第3話「愛って素晴らしいです。」
昼も終わり夕方に近くなってきた。太陽も頭上近くまであったものが、今ではもうすぐ見えなくなってしまう。
「おら、さっさ持ってこい!!日が暮れちまう前に終わらせるぞぉ!!」
本日最後の大仕事だ、と果敢に働く時間帯に、街中ではいつも以上に音が響き渡る。
たくましい男達の掛け声、カンカンと適度な感覚でなる耳心地のいい金属の当たる音。
そして、一つのとある出来事のおかげで、人々は行く場所が狭まったために、自然に足が赴く場所が決まっていた。
「それにしても、凄いですね。さっきまでは『ザ・荒地!』って感じだったのに、見るうちにどんどん直っていってますっ!」
そう、今日お昼時、璃々花が謎の異世界転移を果たしたのはこの世界において朝っぱらだったことが分かった。
ドラゴンが暴れたのも璃々花が来た直前だったらしく、事件は大した時間は経たずに解決していたらしい。
だがそれでも、ドラゴンが街中で暴れ出すという前代未聞な事件により、街中は被害を受けていた。
不幸中の幸いだったのは、そのドラゴンが暴れることが目的では無く、場所を移動したりもしなかった所だろう。被害は甚大だったが、あくまで壊れたのは一部分であり、騒いでいたのは街一帯で見ればほんの小さな所だった。
「今は街中の男達が総出で直してますから。この国は異常事態への対策は知ってからは早いので。今回は役人達は役に立ってはいるらしいですわね。まぁ、被害が小さいとはいえ、それだけ大事だったということをお忘れずに、そこのチビドラさん?」
コップいっぱいに注がれた、果実を絞ったお店自慢のジュースをごくごくと音を立てながら飲む璃々花の横には、対照的に小さなカップに店長直々に挽かれたコーヒーのような飲み物を上品に飲む少女。
そんな少女は少しづつ口にしては、チラッと璃々花のまた横に座る……というよりは机にうなだれている小さな生き物と左斜め前に座る男性に目を向ける。
少女の言葉と眼差しに、ギクリッ、と小さな生き物と男性は汗を流しながら「うっ…」と頭を伏せる。
「うぅ……その件は本当にごめんなさい………ボクが大食いだったがためにこんな事になるなんて………」
「大食いかは知りませんが、それ以前に食べ方の問題ですわね。」
「…俺達は昨日の夜に皆で打ち上げをして酒に酔っていたから気づくのが遅くなってしまった………まさかこんな大事件が起きるとは………」
「休むのも大事でしょうが、その後遺症を後日まで伸ばすのは問題なのでは?」
璃々花には、周りの席から不思議そうにこちらを見る目線が分かる。
大の大人と、小さなドラゴンが少女に叱られているのだ。誰が見ても異様な光景だろう。
「…もうっ!『チビドラ』じゃないですよっ!この子にはちゃんと『トーラ』っていう可愛い名前がありますっ!それに隊長さんだってパーっと楽しみたい日もありますよ!もう少し大目に見てあげてください!」
そんな様子を見た璃々花は、席を離れ反省を込めてか机に頭を伏せる小さなドラゴン、トーラをぎゅっと抱きしめ男性の横に立つ。
璃々花の腕の中に入り込んだトーラは落ち着いた顔でフゥーと息を漏らす。その様子を見た少女は疑いの目でジーッとトーラを見る。
「あー、お姉さんまた疑ってる。」
「疑いもしますわ。何せ貴方はあんな場所で暴れていたんですもの。……こう言ってはなんですが、まだ私は百パーセントは信じきってませんので。」
「むー……ボクそのお姉さん苦手。」
トーラは小さく舌を出しべーっと少女を見る。
それを見た少女の頭に怒りマークが浮かんだのを兵士隊長は見逃さなかったが、こちらに矛先が向かないように口をつぐむ。
「だからボク、リィお姉ちゃんが良い。優しいし、なんかふわふわしてて気持ちいいし!」
「うぅ、嬉しいです……やっぱりトーラちゃんは可愛いですね………」
トーラからの好印象を受けた璃々花は愛しそうにトーラを抱きしめ頭を撫でる。璃々花の中ではもはやかわいいペット感覚になりつつある。
「なるほど。後で覚えていなさいチビドラ。」
「だからチビドラじゃなーいー!」
逆に苦手判定をくらった少女は隠すことなくトーラに悪態をつく。トーラもそんな態度に怒りマークが頭に上る。
「ま、これ以上言い争っていても意味は無いでしょう。それに、それも含めて教えてくれるのでしたわよね?」
少女は諦めたようにカップを口から外しコトっと音を立て元の場所に戻す。
とりあえず標的から外されたトーラは安堵の息を漏らす。そんなトーラを見た璃々花は「可愛い」と言いながら頭を撫でる。
「はい、私の知っていることであれば、ですけど…この子が起こした事件に関しても伝えます。そのためにこの場を設けてもらったのですし。」
そんなフィリアの目の前には一人の女性が座っていた。その手にはいくつかの紙が束ねられている。
そんな四人+一匹を見てこの店の店長はどういう関係なんだとチラチラ不思議そう見守っている。
さて、なぜこの四人が今この場で飲み物を飲みつつ、テーブルを囲んでいるのかというと、それはあの事件の後の話の成り行きになる。
「まったく、王都の兵士ともあろう者達が遅れてくるなんてどういうことですの!!?おかげで私もこの子も大変な目にーー」
犯人(竜?)であったドラゴンを捕獲し、事件も解決した後になり王都から兵士が派遣された。そのあまりにも遅い仕事に、少女は今までの鬱憤を腹すかのようにガミガミと兵士たちを叱りつけていた。
「あのぅ、もうそろそろ許してあげてもいいのでは……」
大の大人達が少女に叱られ涙目になっているのを見るに耐えかね璃々花は助け舟を出す。だが、少女には助けの声は聞こえず、怒りが収まる様子はない。
「いいえ、いけませんわ。兵士とは街を守ることが仕事!詳しい兵士の仕事は知りませんが、ソレだけは間違いありません。だというのに、こんな大事件だというのに一向に現れなかったなんて、怠慢ですわっ!」
「くっ、それを言われては俺達も立つ瀬がない………!」
いい歳をした大人達の兵士も結果と少女の喧騒に言い返せない状況になっている。このままではお説教の時間がもっと伸びかねない、
「うぅ…あのお姉さん、あん大人の男の人を怒るなんて…ちょっと怖い…ボクと同じ女の子だとは思えないや…」
「聞こえてますわよ、チビドラゴンさん?元はと言えば貴方が暴れなければ……………って、同じ女?」
「ほぇ、ドラゴンさん女の子なんですか?」
「うん!ボク女の子だよ。分からなかったの?」
「分かるも何も、ドラゴンを一目で性別が分かるなんてありえませんわ…」
小さなドラゴンの発した言葉で一層謎が深まった。
「トーラっ!」
そんなシュールな軍団に声をかけながら遠くから一人の女性が走ってくる。
「……トーラ!!あぁ、やっぱり……!申し訳ございません!この騒動、その子がやらかしてしまったんでしょう……っ?」
「……!あ、お姉さん!!」
突然現れた女性は申し訳なさそうに何度も謝りながらこちらに駆け寄ってくる。
パッと見て外見から見てもかなり若い。恐らく二十代前半と言ったところか。
そんな女性を見ると、知り合いなのか璃々花の腕に確保されていた小さなドラゴンはパタパタと小さな翼をはためかせ飛んでいく。
「えーっと……その子、貴方のなんですか?というより、貴方は……」
「あぁ、挨拶せずにすみません…。えーっと、私、この街で魔物の保護活動をしている団体の者です。 」
そんな女性の服の胸元にまるで何か動物の足跡のようなマークが見える。
それを見た兵士隊長は心当たりがあるのか口を開く。
「…あぁ、聞いたことがあるぞ。確か、人々に迷惑をかけるモンスターとは違い、か弱い魔物などを保護している団体がいると。」
「「か弱い……魔物………???」」
少女はこれ以上はないという疑いの目でトーラを見る。
「小さくてもドラゴンですし、か弱くはないと思うのですが……」
そんな目線を見て女性はワタワタと手を振る。
「あぁ、えっと、この子は違うんです。この子はドラゴンではなくって、あ、でもドラゴンにもなれるんですけど、種族が違うんです、えーっと……」
女性は慌てた様子で説明をするが、話を聞いている者達からしたら何が何だかわからない。璃々花の頭の上には?マークが数個浮かんでいる。
「……なにか事情があるようですわね。ですが、場所も場所ですし、どこか落ち着いた場所でお話しませんか?何故こんなことになったのか、その小さなドラゴンは一体何なのか。当事者としては知っておきたいですし。」
少女はとりあえずの案を提出する。こんな場所でたって話をするのも確かにおかしい。
その案を聞き兵士隊長は手を挙げる。
「ーーそれなら、王都の近くに我々兵士たちの行きつけの食事処がある。人払いもできるだろう、そこで一度話し合わないだろうか。立場上私も聞いておかねばならないからな。…………すまない!兵士のみなは二手に分かれ、今すぐ王都に行き破壊された住居などの補修、及び怪我人が居ないかの確認を頼む。」
男性は後ろに控えていた兵士たちに合図を送る。兵士たちも隊長の言葉を聞き、自分の仕事を行うために散開する。
「では、案内しよう。着いてきてくれ」
痺れる足をどうにか動かしながら、男は先頭にたち歩き出す。
そんな様子を可哀想にと内心思いながら、璃々花はその後を追いかける。
そして、王都の兵士たちの行きつけである食事処らしき場所に着いた四人は席に座っていた。
いきつけなだけあって、男が店の店長と話すと誰も来ないような奥の個室へと案内された。窓からは街一帯が一望でき、そこからでも被害のあったであろう場所が見える。その景色に璃々花は少しはしゃいでいた。
この店に着くまでにも、歩きながらほんの少しながらの情報交換を行っていた。
「とりあえず、自己紹介からかな。お互いどんな人物なのかをハッキリさせておこう。」
男はバッと立ち上がると、ニカッと笑う。
「俺の名前はラカン。この街を守る兵士をやっている。役職は兵士たちを束ねる兵士長だ。……今回駆けつけるのが遅れたの本当に申し訳ない。本来なら俺たちが解決すべきことだったのだが……次はこのような失敗はしない。それを約束をするよ。」
ラカンは頭をポリポリとかきながら椅子に座る。
「兵士長ってことは、凄く偉い人なんですか?」
興味を持った璃々花は思わずラカンに質問をする。
「いやぁ、そんな大層なモンでもないし偉くはないさ。俺ももう歳だし、先頭だって動くことは出来ん。言わば、現場に立って指示を出す係かな。」
「へぇー……でも、それでも凄いです。」
素直にラカンを褒める璃々花に、ラカンはそうか?と照れながら椅子に座る。
「では、次は私が。私の名前はラクと言います。先程言った通り、この街でか弱い魔物たちを保護する活動を行っている団体に所属しています。今回は私の目が届いてなかったばかりに、このようなことが起きてしまい、本当にすみません。」
ラクは頭を深く下げる。それを見たトーラは罪悪感で顔をしょんぼりとさせる。そんなトーラに璃々花は柔らかく微笑み頭を撫でる。
「…では、私ですわね。私の名はフィリア・ティラエル。この街で魔術師として研鑽中の者です。」
フィリアがそこまで説明すると、ラカンとラクが驚いたように目を開く。
「おや、という事は、君があのティラエル家の娘か!」
「……ティラエル家?」
璃々花は頭をかしげる。ラカン達が驚いているのを見ると有名な家なのだろうか。
「なんだ、知らないのか?ティラエル家とは家系全てがとても優秀な魔法使いを排出している貴族でな。特に今の当主はとても凄い魔術師で、この街にも大きな功績を残している。この街に居る人たちならば誰もが知る名前だぞ。」
「へぇ……全然知らなかったです。」
ラカンの説明を聞いて璃々花は思わずフィリアをマジマジと見てしまう。
確かに、トーラが暴れていた際の魔法を見て驚いた。ただ、そんなに凄い人だとは知りもしなかったが。
「……貴方、見たことない服装をしているのですね。耐久性は無さそうですが、よくそれで……」
フィリアは逆に璃々花の着ている服をジロジロ見ている。
フィリアの言葉に璃々花はあっ、と思い返して自分の服装を見る。
思えばこの世界に来る前に、学校から帰ってから服を着替えず、そのままあの謎の女神の手紙を受け取ってしまったがために、学校の制服のままだった。
それは確かに世界の違う制服など見たことは無いだろう。ラクやラカンもフィリアの服装を見ている。あまり注目されることがなかった璃々花は少し照れくさそうに身をキュッと縮こまる。
「あ、えーっと、次は私の番、ですかね?」
フィリアは特に言うことも無いのか既に残っている璃々花を見る。
次は璃々花の番だ。しかし、どう話せばいいのだろうか。自分はここにいるほかの人たちよりも事情が複雑だ。それに、女神や別世界についても話していいのだろうか?
「じゃあ、私の名前は綾瀬璃々花って言います。えーっとなんだろう…うん、私は学生、です。」
とりあえず簡単に話せるところから話すしかない。そう思って話したのだが、少し言葉に詰まってしまった。それを見てかフィリアは目を細め、ラカンは不思議そうな顔をする。
「アヤセ・リリカ……あまり聞き馴染みのない名前ですわね。」
「学生…という事はリリカちゃんも魔法使いなの?どこかの魔術学院の生徒だったりする?」
ラクが記憶から何かを探すように上を見る。
学院、確かに自分は学校の生徒ではあるが、魔法なんて知らない。こちらの世界には魔法とは関係ない普通の学校がないのだろうか。
「あぁ、いえいえっ!そう訳じゃなくって!えーっと……あの、私…」
誤解を解こうと説明しながら話そうとするも思ったように言葉が出てこない。早く言わなきゃという気持ちが絡んで上手く言葉を紡ぐことが出来なくなる。
「ほら、みな落ち着け。リリカくんが困っている。少しづつでいいんだ。ゆっくり喋ってくれていい。」
ラカンは質問をするラク立ちを諌め、璃々花を落ち着かせる。
璃々花はラカンの言葉を聞き深呼吸を一つすると、頭の中で話すべきことをまとめる。
(でも、今女神様とか他の世界だとか言っても……)
「えーっと、改めて。私の名前は綾瀬璃々花、15歳です。この街には初めて来たんですけど……来た途端、急に巻き込まれちゃいまして。」
璃々花は話す言葉を選択しながら喋る。異世界だとか転移だとか、そういった事は今言うべきではないだろう。今言っても逆に混乱させるだけだ。
そう思った璃々花は必要最低限の事だけを語った。
「じゃあ、大変だったのねリリカちゃん。」
「巻き込んじゃってゴメンね、リィお姉ちゃん。」
「いえいえ!こうやって無事なんですし、私は全然平気ですっ!」
これまた申し訳なさそうに耳を垂らすトーラに、璃々花は笑顔で応える。
「だから、落ち込まないでください」と頭を優しく撫でられたトーラはそれでも少し困った顔になる。
「…さて、では最後にこの子の説明ですね。」
ラクは璃々花に目を向け手招きをすると、璃々花腕の中にいたトーラはパタパタと翼を動かしラクの元へと飛んでいく。その膝の上に乗ったトーラの頭を撫でながらラクは口を開く。
「この子の名前はトーラって言います。皆さん、トーラの種族が何か分かりますか?」
「種族?まだ小さいが、やはりドラゴンじゃないのか?」
「えぇ、幼少期のドラゴンだと私も思っているのですが…」
一連の騒動の主犯であれば、ドラゴンという他に選択肢はない。
「知らない人だと、やっぱりそう思いますよね。でもこの子、ドラゴンじゃないんです。」
「ドラゴンに似た魔物……じゃあ、ワイバーンとかか?」
「ラカンさん、惜しいです。実はこの子何ですが…私たちは『ドラベル』と呼んでいるんですが、ドラゴンとワイバーンの間に生まれた特殊個体なんです。」
「…!?ドラゴンとワイバーンの子ども!?」
「ほう、それはなんとも珍しい…」
「……?ワイバーン?なんですかソレ?」
ラクの言葉を聞きフィリアとラカンは目を丸くして驚いているが、璃々花は元々こっちの世界で生まれた訳では無いので皆が驚いている理由が分からない。
ドラゴンはたまに見る漫画やゲームで見たことがあるものの、彼女らの言うワイバーンというのは璃々花にはまだ分からなかった。
「ティラエル家だけじゃなく、ワイバーンまで知らないとは……もしかして君はかなり田舎の方から来たのか?」
ラカンは悪気はなく璃々花に問いかける。璃々花からすれば田舎どころか世界ごと違うのだが、いらぬことは言わないようにと笑って誤魔化す。
「『ワイバーン』とドラゴンと違いでいうと、腕と翼が別にあるドラゴンと違い、腕がそのまま翼になっているのです。ほら、さっきの暴れていた時のドラゴンも、そこのチビドラも腕とは別に翼が生えているでしょう?」
そう言うとトーラは見せつけるように手と翼をパタパタと動かす。
「大体はワイバーンの方が力が弱いので、ドラゴンなどの下位種になるんですが…ごく稀に自然界では違う種族でつがいになる時があるんです。ドラゴンとワイバーン、そうやって別の種族から生まれたのがこの子なんですが、私も最初なんて言ったら分からなかったので、勝手に『ドラベル』って呼んでます。」
「ドラベル…確かに、聞いたことは無いですわね。」
自分の記憶に該当する名前が無かったフィリアは、ふむふむと今までと違い興味ありげにトーラを見る。
「…ボク、パパもママも二人とも種族が違うから、仲間たちに裏切り者だって言われて……森の隅にあった洞窟に逃げてパパとママと暮らしてたんだ。でも、そしたらラクお姉さんが来て…」
「最初はすごい追い返されましたけど……。でも事情を聞いて、助けてあげたいなって。そしたら、この子の両親も許してくれました。『自分の子供が幸せに生きれるならどこでもいい』って。だから幸せにするのを約束して今は保護してるんです。」
「…お姉さんのとこに行ってからは誰からもイジメられないんだ。周りの魔物たちもボクと同じ境遇で来てた子も多いし。みーんな友達なんだ。」
「この子はまだまだ小さいです。それに、魔物だドラゴンだと言っても、紛れもなく女の子です。大事にしないと。」
璃々花のいた世界にも別の生物同士で家族になる動物がいる。この世界の魔物であっても同じものだと思うと、どこか親近感のようなものを抱いた。
「疑うという訳では無いのですが…私、まだその子が女の子だという確信がありませんね…」
フィリアはリクの話もあり、先ほどよりは疑ってはいない様子だが、それでもまだ少し引っかかっているらしい。
それを聞いたトーラはムスッと頬を膨らませ、リクの膝からおもむろに飛び上がると、机から少し離れた場所で力を込める。
「トーラちゃん?」
「…!あぁ、えっとすみません。ラカンさん!少しの間我慢してください。」
「ん?なんだ??なぜ俺の目を隠すんだ?」
突然力みだしたトーラを見て何をするのかと不思議に思う璃々花やフィリアと、何をするのかを察したリクはラカンの目を両手で塞ぐ。
「う〜〜〜っ………………えいっ!!」
トーラの掛け声とともにその鱗にも負けない程の白い光がトーラを包み込む。
そして
「ふんっ、どーだ!」
今までトーラのいた場所には可愛らしい小さな魔物の姿は無く。
その代わりにどこから現れたのか、頭の横から小さな角を生やし尻尾らしきものを生やした白髪の少女が立っていた。
ただし、体に何も纏わぬ姿で。
「お、女の子になったッ!!!!??」
「わぁ!!可愛い女の子………って、トーラちゃん!!服、服っ!!」
トーラの姿を見て、璃々花は慌てて自分の来ていた制服のブレザーをかける。
「なんだなんだ、何が起こっているんだ?」
ラクの手により何も状況を読み込めないラカンは律儀に盗み見する訳でもなく、説明を求める。
「へぇ、トーラちゃん、そんなことが出来るんですね。」
「はい、トーラは珍しく、自らの姿を変えれる『変身』が使えるんです。」
いそいそと璃々花のブレザーを着るトーラを見て、もう大丈夫かとラクはラカンから手を外す。やっと暗闇から解き放たれたラカンは見知らぬ少女の姿を見て少し驚く。
「魔物も魔法を使える存在が居る、というのは知っているが、変身とはまた珍しい…」
「それって人間以外にもなれるんですか?」
「うん!まだたくさんはなれないけど、人の姿と、パパとママみたいな姿にならなれるよ!」
トーラはえへんと威張るように胸を張る。確か、トーラの両親はドラゴンとワイバーンだったはず。という事は…
「もしや、今朝暴れていたのは…」
「はい、おそらく変身したトーラだと思います。」
フィリアの予想は当たっていたらしい。ラクは少し眉を下げて答える。トーラは胸を張っていたのを潜め、「むむむ…」としょんぼりとした顔で身を縮こませる。
「でも、なんであんな所で変身してたんですか?トーラちゃん。」
璃々花は子供をあやすように、優しくトーラに話しかける。その璃々花の雰囲気に、トーラは顔を上げ璃々花の顔を見て口を開く。
「……言っても、怒らない?」
まるでイタズラがバレた子供のようなトーラに、璃々花はふふっと微笑むとトーラの肩に手を置く。
「大丈夫ですよ。誰も怒りません。それに、もしフィリアさんや誰かが怒ったなら、私が守ってあげますっ!!」
「リリカさん、何故私だけ名無しなんですの?」
殺気を放ってそうなフィリアを他所に、璃々花はトーラに微笑みかける。
「……今日、ラクお姉さんの誕生日だから。」
絞り出した言葉にラクは思わずハッと目を開く。
「ラクお姉さんに、今までのお礼と一緒に何かあげたいなって思ってて。でもボク、人が喜ぶものなんて分からないから、僕が好きな美味しい食べ物なら喜んでくれるかなって。それで…お姉さんが起きる前の朝早くから探しに行ってて、色んな美味しいものを見つけたんだけど……朝ごはん食べなかったから、お腹が空いてて……」
話せば話す程に、トーラの顔はどんどん下がっていく。璃々花のブレザーをぎゅっと握りしめてトーラは言葉を紡ぐ。
「だから…ボク……!ごめん、なさい……僕、があの時つまみ食い、なんてしなかったら……。」
目に今にも溢れんばかりに涙を貯め、手を震わせるトーラを見て、璃々花は思わず抱きしめそうになるが、トーラの体は既に大きな体に包み込まれていた。
「全く、ほんとにアナタって子は………ありがとう、トーラ。私のために、頑張ってくれて。」
ラクはその目から一筋の雫を流す。その体の、言葉の温もりに耐えきれず、トーラの目からも大粒の雫がいくつもこぼれ始める。
「みんなに迷惑をかけたことはいけないこと。でも、誰かを思う気持ちに悪いものはない。私は、とっても嬉しかったよ、トーラ。」
「……うぅ…うわぁぁぁぁああん!!!ごめん、なざいっ!!」
トーラとラクは『ありがとう』と『ごめんなさい』をお互いに掛け合う。その姿はもはや
「トーラちゃんの中では、もうラクさんはお母さんのような存在だったんですね。」
今の二人の姿を見て、『家族』と言う言葉以外見つからない。それまでに、リクとトーラは強い絆で結ばれていた。
「……そうです。家族って、こうあるべきなんですよね。」
目のあたりにした『家族』という姿に、璃々花の心の奥底にスーッと何か暖かく冷たいものが流れるような気がした。
「………?」
微笑んではいるが、眉が少し下がっている璃々花にフィリアは目を向ける。
そんなトーラたちの横で、その二人の姿を見たラカンはやれやれと息を吐く。
「…なるほど、了解した。今回の事件はただの事故だった。そう報告しておこう。」
ラカンは椅子から立ち上がると、扉に向かい歩き出す。
その言葉を聞いたトーラとラクはラカンの背中を見て目を開く。
「……いい、のっ?」
涙を堪えながら問い掛けるトーラに、ラカンは振り返るまたもやニカッと笑う。
「悪気なんて無かったんだろう?だったら、悪い奴じゃあない。それに、君たち二人を捕まえるなんて、兵士の前に男が腐るってもんだ。」
それだけを言い残し、ラカンは手を振りながら扉を抜けていく。
トーラとラクほお互いに目を合わせ嬉しそうに微笑み合う。
「ふふっ、素直じゃないですねフィリアさんは。お目目、少し赤いですよ?」
「はい?赤くなんてありません。これは痒くってかいてたらなってたんです。」
フィリアは恥ずかしそうにぷいっとそっぽを向く。それ見てふふっと笑う璃々花の元に、トーラは歩いてくる。
「リィお姉ちゃんっ!!」
勢いよく璃々花の胸の中にトーラは抱きつく。「おっとっと」とよろけながらもちゃんと小さなトーラの体を受け止める。
「リィお姉ちゃんがいなかったらボク、どうなってたか分からなかった。だから、ほんとにありがとう!!リィお姉ちゃん、大好きっ!!」
自分の気持ちを伝えようとこれ以上ないという力でトーラは抱きしめる。
その力強さに、その思いの強さに、璃々花は心が満たされていく。
「はい、ありがとうございます。トーラちゃんも、もうラクさんに迷惑をかけてはいけませんよ?」
想いを伝えたトーラは璃々花から体を離すと、ブレザーを脱ぎ璃々花に渡す。ポンと音を立て、少女の姿からまた小さな姿に戻るとラクの元へと帰っていく。
「それでは、すみません、お先に失礼致します。……私の誕生日、祝ってくれるんでしょ?」
「…うん!!!」
二人はこれから何をしようかと、思いを募らせながら、扉を超えていく。
その後ろ姿が見えなくなるまで見送り、璃々花はフィリアに向き合う。
「フィリアさん、今日はありがとうございました。あの時フィリアさんがいなかったら、私死んでたかも知れません。ふふっ、命の恩人、ですねっ!」
フィリアの手を取り、きゅっと握りしめて璃々花は微笑む。
自分に向けられたその言葉と笑顔に、フィリアは不意打ちをくらい、顔を赤く染める。
「……別に、当たり前のことをしただけですわ。あの時見捨てるほど、私は人間腐ってませんし。」
その恥ずかしさを振り切るように、フィリアは手を離すとそそくさと扉に向かって歩き出す。
フィリアの姿も見送ろうと思っていると、扉を超える瞬間にピタッた動きを止めたかと思うと、フィリアは少しこちらを振り向き小さく手を振る。
「…………!」
この少しの間でもフィリアがどういう性格なのかは少し分かった。だからこそ、フィリアのその行動に、璃々花は嬉しく思った。
璃々花もまた笑顔で小さく手を振り、その背中を見送る。
「…今日はこの世界に来て、もういろんな人と出会いましたね。」
街を一望できる窓をから外を眺める。先程まで見えていた壊れた街の一部も、もう既に殆どが直り始めている。夕日も地平に沈んでいき、人々は徐々に自分の家へと帰っていく。
「ラクさん。ラカンさん。トーラちゃん。フィリアさん。ふふっ、もうこんなに仲良くなっちゃいました!」
元々は、謎の女神だという存在に飛ばされた異世界。更にはおそらく今回の事件はトーラだけではなく、授かったスキルによって起きた状況なのだろう。
初めての世界で、右も左も分からない状況にどうなるものかと思っていた。実際に来てそうそうにとても困難な状況に陥ったが、それに見合う報酬を璃々花は十分に受け取っていた。
「さーって!私も頑張らなくちゃ、ですね!!」
璃々花は気合を込めてその場を歩き出す。何も知らない世界、それでも、これからは頑張っていかなくては。
璃々花はそう決心をし、扉を抜けーーー
「…………あれ?」
ーーーようとした時、一つの疑問が浮かぶ。
「……私、どこに帰ればいいんでしょう…?」
家など無し。それは過去の世界に置いてきてしまった。
一つの困難を乗りきったと思ったら、次々と困難に陥ってしまう。
けれど。これはまだまだ、彼女の人生の始まりに過ぎなかったーー
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