第6話「庶民出身でごめんなさい。」



「はぐっ、はぐっ!んんんっ!はむっ、」



 窓から入る陽の光が反射するほどに隅々まで掃除が行き渡ってる部屋で、大きな、とてもその部屋から漂う雰囲気とは似つかわしくない音が響き渡る。



「………」



 その部屋の有する家の主であるサリアは少々驚いてはいるものの、その光景を見て微笑んでいる。



「お口にはあったかな?」



 音の正体とは対比に、貴族たらん動作でテーブルの上に並べられた宝石のようなキラキラしたものを口に運びつつ、サリアは尋ねる。



「んぐっ…!………はっ!!す、すみません…とっても美味しくて、つい…」



 声をかけられるまで夢中になって手と口を動かしていた璃々花は、口の中に蓄えていたものを慌てて飲み込むと、恥ずかしそうに頬をかく。



「なに、いい食べっぷりじゃないか。美味しい料理は美味しくいただかなければ。作った人にも申し訳ない。」


「いえ、まだまだ私も精進あるのみです。それと、今回はこの世界の食べ物に慣れていないアヤセさんの口にもと思い、少し趣向を変えてみたのですが、いかがでしょう?」


「あぁ、だからいつもと味が違うのですわね?これもこれで美味しいですわ、アルティナ。」


「はいっ!とっっっっても、美味しいですっ!!こんなに美味しい料理初めて食べました。とっても幸せです……」


「そうですか。お口に合ったのであれば光栄です。」



 皆から褒められたアルティナはあくまで表情を崩さないように笑顔を浮かべる。だが、その言葉に少し嬉しさが混ざっているのが分かる。

 お昼時とのことで、アルティナに二人を呼んでくるよう頼まれ、その言葉通り連れてきてみれば、自分の家とは似つかない食卓に並べられていたのは、まるで高級レストランにでも迷いこんだのかと言わんばかりの豪勢な料理だった。

 正直、最初見た時は驚きが隠せなかった。このような料理はそれこそテレビなどでしか見たことがなかった。実際にそれを目の当たりにすると、少し驚いてしまうものだ。



「でも、フィリアさんの食べ方ってすっごく綺麗ですよね。絵になるっていうか…」



 夢中になって動かしていた手と口を止めてフィリアを見る。



「まぁ、魔法専門と言っても貴族ですので。こう言うのも嫌ですけど、身分が高いものとして誇りある行動をしなくては。」



 食卓の上に綺麗に並べられたフォークやナイフ等のシルバーを細かく丁寧な手つきで扱うフィリアは、とても美しいものだった。



「私もした方がいい、かも……?」



 その動作に思わず「ほわぁ…」と見惚れてしまう。

 ここで住まわせてもらっている立場として、今のような庶民感の出る食べ方は高貴なティラエル家のイメージにはとても相応しくないだろう。



「別にリリカさんはそのままでも問題ないと思いますわ。無理やり住まわせた様なものですし、無理して真似しなくてもよろしいでしょう。」


「うむ。さっきも言った通り、その人が感じる美味しい食べ方が、一番美味しく料理を食べれる方法だからね。」



 気にしてないかのようにサリアとフィリアは止めていた手を動かす。

 器のでかさに感嘆しながら、璃々花はなるべく綺麗になるようにと、慣れない手つきでシルバーを扱う。



「……育ちの良さ、というよりそもそも持ち方から違いません?」



 フィリアが必死にナイフを扱うおぼつかない手を見て、フィリアは見せるように同じくナイフを持つ自分の手を動かす。



「え、えーっと………こ、こう、ですか?」



 お手本を見せてくれるフィリアの手つきをじーっと見つめ、見様見真似で持ち方を変える。



「うーん……指がプルプルしてきます…」



 ナイフやフォークを握り込むように持っていた璃々花は、手の腹ではなく指先でシルバーを抑えつつ最小の動きで動かす、という動作になれておらず、伸ばした人差し指が限界を訴えている。



「ナイフとかフォークとかって、あんまり使ったことないから分かんないです……」



 璃々花は諦めたように息を吐きながら肩を落とすと、頬を膨らませながら自分の持ちやすい手に変える。



「リリカさんが居たという世界では、これらは使わないのかしら?」


「いえ…使う人は使いますし、逆にコレを主に使う国もありますが……私のいた所じゃあんまり使わないです。」


「…そういえば私、リリカさんのいた世界というものをよく知りませんわ。」


「ふむ、確かに。別世界の存在は知ってはいたが、はてそれがどんな世界なのかは私も知りもしないな。」


「リリカさん。もし良ければ、貴女の居た世界について教えていただけませんか?」



 フィリアはクールな自分を保とうと平常心を保ちつつ問いかけるが、その目からは興味津々という心がうっすらと見える。

 フィリアだけに留まらず、サリアも興味ありげに耳を向ける。



「あぁ、そういえば。サリア様、お嬢様。アヤセさんにこの世界について詳しくお話はしていないのですか?」



 思い出したようにアルティナは二人に声をかける。

 質問を聞いたサリアはしまったと言わんばかりに一つ汗を流し笑う。



「いやぁ、話そうとはしたんだがね?昨日は遅かったし、夜遅くまでリリカくんを起こしておく訳にはいかないだろう?事件に巻き込まれて疲れていたんだし。改めて後日、ゆっくりとした時間にと思っていたんだが………」


「忘れてしまっていたと。」



 言葉を濁していたところを、アルティナが直球で言葉を放つ。ストレートで投げられた言葉の球はサリアの心を貫く。



「忘れていた訳では無いぞ。いやホントに。だからそんな目で見ないでくれるかアルティナさん。」



 サリアは表面上は笑ってはいるが、顔中から汗がダラダラ垂れているイメージが見える。

 その姿はまるで怒れるのを阻止しようと全力で頑張る子供と静かにそして確実に問い詰める母親のようだ。



「私はしっかりと覚えていましたわよ。」


「ほほぅ?裏切ったねフィリア。実の父親がこの後数時間にも渡ってチクチク小言を言われそうだというのに助ける気はサラサラないと。私はそんな子に育てた覚えはないぞう?」


「えぇ、そう育てられた覚えはありませんわ。ただ、ティラエル家の教訓の一つとして“自分の身はなるべく自分で守る”という事を実行しているだけですわ。」


「流石はお嬢様。ちゃんと育ってらっしゃる。」


「ははーん、なるほど、君たちグルだな?後で覚えておきなさいフィリア。はっはっはっはっ。」


「まぁ、頑張りはしますわ。」



 璃々花の目の前では目を開けて口角を上げてはいるものの、目が一切笑っていない状態のフィリアと、目はニッコリとしていて口も大きく笑っているが声が一切笑っていないサリア。そして、その後ろで不敵に笑うアルティナの姿が映っている。

 はて、この家の者はお互い仲良くはないのだろうか。



「と、話が逸れてしまったね。すまないリリカくん。」



 話を曲げるために無理やりサリアは話題を変える。これ以上言うことは特にないのかフィリアとアルティナは追求することはなく静かに待っている。



「僕たちよりも、この世界に来てやっと一日が経った君の方が深刻だ。何一つ事情を知らないだろう?なら、先ずは君にこの世界の事について話すのが先だな。」



 先程までの雰囲気とは変わり、柔らかい笑顔を絶やさないまま、サリアは場の空気を変える。



「そうだな。リリカくん。君は確かドラゴンは知っていたんだろう?そして魔法の存在は一応知ってはいる。だが魔法の使い道は知らない、使い方は知らないと…ふむ。一つ聞かせて欲しい。君から見たこの世界はどんな世界に見える?」



 どんな世界。恐らくサリアには璃々花がこの世界とは全く違う世界から来た者だという事は分かっているはずだ。

 これは言うなら、全く違う世界の人間から見てどう映ったかという事だろう。



「うーん…私の世界には、魔法なんて存在しないです。もちろんドラゴンなんてもってのほかです。それらは漫画とかゲームとかおとぎ話だとか、そういったフィクションの中でだけありました。」


「漫画、ゲーム…ゲームとは恐らく『遊戯』つまりは遊び事ですわね?ですが、漫画というのは…?」


「えーっと、本は知ってますよね?」


「えぇ、もちろん。」


「最初から最後まで字しか書いてないのが本ですけど、漫画というのは分かりやすく絵が描いてあるんです。絵というか、最初から最後まで絵で埋め尽くされてて、その中に字で説明が書いてある、みたいな……」


「本にも挿絵などが描いてありますが、それが全てのページにあるということですわね?なるほど。しかし、それでは文字の勉強にならないのでは?」


「はい。なので、漫画は勉強するというより、誰かの描いた創造物を分かりやすく楽しむ物、なんだと思います。」


「ーー創造物、か。では、やはり魔法はリリカくんの世界では創造物だと?」


「はい。だから、この世界に来た時は本当にあるんだなぁってビックリしました。」



 璃々花のいた世界にも創造物だと思われていたものが実際に見つかった例は幾つかある。

 だが、魔法などはもはや人間では説明できない原理なため、噂では魔法は有ると信じる人や、実現しようとした人が居るとか居ないとか聞くが、成功した例など見たことも無い。



「私の世界では、魔法は創造物であって、多分色んな人たちの願い、なのかなって思います。」


「願い?」


「はい。私の世界では魔法が無い。だから、色んな手順や材料を使って火とか風とかを扱うんです。それが自分の力だけでどこでも出せちゃうなんて、魔法は多分色んな人が夢見たものなんだと思います。」


「そうか。君の世界で魔法とは、大勢の人間が夢見たが、実現することがなかったものなのか……」


「でも、不思議に思うんです。魔法とかドラゴンとか、それって私の世界の人の『想像』の筈なのに、この世界とほとんど一緒なんです。」



 ティラエル家に居候させてもらって就寝する時に、ふと頭によぎったことがある。

 ドラゴンも、魔法も。それらは“こんなものがあればいいな”“あったら楽しそうだな”といった願いのはず。なのに、この世界来て璃々花が見たり想像したりした『有り得ないもの』とこの世界のものはほとんど乖離がない。

 ドラゴンも想像していた体の構造をしていた。

 魔法も想像していた通り火を生み出したり身体能力を上げたりなど。

 話しながら璃々花は頭の中で疑問の欠片を並べる。



「なるほど、面白い。違う世界の人とは存在は知ってはいたが実際に会うのは初めてだからね。こうやって謎が生まれるのも、魔術師としては大好物だ。」



 サリアを始め、フィリアやアルティナも自分たちの頭で思考を回す。各々が璃々花の言った話を噛み合せ、何かの謎を解いているようだった。

 そんなサリアの一言に璃々花はピンと来たように口を開ける。



「そういえば、アルティナさんが言ってましたけど、私以外の別世界から来た人が居るって……」



 サリアとフィリアを呼ぶ前に、アルティナが自分以外にも転移してきた人がいると口にしていたはずだ。



「…ん?あぁ、居たとも。頻繁に、それも大人数がとはいかないが、稀に別世界からの人が何者かの手によって連れてこられたという事件は、確かに何件か見つかっている。」


「そ、その人たちって今はどうしてるとかっていうのは……」



 璃々花は、思考をやめて璃々花の質問に答えてくれるサリアに恐る恐る訊ねる。

 しかし、そんなサリアはーー



「いや、今はいない。噂が本当であれば、その者たちは皆、どこかでその生を終えていると聞く。」



 サリアは残念そうな顔で顔を横に振る。自分と同じ境遇に合った人に会えると少し心が昂っていたが、それはあえなく壊される事となった。



「まぁ、あくまで噂だ。この目で確認した訳でもない。もしかしたら今もどこかに居るかもしれない。だから、そんなに落ち込んだ顔はしないでくれ。」



 落胆していた璃々花をサリアは優しく励ます。実際に見ていないのなら、本当にどこかで確かに生きているのかもしれない。



「私、会ってみたいです。私以外の転移者に。」



 璃々花は静かに、そして強い気持ちで己のやりたい事を決める。

 何か意味があってこの世界に来たわけじゃない。何かをするために来た訳ではない。これは、璃々花がこの世界になんの理由もなく来て初めで出来たやりたい事だった。



「ならば、君にいい方法がある。だが、それには戦う術を手に入れなくてはな。誰よりも強くなれ、とは言わない。この世界で生きるなら最低限、自分の命を守れる力を持つべきだろう。」



 サリアは決心したように立ち上がると、璃々花を招くように歩き出す。その背中を璃々花とフィリアも追いかけるように食事の席から立ち上がる。



「君に魔法というものを見せてあげよう。」

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