第13話「顔面蒼白。初めてです。」
シーンとした静寂が自分を包んでいる感覚。
夢ではないが、起きているわけでもない。夢と現実の狭間、そんな感じだ。
(…俺は、どうなったんだ…)
真っ暗な暗闇の中、男は考える。
(俺は、確かリックさんやトボロさんに言われて、冒険者の女二人の情報を……)
徐々に覚醒していく頭の中で、男は自分が今まで何をしていたのかを思い出す。
分かる。思い出せる。俺が目を瞑る前に、一体何があったのか。
(盗んだものを落として、見つかって…奪い返そうとして……)
最新の記憶に近づいていく。真新しい記憶に近づくにつれ、記憶は鮮明に蘇る。
(だけど、油断して…そうだ、小さい方の女の子に、馬鹿みたいな力で殴られて……ッ)
ズキっと、お腹の方が痛む気がした。
痛む理由を男は知っている。忘れれる訳が無い。
痛みが引き金となり、男の脳と心は現実へと戻り始める。
「…ん……」
何やら寒気がする。物理的にも感じる寒気が全身を突き抜けてくる。
脳の発する危機感知に呼び起こされ、男はゆっくりとまぶたを開ける。
「………………………ん?」
やっとの思いで開けたまぶた、その瞳に映るのは自分が気絶した時と同じ景色。だがやたらと見えやすいような気がする。
「ん、なんだ…体が動かなーーー」
その場から動こうと身動ぎをしようとするが、何故か一切体が動かない。まるで何かに縛られているかのようだ。体も腕も何もかもが動かない。
「ん…?コレ……もしかして…」
疑いは確信に。男の考えうる最悪の事態。その考えは、ものの見事に当たっていた。
動かない自分の体を見れば、そこには細いツタが何重にも巻き付けられ木に縛られている自分の体が。
「なんか縛られてるーーーッ!!??」
どんな人間であろうと、目を覚ましたと思えば、まさか体がツタによって頑丈に木に縛られているなんて思いもしないだろう。
「なんだ、コレ……!!ぜんっぜん動かねぇ!!」
どれだけ動こうとしてもツタはピクリともしない。一本では細いツタだが、それが十数倍もの太さになる程の数で縛られている。
「しかも何故か上着がないっ!!?……ヘックシッ!!寒っ!」
しかも自分の上半身を見てみれば上から羽織っていたハズの上着がすっぽりと無くなっていた。
空を見れば、太陽は少しづつその姿を隠し始めている。季節は夏ではある。だが、ここの大陸は夜にもなれば身を凍らせるような寒さが襲ってくる。
夜と言わず、既に寒いのだが。
「ぶえっくしょーんッ!!!!」
その日、夕方の日に染る森の中で男らしいくしゃみが響き渡ったという………
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふっふっふ……!!」
璃々花は笑顔を浮かべている。だがその笑顔は、よく見る少女っぽさのある可愛らしい笑顔とは違って、良いイタズラを思いついたような悪い顔をしていた。
「どうですかフィリアさん。コレなら盗賊さんだって騙されますよ!」
口角を上げ怪しそうに笑う璃々花の頭には、どこかで見た事のあるフードが被られていた。
「…いい作戦があると聞いて期待したのですが…本当にそれで盗賊を誘き出せるんですの?」
フィリアは諦めたように息を吐きながら、一応璃々花に成功する有無を聞く。
「出来るはずです!これで仲間だと勘違いした盗賊さんを騙して情報を聞き出すんです。我ながら完璧ですね……!」
「…だといいんですけど……。」
自信満々に答える璃々花に、半場諦めたようにフィリアは応える。
確かにその作戦の内容だけを聞けばいけそうにも感じるが、ほんの少し考えれば「いや、無理だろう」という結果にたどり着くというのにも関わらず、この作戦の立案者である璃々花は失敗を疑っていない。
「とりあえず、フィリアさんは離れていてください。一人分しか無かったんで、服を着ていないフィリアさんが居たらバレちゃいますし。」
「はぁ……まぁ、他に作戦がある訳でもないですし。ここはその作戦でいきましょう。」
村を出る前に、年上としての威厳を保つために、一応作戦があるかのように話したが、結局いい作戦など出てくるわけでもなく。
首を傾げたい程に疑問の尽きない璃々花の作戦にも従うしかない。
「この森から盗賊を追い出すには、最終的には敵の頭を叩かなければいけません。もし敵が釣れた時は、本拠地以外にも重要なことを聞き出してくださいね。」
「はい、任せてください!」
元気よく返事をした璃々花を見守りつつ、フィリアは璃々花から離れて行く。
見失わない程度で璃々花から距離をとると、璃々花は森の中を歩き始める。
ある程度整備されてはあるものの、あまり人工的に手が加えられていないこの森では、少し離れれば数多ある木々に遮られ、璃々花からはフィリアも、またフィリアからは璃々花の姿が見えずらくなる。
(もしもの場合のためにも、見失うのだけは防ぎたいですわね。)
こんな所ではぐれてしまえば見つけるのは難しい。何せ璃々花には探すためのヒントとなる魔力がないのだ。
信じられるのは自分の眼のみ。フィリアは自分の足元をすくわれないように気をつけながら、ジーッと璃々花を見つめ続ける。
「……うーん…特に人の気配もしませんね…。」
璃々花も眼だけではなく自前の感の良さを使って探してはいるものの、人っ子一人見つけることは出来ない。
というよりも、獣の反応すらない。
「なんだか……ちょっと怖いですね。」
空も少しづつ暗くなってきた。
夜になれば一層見つけにくくなる。一日で見つけようとは思わないが、早めに見つけるに超したことはない。
「夜になっちゃう前に、見つけましょう……」
璃々花は気合いを込めて探そうとしたその瞬間。
「っ!これは、人のけはーーっ」
「見つけたーーーーーーーっ!!!!!」
璃々花が何かの気配を後方から感じ、振り向いた時には、力いっぱいに込められた腕が璃々花の真横をかすめ取る。
「…………ひぇ?」
拳から発される衝撃は璃々花の髪をなびかせ、地面に埋まる。
璃々花は顔面蒼白になりながら、隣を見る。
当たってもいない地面に穴を開けた拳。そんな拳で殴られたら骨が折れるという話では済まなかった。
改めて自分の反応の良さにありがたく思う。
「ちっ。外したか!」
「ーーリリカさんっ!!」
遠くでフィリアの呼ぶ声が聞こえる。その声が耳に届き、璃々花は目を覚ます。
恐怖している場合じゃない。今自分は攻撃されているのだと。
「くぅ…とりあえず反撃をーーーっ!?」
「させるかッ!!」
反撃を試みるも、相手の方が一手速く動く。体の軸はブレることなく、回し蹴りが璃々花へと襲う。
「きゃぁ!!」
なんとか鉄棒で防ぎはしたものの、相手の力が強くそのまま吹き飛ばされてしまう。
吹き飛ばされた璃々花になお追い打ちをかけようと飛びかかる敵を見て、フィリアもまた助けに入ろうとその場を駆ける。
「ーーアレは、女性?それにしても、なんて速い身のこなし……………………?」
遠くから魔法を放てば、またデッドスキルが作用し璃々花へと向かってしまうかもしれない。フィリアは璃々花のギリギリまで近づこうと走っていた。
しかし近づくにつれ見えやすくなった目に映ったのは、璃々花に攻撃をした敵と思われる人物の外見だった。
「……っ、あの髪色…顔…声…そしてあの身のこなし……まさかっ…!!」
敵の正体を見破ったフィリアは目を開き驚愕の表情を浮べる。
「まさか盗賊に女の子がいるなんて思ってもいなかったな。ちょっと気が引けるけど、気絶ぐらいはしてもらうよっ!」
「くぅ……!!」
そんな間にも、吹き飛ばされ地面に叩きつけられた璃々花の目前まで、敵は迫っていた。
「罪のない村の人を襲う悪い奴らは、このあたしが許さないっ!!」
「…っ、村人…!?」
敵の言葉を耳にして、璃々花の脳は瞬時にその正体を暴き出す。
この戦闘は璃々花のややこしい作戦のせいで起きたものだという所までは瞬時に理解出来たが、相手の行動を止める術は、今の璃々花には無い。
(マズい…………!!)
覚悟した璃々花は目を閉じ、体全体に力を込める。
「スゥ……」
息を吸う音が聞こえてくる。それは、力込めているなどとは違い、ただの深呼吸のように。そしてそれは、璃々花でも敵でもない。
ーーそれは
「………カナンッ!!!そこになおりなさい!!!」
「っ!?ごめんなさい許してくださいお嬢ッ!!!!!」
フィリア一言によって、つい一瞬前まで敵意をむき出しにし飛びかかってきた相手は、驚愕と怖気ついた表情を浮かべながらその勢いのまま地面の上に正座をする。
「「……………………え?」」
何が起きたのかが読み取れず呆気に取られた璃々花と敵は目を丸くしてフィリアを見る。
「…あれ、この声……お嬢…?」
「はぁ…まったく、見ない間に外見は少し成長してはいますが、やっぱり中身は貴方のままですわね、カナン。」
カナン、と呼ばれた相手はスライディング正座をしたまま、ありえないという顔をしてフィリアを見ている。
そんなフィリアは心底残念そうな顔をして女性を見ている。
「お嬢…お嬢っ!お嬢だ!!間違いないっ!!髪も顔も目つきもその喋り方もお嬢だーー!!」
「はいはい。相も変わらずうるさいですわね。」
「………えーっと…?」
カナンはとても興奮しているのか目をキラキラと輝かせながらフィリアに近づく。
近づく顔を手で掴み遠ざけるフィリアの表情は呆れた顔をしてはいるがどこか嬉しそうにも見える。
「あのー……フィリアさん。その方は…?」
一方、目の前で起きている状況に追いつけていない璃々花の頭の上には、ハテナマークが恐らく五個以上は並んでいる。
「あぁ、すみませんリリカさん、紹介いたしますわ。ほら、シャンとする!………この方はカナン。昔、私の護衛兼召使いだった人ですわ。」
「えっへへー、召使いにはなったつもりはないけど、よくお嬢とは遊んでたんだ。いうなら幼なじみ?」
「腐れ縁ですわね。」
「えー、ヒドイなお嬢ー。」
思いもよらない接点に璃々花は「へぇー…」としか言えなかった。
だがこの様子を見れば、二人とも仲は良かったのだろう。それにフィリアの知り合いなら、悪い人ではないはずだ。
ただ、この状況についていけないだけで。
「えーっと、じゃあ…改めまして。初めまして、あたしはカナン・エルシィード。さっきも言った通り、お嬢とは昔の友達だよ。ごめんね。そんな服きてたから、あたしてっきり盗賊かと思っちゃった。」
「えっ、あ、はい!こちらこそ、紛らわしくてすみません!私は綾瀬璃々花って言います。よろしくお願いします…えっと、カナンさん?」
「うん!よろしくね…うーんと…うん。よろしく、リリー。」
「………リリー?」
「あだ名ですわ。カナンは仲良くなったらとりあえずあだ名で呼びますので。」
「そ。お嬢は一応貴族の端くれだからお嬢ね。」
「一応は余計ですし、端くれじゃなくとも貴族ですわ。」
なんだろう。二人共が話すとまるで漫才に見えて仕方がない。
あのクールで上品(?)なフィリアがここまでくだけているのを見ると、それ程までに仲が良かったのだろう。
呆れて困った顔をしてはいるものの、フィリアからはどこか再会できて嬉しそうな顔をしている。
「まぁ、それはいいとして。再会の喜びはここまでですわ。カナン、貴方に聞きたいことがあるの。」
「ふーん、そっか。奇遇だね、あたしもだよお嬢。あたしも2人に色々と聞きたいことがあるんだ。」
先程までの朗らかな雰囲気を打ち切り、話を本題へと移すと、カナンもその場の空気を読んだのか、真面目な顔つきになる。
璃々花は紛らわしい盗賊の服を脱ぎ捨てると、3人は周りが安全かどうかを判断し、話を進める。
「まず最初に。私の予想ですと、村長であるジニーさんが助けを求めた旅人というのは…」
「うん、正解。それはあたしだよ。今は旅をしてたんだけど、たまたまナールダ村に行き着いてさ。世話になってたら盗賊の話を聞いたんだ。聞いたら、ホラ。助けないわけには行かないじゃん?」
「そこも、変わってないですわね。では次、となると貴方は今盗賊を追っているのね?」
「うん。盗賊のボスを見つけて、ここから追い出す。それがあたしが受けた依頼。」
「………なら、話は早いですわね。」
フィリアは何か考えついたのか璃々花を見る。フィリアの顔を見る前から、璃々花も既に同じ意見にたどり着いていた。
「…カナンさん、お願いがあるんです。私たちも同じく盗賊を追い出す依頼を受けてます。同じく村長のジニーさんに。私たちの目的は一緒。だから…私たちと手を組んでくれませんか?」
「ーーーーーー、ふ〜ん。」
敵は同じ。目的も同じ。ならは手を取り合い戦えば怖いものなしだ。提案をし握手するために手を伸ばした璃々花の表情を見たカナンはフッと笑うと、右手を伸ばす。
「………むぎゅっ!」
しかしその手は璃々花右手ではなく、璃々花の頬にたどり着いた。
「悪いムシだったりしたら追い払おうって思ったけど、あたしの思い違いだったね。ごめんねリリー。」
そう言うとカナンは頬から手を離し優しく璃々花の頭を撫でる。
「もちろん、協力させてよ。あのお嬢が加われば、怖いもんなしだ。」
「…決まり、ですわね。」
嬉しそうに口角を上げるフィリアの顔を見て、へへっと笑ったカナンは手を真っ直ぐ垂直に伸ばす。
それを見た璃々花とフィリアもその手に重ねるように手を伸ばす。
「よーっし、それじゃあここに、『盗賊を追い出し隊』結成だ!!頑張るぞー!!」
「おーーっ!!」
「お、おーー……そのネーミングはどうにかなりませんか……?」
ここで一人、同じ目的を持つ仲間が璃々花とフィリアに加わるのだった。
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