第9話「これが私のデッドスキル。」
ちょっとした事件が多少あったものの、璃々花とフィリアの2人は、気づけば既に街の出入りが出来る唯一の門の前に居た。
「もう。そろそろ諦めてくださいフィリアさん。私、絶対に帰りませんからね。」
璃々花は隣で不満げな顔をするフィリアに対し頬をふくらませる。
フィリアは何を言おうと諦める気がさらさらない璃々花を見て、大きくため息を一つ吐く。
「あーもうっ!!分かりましたわ!こうなったらヤケです。絶対に任務をこなしますわよ!」
「ふふっ!了解です!私たちの初陣、完璧にこなしましょう!」
不貞腐れて、というよりは開き直って村へと歩むフィリアを前に、外と内を隔てる門の外側へと己の足を伸ばす。
街から目的の村、ナールダ村まではたいして離れてはいないので、二人は歩いて向かうことにした。
二人は、と言うよりは初めての冒険は自分の足で歩いて行きたい、という璃々花の強い要望により完遂された。
「ふわぁ、風が気持ちいいです……」
人工的なもので埋め尽くされていた街中とは打って変わり、街を出て少し時間が経っただけで、自然を感じることが出来る場所に出る。道が完備され、平和そうな道から一転し、生い茂る草も背丈が伸びてきて自然的な野原に出る。
コンクリートで作られた床ではなく、小さくも元気に生える草が姿を見せる地面を、璃々花達はどこか楽しそうに踏みしめる。
頬を撫でる風は遠くに見える木々から流れたのか、どこか気持ちのいい匂いがした。
「ふぅ。しかし、初めての冒険というものは心が少し踊りますわね。」
風を体で受け止めながら歩むフィリアはいつものクールな性格と表情を崩すことなく、ほんのりと楽しんでいる。
「フィリアさんは街から出たことが無いんですか?」
「昔は何度かお父様と外へ出たことはありますが、魔法を学び始めてからはあまり出たことはありませんね。」
「じゃあ、フィリアさんも私とおんなじで初めてなんですね。」
「そうですわね。知識としては知ってはいますが、それでも実際に体験したことは無いので、あまり偉そうに先輩面は出来ません。」
「大丈夫ですよ。だってフィリアさんですし。私はあんまり心配してません!」
「頼ってもらえるのは嬉しいですが、その自身はどこから湧いているのでしょうか…」
根拠の無い自信にフィリアは少し恥ずかしそうに眉を下げる。
「ーーっ?」
街を出て少し歩き、遠くに見えていた森が近づいた時、ふと璃々花は謎の気配を感じる。
「?どうしたのですか?」
璃々花とは反対に何も感じていないフィリアは、キョロキョロと周りを見渡す璃々花を見て不思議そうに問いかける。
「いえ、何だか見られているような気が……」
璃々花の言葉を聞きフィリアも周りを見渡す。しかし見渡す限りの草原で何も怪しい所などは見つからない。
そう言おうとした時、数メートル離れた長い草が不可思議な揺れ方をする。
「あれは…」
風になびかれている訳ではなく、自然的でもなく、意思を持ったものの行為による揺れだ。
「気をつけてください、なにか居ます!」
フィリアに続き、何かの気配を感じとった璃々花も怪しげな草に注目する。
草は璃々花とフィリアに注目されると、視線を向けられているのを察したのか、その動きを止める。
何かが現れると静まった草に注意していた二人の背後から、何か丸い物体が勢いよく姿を表す。
「ぐえっ!」
前方に全意識を向けていたがために、背後からの攻撃に気づかずに、謎の体当たりをモロにくらってしまってしまう。
「リリカさん!」
急に吹き飛ばされた璃々花に驚き、咄嗟に後ろを向く。そこには薄い水色で半透明な物体が、その柔らかそうな体をプルプル動かしながらこちらを見ていた。
「これは、スライム!」
フィリアが物体の正体を掴み名を呼ぶと、返事をするかのように草むらから多数のスライムが現れる。
「こんな数がいるとは……リリカさん!少し離れますわよ!」
フィリアは倒れ込む璃々花の手を取り、その場を駆け出す。その背中を追うように複数のスライム達も追いかけ始める。
「騙されましたわね。揺れていた草は囮でしたか。」
「うーー、スライムってそんなに頭がいいんですか?私、スライムって言うと初心者が倒すような弱いモンスターだと……」
「えぇ、一匹でしたら力も無く弱い分類ですわ。あまり対した魔法も使えませんし、油断さえしなければ足元もすくわれません。ですが、これが束になるとそうはいかない。弱いからこそ、仲間たちと連携が取れるので。」
スライムから逃れるために走るフィリアを、しつこくその体をぽよぽよ言わせながら追いかけてくる。
「まったく、しつこいですわね!」
フィリアは後方に迫るスライムの群団に向かって手を伸ばす。
標的を捉え、体中の魔力を集中させる。
「
フィリアの呼び掛けに呼応し、右手の花紋が光り現れる。
溢れ出す魔力はやがて形を成し、魔法へと変換される。
空中に現れた魔法陣から、近くにいるだけでも熱く感じる炎が渦をまいてスライムへと放たれる。
「!」
先頭にいたスライムが魔法に気づくと、それを避けるために大きくその場から跳躍する。
だが、スライムが飛び上がる瞬間に、まっすぐ進んでいた炎と同じ位置に、璃々花の姿が現れる。
「あっ、タイミング間違えたーーーーーー」
明らかにスライムではなく、自分に向かってくる炎に気づいた時には既に、璃々花の身体はこんがりと焼かれていた。
「リリカさーーーーーんっ!!!!」
またもやってしまったとフィリアは誤射した璃々花を助ける。
そんな二人の前で摩訶不思議なことが起きたスライム達は頭に?マークを浮かべる。
「隣に居ると思っていたので、大丈夫かと思ったのですが……」
「うぅ……大丈夫です…二回目ともなれば少しは慣れましので……ケホッ。」
悲惨なる事故により丸焦げになった体から煙を出しながら、璃々花は涙を一粒流す。
今のは間違いなく、璃々花のデッドスキルのせいだろう。
璃々花が倒しに行くのと同時にフィリアが魔法を放つという、何ともタイミングの悪さ。不運以外に他はない。
「どうしたものでしょうか……これでは私は魔法が使えませんね……」
その理由もあってフィリアは璃々花と共に冒険者になるのを拒んでいたのだが。実際に共闘してみてここまで邪魔をしてくるとは思ってなかった。
「どうしたら……」
フィリアの魔法はほとんどの確率で璃々花に向かっていく。璃々花に被害が出るばかりか、本来の敵にダメージを与えることがまず出来ない。
璃々花に関しても身体能力が高いが、魔法が扱えない上に戦い方が分からない以上、相手がスライムであっても倒すことは難しいだろう。
「スライムにすら手こずるのでは、この先が思いやられますわね。」
魔法も使えず、どう倒すのか模索していると、起き上がった璃々花がニヤリと笑みをこぼす。
「ふっふっふ。お任せ下さい、フィリアさん!!」
これ以上ないドヤ顔を見せながら笑う璃々花は、体に着いた砂埃を軽く払う。
「私、何も考えずにフィリアさんと冒険者になるって言った訳ではないんですよ。」
言うが早いか、璃々花は攻撃するか迷っているスライムたちに向かって走りだす。
「私が合図をしたら、もう一度魔法を使ってください!……………あっ、今度はさっき渦じゃなくって、なんかこう、炎の球みたいな感じのでお願いします!」
何をするつもりなのか、何も持たずに敵の中心へと向かう璃々花にフィリアは思わず躊躇ってしまう。
一緒に冒険に行けば必ず壁となるだろう璃々花のスキルをフィリアは十分考慮して戦い方を考えていた。
しかし結局いい案が出なかったフィリアとは違い、璃々花はちゃんと考えてあると言う。
フィリアはとても迷っていた。果たして本当に璃々花の言葉を信じていいものだろうか。それが失敗してしまえばまた璃々花に被害が及んでしまう。
ーーそれでも。璃々花があそこまで自信満々になっていたのだ。
いくら戦い方を知らずとも。
いくら少し有頂天になっていたとしても。
わざわざ死にに行くような行為をする訳が無い。
(なら、それを信じないのは友達として、失礼ですわね。)
たった少ない日にちではあるが、璃々花のことは多少なりとも理解している。それに、心のどこかで璃々花なら安心だろうという気持ちもあった。
「えぇ、分かりましたわ。その言葉通り、大きいやつをお見舞しますわよ!」
フィリアからの了承の言葉を聞いて、璃々花は嬉しそうにスライムの元へとたどり着く。
目の前で仲間割れをし始めていると思い攻撃を止めていたスライムたちも、自分たちの元へとやる気をみなぎらせ走ってくる璃々花を見て、もう一度攻撃態勢に入る。
璃々花がスライムたちの目の前に立つと、スライムは大きく跳躍し璃々花噛み付こうとする。だが、璃々花にはそう来るだろうと分かっていた。分かっていたからこそ、この作戦が実行できる。
「そうはいきませんっ!」
璃々花は飛び込んで来るスライムを紙一重で躱すと、ぷにっとしたその体を掴む。
「!?」
躱されたと思ったら、次の瞬間思いっきり掴まれたスライムはその手から逃れようとジタバタと暴れ出す。
「フィリアさん、今です!!」
璃々花の合図を確かに聞いたフィリアは、迷いもなく、炎の弾を璃々花の元に放つ。
「璃々花さんは一体何を……」
未だ何をするつもりかが分からないフィリアは事の結末を知ろうと璃々花を見る。自分の放った魔法が徐々に差を詰め璃々花の目前まで迫ると、目の前で思わぬ光景が目に入った。
「てぇいっ!!!」
ヒュッと投げれるスライムの音。
「「!!!?????」」
それはまるで、遠く彼方に物を投げるかのように。この世界に住むフィリアは知らないが、野球のピッチャーがキャッチャーミットに思いっきりボールを投げるように。璃々花の手に握られたスライムは豪速球ーー否、豪速スライムでフィリアの放った魔法に投げ込まれる。
特訓を重ね精密に練られたフィリアの魔法にぶつけられたスライムは、その炎の魔法に身を焼かれその場で息絶える。
「さーて、スライムさんたちぃ………どんどん行きましょうね…!」
ド畜生と言わんばかりに目を光らせる悪魔にスライム達は恐れてしまう。が、時すでに遅し。既に残りの二体は気づいた時には璃々花の手中にあった。
「フィリアさんっ、お願いしまーす!」
「まだ二日しか経っていませんが……あなたはそういう子だというのは理解できましたわ!!」
フィリアは思わぬ方法で己のスキルを回避した璃々花に、ほんの少しの感嘆と大きな落胆をして、先ほどと同じ魔法を二発放つ。
「安心してくださいスライムさん。私野球した事ないですけど、自信はありますので。」
ーーはて、その自信はどこから来るのだろうか。
璃々花は再度、自分に向かって放たれた魔法に向かって掴んだスライムを投げ入れる。
どうにか逃げようと暴れていたスライムの抵抗も虚しく、綺麗に直線で投げ込まれ息絶えてしまう。璃々花の住む日本のことわざで『飛んで火に入る夏の虫』という言葉があるが、これをあえて借りるのならばーー
「『飛ばされて火に入る野原のスライム』ですかね。」
何一つ上手くない例えを出しながら、璃々花はうんうんと頷く。
そんな璃々花の元に呆れたように分かりやすく溜息をつきながらフィリアが近寄ってくる。
「何をするのかと思えば、こういうことでしたか。」
てっきり、何かこのスキルの穴をつき目も疑う素晴らしい案でもあるのかと思ったフィリアだったが、蓋を開けてみればただの脳筋プレイだった。まぁ、目を疑いもしたしスキルをちゃんと利用してはいるが。
「えへへ、どうでしたフィリアさんっ。」
やってやったと言わんばかりにニコニコと笑顔を向ける璃々花に、フィリアはアレこれ考えるのを止めた。
「えぇ、流石としか言いようがないですわね。」
やり方が多少アレでも、確かに共に戦える戦法をあみだした璃々花を褒めたたえ頭を撫でる。褒められた璃々花は嬉しそうに笑うとフィリアの手をとる。
「でも、フィリアさんも凄かったです!あんな凄く大きい魔法が扱えるなんて、流石はティラエル家の期待の星ですねっ!」
思ってもいなかった返しにフィリアは思わず衝撃を受けてしまう。
「ま、まぁ、私も毎日特訓はしていますし、上手くなってないと困りますし…?……………えっと、あの…私、本当にちゃんと出来てた?」
「はいっ、もう百点満点で!」
「……………そう。………ふふっ。」
自分でもこんな顔をするとは思ってもおらず、フィリアは璃々花に見せないようそっぽを向く。それでも何となくフィリアがどんな顔をしているのかが分かった璃々花は微笑みながら、目指す場所に向かって指を指す。
「初戦闘は勝利ですが、まだまだこれからです。また頑張りましょう!」
「もちろんですわ。私も十分に戦えると分かりましたし、もう遠慮はしませんわよ。」
二人はお互いに目を合わせ笑うと目指す村に向かってまた一度歩き出すのだった。
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