僕が主人公になるまでの物語の物語
真木ハヌイ
第1話
「俺が唯一出来ないことは、俺に出来ないことを見つけることだ」
それがワッフドゥイヒの口癖だった。
その日も、彼はラーファス学園竜都随一の大通りの真ん中でその台詞を吐いた。長い銀の髪を無造作にうなじのところで束ねた、青い瞳の美貌の若者だ。歳は十七歳。麻のチュニックに緋色のストールをまとっている。それはこの学園竜都では最も生徒の多い学び舎、エリサ魔術学園の在校生の証だった。
「それも今日までだ。こちとら、レ・ヌーの競争じゃ負け知らずなんでね」
ワッフドゥイヒをにらみながら、別の青年が言う。赤い髪と目を持つ、彼と同年代くらいの若者だ。その体躯は細身のワッフドゥイヒとはうってかわって筋骨たくましく、顔つきも大変いかつい。
その筋肉青年のそばには、緑のうろこを持つ大きな鳥が二羽、うずくまっていた。移動・運搬用に広く飼育されているトカゲ鳥、レ・ヌーだ。
さらに、二人と二羽のレ・ヌーの周りには、ちょっとした人だかりができていた。
「ワッフドゥイヒがまた何かやるんだって」
「今度はレ・ヌーの競争だってよ!」
「こりゃ、また、あの銀髪坊やの勝ちか?」
「いや、あえてあたしは筋肉のほうに賭けるね!」
人々はお祭り気分だ。どちらが勝つか、賭けを始める者すらいた。人気は圧倒的にワッフドゥイヒだった。
「は、今に見てろ、お前のその綺麗な顔の鼻っ柱、俺がへし折ってやる!」
筋肉男は憤然と叫ぶと、近くのレ・ヌーの鞍にまたがった。その重みでレ・ヌーがきゅうと鳴いた。
「大丈夫かい、そのレ・ヌーは始まる前からだいぶ苦しそうだけど?」
ワッフドゥイヒも軽やかに自分のレ・ヌーにまたがった。彼の乗ったレ・ヌーは鳴き声をあげなかった。代わりに周りの人々がどっと笑った。
「外野がピーピーうるせえんだよ! とっとと始めるぞ!」
「ああ!」
二人はそれぞれの手綱を引いた。瞬間、二羽のレ・ヌーが空高く飛びたった。地面を――人の住まう空飛ぶ大地、世界竜の背を蹴って――。
「……今日はここまででいいかな」
僕はそこでシャーペンを止めた。新しい章が始まって、最初のシーンだ。誰にも見せる予定のない小説とはいえ、ここは丁寧に、じっくり書きたい。
シャーペンを筆立てに戻すと、机の上に広げられたノートをなんとなくぱらぱらめくった。ノートの三分の一くらいは、僕の字で埋め尽くされている。学園竜都、ワッフドゥイヒ、レ・ヌー、そんな言葉が目に飛び込んでくる。
それらはいずれも一人の男子高校生が暇つぶしに書いた、ファンタジー小説の設定だ。虚構だ。創作だ。作りごとの嘘の世界だ。
そう、そのはず、だった――。
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