第17話
「まだいたの……。それもあんなに!」
アニィはたちまち顔をこわばらせた。
「やだやだ! もうやだ! 黒い影怖いよう!」
アニィの懐でアヒルのルーがばたばた暴れ始めた。羽毛が飛び散る。
なんでこんなに怖がってるんだろう?
ふと、不思議な気持ちになった。だって、ワッフドゥイヒの話によると、あいつらの狙いは世界竜で、僕達は関係ないんじゃあ。そりゃ、世界竜が死ぬと僕達も巻き添えで死んじゃうけど……。
「あんた、何ぼーっとしてるの! どうせ何もできないんでしょ! 早く逃げなさいよ!」
と、アニィがルーをこっちに投げながら叫んだ。
「逃げるって何で?」
「バカね! 今のあいつらの目を見てごらんなさいよ!」
アニィは上を指差した。見ると、さっきまで青く光っていた彼らの目は今は赤い光を帯びている。
「あいつらは青い目の時はおとなしいの。人間には無関心なの。でも、赤い目の時はすごく攻撃的なのよ。人間だろうとなんだろうと、視界に入ったものは手当たり次第に殺すわ!」
「ええええ」
思わず震えあがってしまった。ルーも僕の懐の中でまた悲鳴を上げた。
「おそらく、先兵の仲間をやられて、いきり立ってるんだろう。まずいな……」
ワッフドゥイヒは再び剣を抜いた。その顔は真っ青だ。
「全員その場から退避しろ! やつらに絶対捕まるな!」
クラウン先生が鋭く叫んだ。たちまち、恐怖で固まっていた生徒達はクモの子を散らすようにあちらこちらに走った。悲鳴と共に。
だが、瞬間、宵闇の陽炎達はいっせいにすさまじい速さで動き、彼らをとらえてしまった。
「うわああああっ!」
生徒達の苦悶の声がこだました。黒い、細長い影が彼らの体に巻き付き、締め上げているように見えた。
「うわあ、みんな
アヒルのルーが震え声で言った。
「
「うん。心臓が止まって、血の流れが止まって、冷たくなっちゃうんだよ! 大変だよ!」
「じゃ、じゃあ、早く助けないと――」
と、そのときだった。
「俺の生徒に手を出すな!」
クラウン先生が手を前に突き出し、叫んだ。たちまち、生徒達のそれぞれの頭上に魔法陣が現れた。そして、彼らは光と共に消えてしまった。
「あれはもしかして、転送魔法?」
「そうだよ、ヨッちん! 超すごい魔法でみんなを逃がしてくれたんだよ! さすが先生!」
ルーは僕の懐で小躍りした。しかし、見ると、クラウン先生は地面に膝をついていた。どうやら、ひどく疲れているようだ。
「あれだけの数の上位転送魔法を一度に実行したんだ。消耗は相当なものだろう」
「普通の人間ならまず術の反動で死んでるわ」
ワッフドゥイヒとアニィが言う。
「すまない、みんな……。全員逃がすのは無理のようだ……」
「先生、しっかりなさってくださいまし」
倒れかける先生をフェトレが支えた。
「すぐに助けが来るはずだ。それまで頼む……。竜の穴を、守れ……」
クラウン先生はそこで気を失ったようだった。がっくりと肩を落とし、フェトレにもたれかかった。
竜の穴を? そうか、あいつら、あそこから世界竜の体に入るつもりなんだ。
でも、守れって言われても、一体どうすれば。普通の攻撃は効かないし、クラウン先生は倒れちゃったし。見ると、周りの宵闇の陽炎達は一度は手にした獲物を失い、いよいよ殺気立っているようだった。宙に漂いながら僕達を四方から囲み、襲いかかるすきをうかがってる様子だ……。
「ヨシカズ、君は下がっていろ」
ワッフドゥイヒが一歩前に出た。その手には竜頭剣が握られている。
「あたしもやるわ」
アニィも、箒にまたがり空を飛びながら彼に並んだ。
「ぼ、僕も――」
何かやらなきゃと思ったが、足がすくんで動かなかった。さっき目にした、他の生徒達に襲いかかる宵闇の陽炎達の姿を思うと、とても恐ろしかった。
「あんたは無理しないで。そこで先生とルーと、お嬢様のフェトレを守ってて。それがあんたの仕事。いいわね!」
「頼んだぞ、ヨシカズ!」
二人は同時に動いた。そして、それに反応するように、宵闇の陽炎達もいっせいに動いた。彼らの最初の標的は二人だった。敏捷な動きで迫ってくる。
二人はそれを紙一重でかわし続けた。
「アニィ、足止めを頼む!」
「了解!」
アニィはただちに高度を上げ、宵闇の陽炎達から離れた。そして、指輪に仕込んでいた刃物で長い髪をひと房切って、空中にばらまいた。
たちまちそれは、一本一本、うっすらと光を帯びて、魔法のワイヤーになり、下でたむろしている宵闇の陽炎達に巻き付いた。そして、その動きを封じた。
ワッフドゥイヒはその瞬間を見逃さなかった。動きが止まっている宵闇の陽炎に剣を突き刺し、しばし集中した。たちまち、剣が淡く光ると同時に宵闇の陽炎は雲散霧消した。
だが、一匹消したと同時に、アニィの魔法のワイヤーは効果を失ったようだた。時間にしてほんの数秒の出来事だった。自由を取り戻した宵闇の陽炎達はいっせいにワッフドゥイヒに襲いかかる。彼はまたしても、ぎりぎりの動きでそれをかわす。
「きゃあっ!」
上から悲鳴が聞こえた。見ると、アニィの周りにも数体宵闇の陽炎が集まってきていた。彼女もまた必死にそれらをかわすが、その動きはかなりあぶなっかしい。それに、このままでは、さっきの連携が使えない……。
「ああ、ワッフ……」
フェトレも心配そうな青い顔をしてる。その手はクラウン先生の胸元にあてがわれ、淡い緑色の光を放っている。回復魔法を使っているようだ。
「ど、どうしよう、ヨっちん? なんか押されてるよ! やられちゃうよ!」
「助けが来るまで持ちこたえるしかありませんわ……」
お姫様とアヒルはおびえている。僕もおろおろするばかりだった。早く助けとやらが来てほしい……。
と、そのときだった。ワッフドゥイヒにまとわりついていた一匹が、にわかに、こちらに飛んできた!
「きゃあっ!」
「フェトレ!」
フェトレの悲鳴が上がると同時に、ワッフドゥイヒが飛んできた。何らかの移動魔法を使ったんだろうか、それはまさに一瞬だった。気がつくと、彼はフェトレの前に立ち、その体で宵闇の陽炎を受け止めていた。
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