第40話
その日の夕方、山岸は男子の寄宿舎の僕の部屋に戻ってきた。
「早良君、ワッフがどこにいるかわかったわ」
偵察は上手くいったようだった。なんでも、彼はラーファスの「白鳥の方向」にある、警吏衛兵団第三詰所と呼ばれるところにいるそうだった。(竜都は常に空の上を移動しており、東西南北は街の地理の説明には役に立たないので、街の周囲にある巨像を目印にするのが一般的だ)
「ワッフドゥイヒの様子はどうだった?」
「……あんまり元気じゃなかったよ」
山岸は気まずそうに顔を伏せた。生きてはいるが、ひどくふさぎこんでいるということだろうか。無理もない。無実の罪で捕まってこれから処刑されるんだから。
でも、だったらどうしてあいつは学園長の救いの手を拒んだんだろう? やっぱり意味がわからなかった。牢の中で落ち込んでるってことは、今の自分の状況を嘆いているってことだろう? だったら、はじめから……。
まあ、そのへんの真実はあいつにしかわからないことだ。今はあいつを助けることだけ考えよう。
「警備体制はどうだった? うまく忍びこめそう?」
「警備は普通かなあ? 表の大きい門の他に、裏手に小さい門があって、そこからならなんとか中に入れるかも……」
なるほど。関係者専用の勝手口みたいなものか。なんとかなるかも……。
「じゃあ、行こう」
「え? 今から? もっと何か準備とか……?」
「山岸さんが下調べしてくれただけで十分だよ」
そう、今は立ち止まってる時間はない。それに、少なくともワッフドゥイヒが僕と同じ立場だったらそう考えるだろう。
「……そうね。早く助けてあげないと」
実際の彼を見てきたせいだろう、山岸もそれで納得したようだった。僕達は夜が更けるのを待って、窓から外に出た。山岸はともかく、僕は木を伝ってのかなり危うげな脱出だったけど。
宿舎を出て、さらに塀を乗り越えて、ランタン草の街灯に照らされた道に出たときだった。二人の女の子が暗がりから現れた。
「……やっぱり行く気なのね」
「ヨッちん、抜け駆けはずるいよー」
アニィとルーだった。僕の行動を予想して待ってたらしい。
「でもあんた、ワッフがどこにいるのかわかってるの?」
「ああ。第三詰所ってところらしい」
「短時間でよくそんなことがわかったわね……」
アニィは少し訝しげだ。無理もない。ただの学生がたったの半日で、重要政治犯が捕まってる場所を特定するなんて、普通はないよなあ。
「とにかく、場所はわかったんだ。僕は行くよ」
「止めたって無駄って感じね」
「まあね」
「……しょうがないわねえ」
アニィはふいに肩をすくめて大きく息を吐いた。
「途中までついてってあげる。何かと心配だしね」
「本当かい? 助かるよ」
実を言うと山岸と二人だけなのはすごく心細かった。
「ヨッちん、もちろんアタイも一緒だよ」
「君もありがとう、ルー」
ちょっと頼りないような気もしたが、力を貸してくれるというのはやはりすごくうれしかった。僕達はそのまま第三詰所に向かった。ラーファスの夜の街は、無数にあるランタン草の街灯によって、まったく不自由なく歩くことができた。特に今は祭りを数日後に控えているため、派手な電飾のようにランタン草の光で彩られた建物が多数あった。その近くはまるで昼間のような明るさだった。
第三詰所はそういう祭りの準備に忙しい街の中心部からはずいぶん離れた、外れの小高い丘の上にあった。雑木林の中にある建物で、周りの街灯も最低限という感じだった。建物を囲む壁は厚く高く、刑務所を連想させた。まあ、実際そんなような施設なんだけど。
「……で、これからどうするの?」
雑木林の茂みに身を隠して様子をうかがっていると、アニィが尋ねてきた。僕は「さあ?」と答えた。
「実は、どうやったら中に入れるのか僕にもよくわからな――」
「何それ! まるっきりノープランってこと? ありえない!」
「す、すみません……」
確かに、勢いだけでここまで来たのはまずかったかな、ハハ……。
「でも、建物の周りに人気はないし、君の箒で飛んで中に入れるんじゃないか?」
「バカね! 魔法を使ったら、センサーに引っ掛かって即バレるに決まってるでしょ!」
「あ、そっか……」
ここも学園の寄宿舎と同じような魔法感知センサーがついているんだ。そりゃ、警察署みたいな所だから当然だよな。
「じゃあ、レ・ヌーに乗ってひょいと壁を飛び越えれば――」
「それもバカ! レ・ヌーもその手のセンサーに引っ掛かるに決まってるでしょ!」
「じゃ、じゃあ、感知されてもすぐ逃げられるような転送魔法を使えば――」
「バカバカバカ! あんたってほんっとにバカ! 転送魔法ってすごく難しいのよ。大学の空間魔術科を卒業してやっと術の発動に数分かかる下位の転送魔法が使えるかどうかってぐらいなんだから。学生の私達にそんなことできるわけないでしょ」
「そうなんだ……」
先生やフォルシェリ様は普通にぽんぽんワープしてたけど、実はあれ、すごかったんだ。っていうか、相変わらず作者なのに知らない設定がポンポン出てくるなあ、ハハ。
「じゃあ、誰かに頼んで、中から扉を開けてもらえばいいんじゃないかな」
ルーがのほほんと言った。「あんたもバカね……」アニィはさすがに呆れたようだった。僕達、バカですみません……。
「ねえ、早良君、裏口からならもしかしたら入れるかもしれないよ?」
と、そこで山岸がささやいてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます