第11話「任務開始。」
「いやぁ〜、本当に助かりました!」
客人をもてなすために盛られた美味しそうな果実や飲み物が並べられた机の向こうで、心底嬉しそうにニコニコしている男を見て、璃々花たちは苦笑いをする。
「いえいえ、困った時はお互い様ですっ!あっ、でも…無理しておもてなしなんてしなくても大丈夫ですよ?私たちは依頼を受けに来たんですし…」
困っている時に助け合うのは当たり前だ。それに、どんな人でもあの状況で見捨てることなどできないだろう。
些か過剰すぎるまでのもてなしは流石にやりすぎだと思う。
「そうですか……まぁ、これは感謝の印としてお食べ下さい。助けられたのなら感謝をしないと。それは当たり前です。」
ジニーはコップに注がれた水を一口飲むと、「どうぞ」と進めてくる。やりすぎとは言ってもご厚意を無駄にするわけにはいかないので、璃々花とフィリアも飲み物に手を出す。
自然豊かな森に囲まれた村だからこそなのか、果実はどれも甘く食べた瞬間に頬がとろけてしまう。そのあまりの美味しさに、璃々花はつまむ手が止まらなくなった。
「…それでは、早速ですが依頼と……それと今起きている状況についても、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
フィリアはコップから口を外すと、真面目な雰囲気に変える。
真面目モードになったフィリアを見て、璃々花も食べる手を止め気を引き締める。
元々は盗賊の捕縛が目的だったのだが、いざ着いてみれば、他にも不運な状況が重なっていた。それらを全て聞かなければ、何をしていいのかが分からない。
「分かりました。依頼内容はそちらに届いてるものと変わりはありません。この村で相次いでいる盗難事件を解決して欲しいのです。」
「でも、なんで盗賊だって分かったんですか?」
「えぇ。実は一度だけ私がこの目で盗んだ犯人を見たのです。顔はよく見えなかったのですが、ここでは見ない緑色のフードを被っていまして。捕まえようとしたのですが、犯人は魔法か何かを使ってすぐに逃げてしまい……警戒したのか、それからも被害があったのですが姿すら見えなくなってしまって……この村には魔法を使える者がほとんど居ないので、それからも捕まえることは出来ませんでした。」
ジニーはシュンとした顔で残念そうに話す。厳しい話だがそうなるのは当然だろう。
魔法を使えぬ者にとっては、魔法とは奇跡に近い。自分の腕力や知能では出来ぬことをやり遂げることが出来るのが魔法なのだ。魔法を使えない人が、魔法を使える人に勝つというのは無理がある。
「確かではないですが…私が見た時は三名ほどいました。彼らは私に見つかった途端、魔法で逃げた後に森の中へと逃げていったので、恐らく森の中に拠点を構えているのでしょう。」
「でも確かに、彼らはただの馬鹿ではないということですわね。恐らく、敵はジニーさんに見つかる前から森を住処にしているのだと思います。この村に住む人達が魔法を使えない、つまりは戦えないものだと分かっていて、森の中に身を隠しているのでしょう。」
「あっ。そっか、森の中には魔物が住んでるから……」
「そうなんです……盗賊以前に、私たちは森に住む魔物や獣にすら戦えない。盗賊たちをどうにかしたいのは山々なのですが……戦えない我々にはどうしようもないのです…」
迂闊に森に入れば魔物に襲われる。それを抜けても盗賊たちが魔法を使える時点で敵うわけが無い。戦う術を持たない村の人々にはお手上げの状態なのだろう。
「ギルドに依頼を申し込むのも頷ける状況ですわね。」
殆どが魔法を扱え、戦闘に特化した集団であるギルドなら、この状況はお手の物だろう。というよりはそのためにギルドがあるのだ。
「えぇ、そうなのですが………」
だがここで、ジニーは森で出会った時と同じように小難しい顔になっている。悩んでいる顔というよりは、まるでやってはいけない事をしてしまったという、罪悪感を持っているような顔だ。
「…何か問題でも?」
あくまで怒っていると思われないように、優しく語りかける。
「…大変言いにくいのですが…実は依頼の件なのですが、他の方に既に頼んでしまっているんです…」
ジニーは重い口を開け、申し訳なさそうに言葉を放つ。
「他の人に?私たちのいるギルド以外にということでしょうか?」
「いえ、そうではありません…依頼を出したものの、こんな偏境な村を大きな町のギルドが相手にしてくれる筈がないと思ってしまって…先日この村に来た旅の者にお願いしてしまったのです。」
バツが悪そうに眉を下げて話すジニーの説明を聞き、今度はフィリアが難しい顔をする。
いくら小さく離れた村であろうと、街はそんな村を疎かにすることは無い。依頼が来れば助けにも行く。そもそも、村からの依頼を受けて来たのは自分たちだ。
だが、そんなことは当の本人たちには関係ないだろう。村に来る前にギルドにて街から離れていないと言ったが、そう感じるのは若く多少鍛えているフィリアたちだから感じるだけで、人数も少なく比較的高齢が多いこの村の人たちには、街がとても遠く感じるだろう。
「ジニーさん、その旅の人ってどんな人なんですか?」
「えぇ、女性の方でした。歳は恐らくティラエルさんとあまり変わらないぐらいだと思います。話を聞けば旅をしているとの事で、その途中でここに行き着いたらしくて。私たちも彼女は悪い人ではないと直感で分かりました。」
小さな村ほど、村全体の団結力も強く外から来る人には厳しいのが大半だ。ここは比較的友好的ではあるが、それでも人目見ただけでいい人だと思わせるそこ女性に、璃々花もフィリアも興味を持つ。
「数日この村に腰を据えていた時、恩返しだと言い、この村に近づいてきた森の魔物を追い払ってくれたりもしました。一度その戦いぶりを見たのですが、とても驚きました。年端も行かない少女が、卓逸した動きで戦っていたので、冒険者とはこんなことも出来るのかと。そこで、私はその強さに惹かれ、つい話をしてしまったのです。」
「ーーなるほど。それでその旅の人は…」
「その方は、話を聞くとすぐに了承してくれました。その当時はギルドから人が来るなど思っていなかったので、とても喜んでしまい………申し訳ありません。私がギルトのことを信じていれば…」
「そんな、謝らないでください!ジニーさんは村のために一番早くて一番確実なのは方法を取ったんです。間違いなんかじゃありませんっ!」
頭を下げ謝るジニーを見て、璃々花は思わず立ち上がる。
「そうですわね。助っ人が来るかなんて、それこそ実際に来ない限り分かりませんもの。本当に来るかも分からない助っ人より、目の前にいる助っ人を頼るのは当たり前ですわ。」
フィリアは優しく微笑むと、璃々花と目を合わせる。流石はフィリアさん、と璃々花も笑顔を見せる。
そんな二人の気持ちを知り、ジニーは目に涙をうかべる。
「あぁ…ありがとうございます……っ!」
「いえ。それに、まだ依頼が達成されたわけではありません。盗賊もそうですが、お孫さんも見つけないと。」
「ジニーさん。お孫さんがどこに行ったとかって分かりますか?」
「…いえ、どこに行ったかは見てないんです。ですが、もしかすると孫も森の中にいるのかもしれません。」
「…少し前から思っていたのですが、何故森の中だと?」
「孫ーーアルマ、と言うのですが…この村に住む人の中で唯一魔法が扱えるのです。ですので、産まれた時から村の者みんなで大事に育ててきました。みんなが愛し、また孫もみんなの事を愛してました。もしかすると、この村が被害にあっているのが見過ごせなくなって、盗賊の元に行ったのではと………」
「なるほど…村唯一の魔法使い、ですか…」
自分たちと同じ歳の少女、アルマがどういった性格かは知らない。果たしてこれが、アルマ自身の意思なのか、誰かの意思なのかは分からない。
口には出せないが、最悪の場合この村唯一の障害として盗賊が排除したという可能性もありえる。攫ったか、もしくは既にーーと思ったが、それでは一層村の人たちを煽るだけだ。恐らく、邪魔にならないように攫われたという線が濃厚だろう。
フィリアはそう考察すると立ち上がり、自分の飲みほしたカップなどを片付けをし始める。
「では、アルマさんの件も含めて、私たちも森へ行くことにしましょう。そこでその旅の者に出逢えば話をしますし、盗賊とお孫さんの件、両方とも解決してきますわ。」
「そんな、ただでさえこちらのミスで迷惑をかけているといのに…」
「私たちなら大丈夫です!困った時はお互い様ですし、絶対に見つけてきますからっ!」
フィリアに続き立ち上がった璃々花は、元気付けるように満面の笑みを浮かべる。誰であろうと、困っているのなら助けてしまう。そんな璃々花の優しさにフィリアもつられて微笑んでしまう。
「あぁ……本当に、ありがとうございます。何か必要なことがあれば言ってください。必ずお助けします!」
ホッとした顔で礼を言うジニーに挨拶をすると、二人はその場を離れ歩いていく。
「でもフィリアさん。やるのはいいんですけど、どうやって盗賊を見つけるんですか?」
ジニーの様子を見てやらないとは言えないが、どうやって見つけるのか、捕まえるのかはまだ検討もつかない。言わば見切り発進状態だ。
「作戦が無いわけでわありませんが、最初は森の中を歩いて探すことになるでしょう。まぁそこは、カンと目が冴えているリリカさんに頼ることになりますが。」
「ふっ、任せてください!全力で探しますよ!」
「……探すのは盗賊とジニーさんのお孫さんですわよ。決してテュリーを探しに行くわけではないことをお忘れずに。」
「うっ……バレてましたか…いえ、大丈夫です。ちゃんと分かってますよ。さっきあった子の事は全部片付いてからです。」
「…まぁ、終わった後なら別にいいんですが。」
やれやれと頭を振るフィリアに、璃々花は悔しそうに唸る。
雑談をしながら歩けば、いつの間にか森と村を阻む柵にたどり着いた。見上げるまでもなく、目の前には奥が見えない不気味な森がそびえ立つ。
「さて、雑談もここまでですわね。これからは、私たち初めての依頼の始まりですわ。」
「はい、全力で頑張ります!!」
二人は気を引き締め、盗賊が根城とする森の中へと足を踏み入れていくのだった。
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