第12話「目とか体とかがピリッと。」





「う〜ん……」



 高く太くそびえ立つ無数の木々の間に、これまた無数に生えた草の間を血眼になって見つめる。

 見ているこちらまで目が乾燥しそうな程に何かを探す璃々花を横目に、フィリアもまた璃々花ほどでは無いが見落としがないように、集中して森の中を見渡していた。



「う〜〜〜〜〜ん………」



 村長から依頼の話を聞き、目当てである盗賊、そして別に依頼したという女性と行方が分からなくなったという村長の孫を探しに二人は森に入った。入ったのだが



「いませーーん!!」



 静けさのあった森の中に、一人の少女の甲高い叫び声が響き渡る。



「静かに。敵にバレますわよ。」


「うへっ……」



 目的のものが見つからない悔しさを全身で表していた璃々花の頭に、軽いゲンコツが落ちてくる。



「ですがやはり、簡単には見つかりそうにもないですわね。」



 意を決して森に入り恐らく一時間、もしくは二時間は経っただろうか。その間にも何度か見つけた人畜無害な生物に目を奪われながらも、人影を探してはいた。

 そろそろ目が疲れてきた頃、多少の会話をしながらもなるべく声を抑えていたフィリアと璃々花だったが、あまりの見つからなさにとうとう璃々花の口から声が漏れ出した。

 ここいらが集中力の限界かと、フィリアは少し警戒を解くと璃々花に話しかけた。



「でも、結構歩いたと思ったんですけど…森って大きいんですね。」



 フィリアに声をかけられた璃々花も、ガン開きにしていた目をフィリアに向けると、目が疲れたのかパチパチと瞬きをする。

 敵は盗賊、素人並みの感想ではあるが彼らは何よりも見つからないことを優先にしていると思ってはいた。そのため、そう簡単には見つかりはないと思ってはいたが、ここまで血眼になって探しても形跡すら見つかはないとは思ってもいなかった。



「えぇ。森の大きさ、木々の生い茂り方といい、身を隠すにはもってこいな環境。これは、長丁場になりそうですわね。」


「うーん………私が魔法を使えたら良かったのに……」



 もし何か便利な魔法が扱えたら、と悔やんではみるが、どれだけ悩んでも璃々花には無い物ねだりだろう。



「でも、貴方の身体能力には驚いていますわ。その、お父様から頂いた武器もリリカさんには合っているようですし。」



 フィリアは璃々花の腰に携えられた棒を覗き込むようにして見る。

 特に特別な装飾はされておらず、パッと見てもジーッとよく見てもただの硬そうな棒に見える。



「はい!なるべく軽く硬くって造ってくれたこの棒、すっごく使いやすいです。」



 何も武器を持たずに冒険者をやっていくのは無理だ、とサリアがティラエル家の総力をかけて造ったという、璃々花専用の武器だった。



「結構貴重な鉱石なども使われていますから。精度、出来栄えともに高度な筈です………ですが、『棒』というのは些か名前としては、その……」


「うっ……ダメですかね…?」



 見かけはただの棒なのだが、武器としての性能はかなりの価値があるらしい。

 それだけの価値があるというのに、見たまんまの名前で呼ぶのは、この武器も可哀想になってくる。



「じゃあ………」



 璃々花は頭の中で、棒に関する名前をひきずりだす。自分が見て聞いて感じた名前を記憶の底から探し出す。



「……あっ、じゃあ『鉄棒』はどうでしょうか。」



 鉄のように硬い棒、という概念で名前を探していた璃々花の脳内に、小さい頃に遊んでいた遊具の名前がパッと現れた。

 しかし、悩みに悩んだ末に出た名前がこれである。



「それも見たまんまのような………いや、一周回って名前のように思えなくも…?」



 フィリアは流石におかしいと思い口を出そうとしたが、名前を頭の中で繰り返さほど、逆にしっくりきてしまった。



「よしっ!鉄棒で決まりですねっ!これからもよろしくお願いします、鉄棒さん!!」



 心底嬉しそうに鉄棒を眺める璃々花を見ていると、なんでもいいかと気持ちになってきた。本人がいいと言っているのなら、それでいいのだろう。



「しかし、本当に見つかりませんわね。案外喋っていたら見つかるかもと思いましたが…そうはいかないようですわね。」


「フィリアさん、何か魔法で見つけやすくするとかって出来ないんですか?」


「魔法で?」


「私は魔法が使えないのでわからないですけど、魔法があれば並大抵のことは出来るのかなって。」



 璃々花にとって、こちらの世界の在り方は、璃々花が持つ数少ないゲームや漫画の世界と同一のような存在だった。

 璃々花の持つものには漫画などでは目を良くする魔法や隠されているものを見る魔法などがあったため、こちらの世界でもそうなのではと思い提案をしてみたのだが



「まぁ、そういった補助系の魔法はあるにはあるのですが…あいにく私はその類の魔法は使えないですわ。私はお父様から主に攻撃系の魔法しか教わっていないので。」


「そうなんですか?でもそっか…火属性ってサポートしにくそうですもんね。」


「何故か私の家系って攻撃型らしくて……お父様にもそう育てられたので補助の魔法はいらないかなと思ってたんですが……この状況になるのだったら、覚えておくんでしたわ。今になると少し悔やみますわね。」


「今のままでも助かってますし、フィリアさんはそのままでもーーーって、っわわ!!」



 ため息を吐くフィリアに、声をかけていた途中、璃々花の体が大きく揺れる。



「ぎゃふっ!」



 歩いていた足が何かによって阻まれる。



「だから気をつけてと言いましたのに……」


「うぅ、ごめんなさい……いてててーーーん??」



 地面に強打した顔面を摩りつつ、歩みをとめた元凶を見ると、そこには何かキラキラ光るものが落ちていた。



「?なんでしょう、コレ。」



 璃々花は落ちていた物を拾い上げる。

 それは手のひらに収まる程の大きさだが、持ってみるとかなり重たい。この重さなら歩いている璃々花の体重にも潰されないだろう。

 よく丁寧に磨かれているのか、手で擦ってみるとよく滑る。微かに空から落ちる光が反射してとても輝いて見えるソレは、パッと見てもよく見ても高価なものと想像できる。



「これは、どこかで見ましたわね。確か…………あぁ、ジニーさんの家に飾ってあったものと同じような姿形ですわね。」



 依頼の話を聞くときに家に赴いた時、確かに壁や天井などに目立たないように置いてあった。話を聞くのに集中していた璃々花は一切覚えがないが、余裕を持って周りを観察していたフィリアには見覚えがあった。



「でも、なんで村長さんの家にある物がこんな所に……?」



 明らかに自然物ではない物が、こんな森の中枢近くに落ちているのはおかしい。

 それに、ここに来るまでに未だ魔獣や獣には出会わなかったが、かなり森の奥に入るため、いつ襲われてもおかしくはない。そのような場所に魔法を使えない村長たちが進むのはありえない。



「…もしや、これはーーー」



 何かを閃いたようにフィリアが呟く。



「ーーーそこの君たち!」



 フィリアが何かに気づいたその時、二人の背後から呼び止める声がする。



「ーー!!」



 思わず二人は体の向きを変え声の正体に向かい直す。

 今まで誰も居なかったはずの場所に、緑色のフードを被った男が立っていた。

 男、と言っても目元まで隠されたフードのおかげで判別できないが、声質と体つきで男だとなんとか判定できた。



「いや、急にすまない。その、君たちが持っている物なんだが……多分、ソレは俺が落としたものなんだよ。」



 男は先程とは変わり穏やかな口調で話し始める。その喋り方はゆったりとしていて、落ち着いていた。


 ーーしかし、フィリアは警戒を解かない。



(この男、もしかして……)



 その理由は一つ。名家の跡取りとして高度な魔法や戦闘の教育を受けていたフィリアでさえ、璃々花の身体能力や五感は通常の人間とはかけ離れていると感じた。

 しかし、そんな璃々花でさえ、背後にいた男に気づきもしなかった。拾った物に気を取られていたのもあるが、獣のカンとも呼べる璃々花の感知能力に引っかからないなど、ただの人間では不可能だ。



「どこかで落としてしまったって焦っててさ。いやぁ、見つかって良かったよ。」



 男が一歩、足を踏み出す。それと同じようにフィリアもまた、思わず後ろに一歩足を引く。

 何か様子のおかしいフィリアを見た璃々花は、正体までは気づかずとも警戒心を抱く。

 だが警戒されていることに勘づいた男は、軽く笑みを浮かべていた口をつむぐ。



「…こう見えて私は名家の出でして。これがかなり高価なものだというのは見て分かりましたわ。恐らく、この当たりの名家や富豪などが持っていたのでしょう。…失礼ですが、少なくとも、貴方とはあまり釣り合わないように見えるのですが。」



 フィリアは相手を刺激しないように、言葉を選びながら挑発をかける。恐らく自分の予想は的中している。だが、それが当たっていたのなら幸いと同時に不運とも呼べる。

 目的の相手が目の前に現れた、しかしそれが本当なら一筋縄ではいかない。相手の手は何も分からない。



(さて、どう来るか……)



 本来なら敵の拠点を見つけ、頭を叩く作戦でいたが、なんの準備も出来ずに出会ってしまった。フィリアは自分の頭をフル回転させる。



「ーーそれは、幼なじみの裕福な坊ちゃんから貰った大切なものなんだ。口は悪いけど、こんなチンケな俺にも接してくれる良い奴でさ。そんないい物さえ俺にくれたんだ。だからさ、それは金銭的価値じゃなくて、大事な友人から貰った大切なものなんだ。返してくれると嬉しいんだけど……」



 しかし、相手も頭が回る。恐らく挑発だということは分かっているものの、それには乗らず、言葉を返してくる。



「……………」



 必死にその頭を働かせる。

 男が恐らく目的の敵であることに間違いはない。探していた相手が自ら現れてくれたのだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。



「………そうですか。それは、申し訳ございません。そのような理由があるとは知らず。でしたら、コレはちゃんとした者の手に戻るべきですわね。」


(今相手の言い分を否定する材料は、コチラにはありませんわね。とりあえずは、返すしかありませんか。)



 フィリアは考え抜き、行動に移す。下手に敵だと決め付けて動けば逃げられることもありうる。

 あくまでこちらも偶然を装って、相手の元へと少しづつ歩いていく。

 一歩づつ歩み寄るフィリアに対し、相手も同じようにフィリアの元へと近づいていく。



「疑ってしまって申し訳ございません。いけないとは思っていても、私そういう性格でして。」


「いや、大丈夫ですよお嬢さん。こんな怪しい格好じゃ疑われて仕方がない。」



 二人は乾いた笑顔で徐々に間を詰めていく。数歩、少しの会話を挟んで歩くと数メートル離れていた間は、人一人分の間まで縮まる。



(出来るかは分かりませんが……今はーー)




 男の手が、目的の物を取るためにフィリアへと近づいていく。

 残る数センチ、数秒で、彼の手が触れる








「ーーーところで、村長の家に忍び込んだのは貴方ですわね?」







 一瞬、空気が止まる。フィリアが疑問を直球で相手にぶつけたことにより、男はうっすらと浮かべた笑いを止め、目を細める。



「ーーはっ」



 男は今までうかべていた偽物の笑顔を消すと、フィリアの手に握られたものを奪取するため、ソレを掴むとその場から退くため後方へと身を引く。



「リリカさんっ!」



 それを予期していたフィリアは、物を取られた右手で腰に下げた武器を取り出す。その間にも場を離れようとする敵の背後から、フィリアの号令を受けた璃々花が、己の武器である鉄棒を薙ぎ払う。



「なっ…早い…っ!」



 背後からの攻撃を察知した敵は地面を蹴り璃々花の頭上高くに飛び跳ねる。



「あぅ、すかした!!」


「ちっ………これでも、くらってなっ!!」



 敵は腰に着けた道具袋から丸く包まれた玉のようなものを放り投げる。

 謎の玉に気を取られていると、玉は投げられた時に抜かれた栓により中心から衝撃が加わり、一気に爆発する。



「うわっ、眩しいっ!!」


「これは、閃光玉っ!?」



 玉を見ていた二人は眩い光をもろに受けて、その場で立ち止まる。



「マズい……敵が……!」



 視界を奪われ動くことが出来ないでいる二人を背に、敵は退散していくのだった。















「アイツら…まさかあの二人がトボロさんの言ってたギルドの……」



 物を取り返し、戦闘から離れた盗賊は背後を気にしつつ、仲間に情報を伝えるために身を隠す拠点へと足を速める。



「だけど、トボロさんの言っていた情報通りまだ子供…しかも女。警戒してたけど、別にする必要もーーー」



 二人の力量を測定した盗賊は、であった少女二人が追いかけてくる気配を感じず、警戒する必要も無いと足を緩める。



 ーー瞬間。



「っ、逃がしませんっ!!!」



 何かが自分の真横を通り過ぎた気がする。

 盗賊は気配を感じ振り向くと、そこには先程まで視界を奪われていたはずの少女の姿があった。



「なにッ!?」



 隙をつかれた盗賊は思わず走る足を緩めてしまう。それを逃さず、璃々花は追い打ちをかけるように鉄棒を薙ぎ払う。



「まずーーっ!」



 そう思ったの束の間、薙ぎ払われた攻撃は体勢を上手く整えられなかった盗賊の脇腹に命中し、その体を吹き飛ばす。



「ぐあぁっ!」



 攻撃を守ることも無く受けた盗賊は、その勢いで体を吹き飛ばされ背中を木に強打する。



(そんな馬鹿な!魔力は感じなかったぞ……!?しかも、この力…ただの子供の力じゃねぇ…!)


「…っ、いや、んな事考えてる場合じゃあねぇ!」



 衝撃に頭を混乱させていた盗賊は、絡まる思考を捨て、ただ一人の敵に集中する。

 盗賊は逃げることを諦め、背中に隠し持っていた武器を取りだす。



「あれは……弓?」



 盗賊は璃々花を見据えながら、地面に落ちている木の枝を集めながら走り出す。

 見た目はゲームに出てくる弓の形をしているが、知らない事ばかりなこの世界で迂闊に動くとまずいという事を知った璃々花は、武器を構え盗賊をじっと見る。



「へぇ、動かないのか。ならこっちも好都合だっ!」



 警戒して動かないでいる璃々花を見て、盗賊は自分の武器であるクロスボウに木の枝をあてがい魔力を込める。



「ふっ!!」



 狙いを定めた盗賊は大きく引いた木の枝を発射させる。



「木の棒……って、うわわっ!」



 璃々花は放たれた木の枝を見逃さずこれを鉄棒で弾き返す。

 木の枝だと言うのにも関わらず、その振動は弾いた手が少し痛むほど力が強い。



(手がちょっと痺れる…あの武器が特殊なのでしょうか……それとも、何か強める魔法とか…)



 所詮木の枝だと軽く考えていた璃々花は気を引き締める。



「なら、この数はどうだっ!!」



 攻撃を弾かれた盗賊は、質ではなく数で勝負に出る。

 一度放った後に間髪入れずもう一度放つ。無数の木の枝は狂いもなく璃々花の元へと飛んでいく。



「っ!」



 璃々花は鉄棒を握りしめ、足に力を込めて踏ん張る。己へと放たれた攻撃を見失わないようにじっと見つめる。



「やあぁぁ!!」



 鉄棒の届く範囲内に達した木の枝を、自分に当たらないように地面や空中に弾き返す。鉄棒によって弾かれた木の枝は、その体を折るものや璃々花の後方へとその身を飛ばす。

 そして、最後の一投を見据えた璃々花は、ただ弾くのではなく、体勢を変えて狙いすまして同じように弾く。



「ふむ…これは言わば、野球ですね…っ!」



 自分の元いた世界において似たような動作をするスポーツに既視感を持ちつつ、木の枝をボールに見立て、木の上にいる盗賊に返す。



「へぇ。」



 思いがけない反撃に盗賊は感心しながらも、落ち着いて向かってくる木の枝を撃ち抜く。自分の目の前でぶつかりあった木の枝はその身を細かく破壊する。



「なかなかやるじゃねぇか…………………っ!!?」



 そう褒めたのも束の間、散っていった木の枝の奥から、鉄の棒が勢いよく回転しながらこちらへと向かって来る。



(自分の武器を投げただとっ!?……だがっ)



 盗賊は一瞬で落ち着きを取り戻し、次は放つ獲物を木の枝から石に変え、また魔力を込め飛んでくる鉄の棒に向かって放つ。

 ガンッ!と硬いもの同士のぶつかる音がすると、鉄の棒はその反動で持ち主の元へと帰っていく。



「えっ、うわわっ!」



 投げた目標ではなく、逆に自分の元へと飛んでくる鉄棒を璃々花は掴もうーーと考えたが、傍から見ても勢いの着いた鉄棒を掴めるわけもなく、誤って自分に当たらないように鉄棒を避ける。



「ふぅ。」



 自分の目の前で地面に突き刺さった鉄棒に安心して息を吐く。

 だが、その隙を与えぬように、盗賊は道具を入れたポーチから丸く紙のようなものに包まれた道具を取り出し、クロスボウにセットすると、魔力を込めることなくそれを放つ。



(あれはさっきの眩しいやつ……?ううん、でもさっきはあの弓を使ったりはしてなかったはず……)



 次から次に正体の分からない物を使う盗賊に、璃々花は一層警戒を強める。自分の元へと一直線に飛んでくる謎の球体を見逃さず、地面に突き刺さった鉄棒を抜き、これをまた弾き返す。



「…っ、わふっ!?」



 しかし、弾き返した物体は強い衝撃を加えらると、その包んでいたガワが解け、粉のような物が空中に漂う。

 至近距離で散った粉を璃々花は思わず吸ってしまう。



「…っ、何これ、体が…」



 粉を吸ってしまった璃々花の体は、徐々に痺れを訴え始める。

 璃々花は瞬間的に察しする。この症状は、今までに感じたことは無いが、憶測で分かる。



「モロにくらったな?痺れる鱗粉を羽からだす魔蟲からとった、俺特性の麻痺玉だ。人には使ったことはねぇけど、多分あと一時間はまともに動けねぇぜ。」



 徐々に体全体が痺れ始める。体の自由が奪われ始め、璃々花は片膝を着く。



「そこで止まってろ。命は貰わないが、俺たちの拠点に来てもらうぜ。」



 男は道具袋から獲物を取り出す。先程の木の枝とは違い、先端が鋭くとがった明らかに殺傷能力を持った武器だ。



「諦めて人質になりなっ!!」



 武器にあてがわれた獲物を、男は全力で引き絞り動けない璃々花に向かって発射する。

 狙いは足。まともに食らえば、華奢な璃々花には深く刺さってしまうーー



「ッ、炎柱!!《フォルガ・クレナ》」



 万事休す。そう思った璃々花の目の前で、姿を隠すように炎の柱が立ち上る。

 炎柱はその熱で盗賊の攻撃を飲み込み溶かす。



「なにっ!?」



 当たると確信していた攻撃が、目の前で防がれる。思いもよらぬ結果に男は思わず手が止まってしまう。



「ありがとうございます、フィリアさん……!!」



 誰がなんて答えは、見る前に分かる。

 感謝をし、ひとつ呼吸を整える。何故かは分からないが、麻痺していた体はみるみるうちに自由を取り戻していく。



「これなら、いける!」



 完全に体の自由を取り戻し、素早い動きで距離をどんどん縮める璃々花。

 攻撃を防がれたこと、思っていたよりも早く麻痺が解けたこと。それらに混乱しながらも、向かってくる璃々花を迎撃しようと、盗賊は道具袋に手を伸ばす。



「木の棒、いやそれじゃ無理だ…!ならまた麻痺を……っ!!」



 盗賊は焦りで思考回路が滅茶苦茶になってしまう。何を撃ったところで弾き返される。また動きを止めたところで、また回復されてしまう。



「くそっ……こんな、ところで!!」



 打つ手が無いと察し、その場を駆け離れようと足に力を込めるが、その行動は既に遅かった。



「これでっ、終わりです!!!」



 既に目の前までに距離を詰められていた男は、風を押し退けて振るわれる鉄の棒を見て汗を流す。



「カッ…………!!」



 とても小さな少女の力とは思えない程の力と速さで、鉄の棒は振るわれ男の腹に命中する。

 その一撃は、男の意識を奪うのには十分だった。



「ーーリリカさん!」



 後ろからフィリアが近づいてくる声がする。まだ少し目元が眩んでいるのか少しフラついてはいるが、目立った外傷はない。

 璃々花は男が地面に伏せ、起き上がらないのを見ると、後ろを振り返り小走りで近寄ってくるフィリアにビシッとピースサインを送る。



「へへんっ!!やりましたよ、フィリアさん!」


「……ふぅ、流石はリリカさんですわね。」



 スライム、森に住む魔獣に続き、初めての対人戦にも勝利した璃々花とフィリアは、本日二度目のハイタッチをして勝利を確信するのだった。

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