ごすことになった。山岸の体が半透明で触れないとはいえ、こういう経験は初めてだったのでかなりドキドキしてしまった。
実際、僕達の間には変な緊張感が常に走っていて、ワッフドゥイヒのこと以外はあまり話せなかった。目が合うと、お互いすぐに目をそらした。山岸も、二人きりということは意識してるらしかった。
やがてもう夜も更けて眠ろうという時間になったとき、僕はベッドが一つしかないことを思い出した。まあ、一人部屋だから当然なんだけど。
「ぼ、僕は床で寝るから……」
とっさに言うと、そのまま何もない床に寝転がった。板張りの冷たい床だ。でも、眠れないことはなさそうだった。
「いいの? 私、お化けみたいなものだし、気を使わなくても……」
「いいんだよ! 僕、一度床で寝てみたかったし! アウトローっぽくていいだろ?」
「それを言うならアウトドアじゃ?」
「ア、アウトローでアウトドアだよ。あわせてツーアウトだ。まだ戦える!」
思わず意味不明なことを言ってしまう。こういうとき、かっこいい男はどういうふうに返すのかなんてわかんないし。
「そう。わかったわ、ありがとう」
背中を向けて寝転がっていると、やがてそんな声が聞こえてきた。
僕達はランタン草のランプを消し、眠った。そのまま朝まで何もないはずだった。
けれど、夜中にふと目をさましてみると、僕のすぐ前に山岸が横たわっているのに気付いた。
「え……」
さすがにびっくりしてしまった。ベッドで寝ているはずじゃなかったのか。山岸はすやすや眠っているようだった。窓から差し込んでくる月の光を屈折させながら透過させているその半透明の体は、淡い青白い光を帯びて、とても幻想的だった。
綺麗だな……。
僕はそう思わずにはいられなかった。同時に、もしかしたらとその体に手を伸ばしてみたが、やはり触れることはできなかった。がっかりしつつも、少しほっとした気持ちだった。
僕はそのまま少しの間、山岸をじっと見ていた。彼女は目を閉じて眠っているけれど、その素顔はやっぱり可憐だった。眼鏡をかけている普段の顔も悪くないけど、僕はこっちのほうがいい。
あっちの世界でも素顔で接することができたらいいな。この状況に半ばうっとりしながら考えた。
翌日、学園に登校すると、僕はすぐにアニィとルーを呼んで、人気のないところで「牢屋に忍びこんでワッフドゥイヒを助け出す計画」を話した。山岸ももちろん一緒だ。二人には見えてないけど。
「あんた、本気でそんなこと言ってるの?」
アニィはびっくりしたようだったが、
「そっか、みんなでワッフを助ければいいんだね!」
ルーはノリノリだった。
「みんなでって、ルー、あんたってばこいつと一緒に助けに行く気?」
「うん。ワッフが死んじゃったらいやでしょ? アニィはそうじゃないの?」
「そりゃ、いい気分じゃないけど……いくらなんでも無茶よ」
まあ、普通はそういう反応だよなあ。ルーは普通じゃないから、あっさり協力してくれるみたいだけど。
「別に、無理に協力してくれって話じゃないんだ。ただ、僕はよそから来たばかりだから、ラーファスのことをいろいろ知らない。だから、役に立ちそうな情報を教えてほしいんだ。ラーファス魔術騎士団とか、警吏衛兵団のこととか」
「それぐらいならいいけど……」
アニィは少し渋々という感じだったが、それらについて一般的な知識を話してくれた。なんでも、ラーファス魔術騎士団というのは、竜都長直轄の少数精鋭私兵団のことで、いろんな特権を持っているものらしい。そして、警吏衛兵団というのは警察みたいなものらしい。
「ラーファス魔術騎士団には逮捕権があるから、ワッフはそいつらに連れていかれたんだと思うわ。でも、たぶん今は、警吏衛兵団の詰所に留置されているんじゃないかしら?」
「その場所はわかる?」
「さあ? 詰所って言ってもいくつかあるのよ。そのどこだかまでは……」
「そうか」
まずはそのどれかか、特定する必要がありそうだ。
「ねえ、あんた、本気で助けられると思ってるの?」
「正直、難しいと思う」
「じゃあ、そんなことしなきゃいいじゃない。下手したら、あんたまで処刑されちゃうわよ」
「そうだね。同じことを昨日ある人にも言われたよ。でも、やらないわけにはいかないんだ。僕は絶対に彼を助けないといけないから……」
そう、全ての原因は僕にある。だから、ここで諦めちゃいけないんだ。
「あんたって、そういうキャラだっけ?」
アニィはちょっと驚いたように目を丸くした。
「とりあえず、そのいくつかある詰所の全部の場所はわからないかな?」
僕はアニィに尋ねた。
「それだったら、図書室で調べればいいと思うわ。ラーファスの資料がいろいろあるはずだから」
「……ありがとう」
礼を言うと、すぐにそこから学園の図書室に向かった。ルーが何か言ってついてきそうになったが、アニィに止められたようだった。まあ、ついてこられても。図書室で調べものするだけだしな……。
図書室に行き、「なれる! ラーファス警吏衛兵団」という本を見つけて読んだところ、その詰所は全部で六か所あるようだった。場所もしっかり書いてあった。比較的新しい本のようで、情報は正しそうだった。学生のための就職案内みたいな本だけど。ひとまず、その本を借りて図書室を出た。
「ねえ、早良君。私がその詰所を偵察してこようか?」
教室に戻る途中の廊下で、山岸が僕にささやいた。
「六ヶ所の場所は覚えたし、私なら他の人に見つからないし、壁もすりぬけられるから大丈夫だと思うの」
「そうだね」
すごくいいアイデアに思えた。
「じゃあ、頼む。今からワッフドゥイヒがどこにいるのか探しに行ってくれ」
「了解。終わったら部屋に戻るから待っててね」
山岸はにっこりほほ笑むと、空中でふわりと一回転したのち、廊下の窓をすり抜けて空の向こうに消えて行った。
部屋で待ってて、か……。
なんだか夫婦みたいだ。にやにやせずにはいられなかった。
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